北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記の娘「金ジュエ」が再び、公式の場に現れた。朝鮮中央通信は11月27日、新型の大陸間弾道弾(ICBM)試射成功の貢献者と記念撮影した正恩氏に、「尊貴な子弟様」が同行したと伝えた。娘が登場したのは、11月18日のICBM発射の際に次いで2度目だ。北朝鮮は、ロイヤルファミリーを日本や英国などに肩を並べる王室にしたいらしい。滑稽というほかはない。(牧野愛博)

タイ王室や日本の皇室をまねる?

「北朝鮮が日本やタイなど、世界の王室に関する資料をかき集めている」

この情報を聞いたのは、もう20年以上も前のことだ。北朝鮮は1967年に唯一思想体系、1972年に主体思想をそれぞれ導入し、最高指導者の神格化を進めた。そこで考えたのが、「どうやったら、市民に敬愛される指導者になれるのか」という問題だった。

韓国の康仁徳元統一相は韓国中央情報部(KCIA)幹部だった1972年11月、南北対話で平壌を訪れた。首相庁で金日成主席らと昼食を共にした。

金日成が突然、横に座った第1副首相の金一(キムイル)に貿易の質問をした。金一は、はじかれたように立ち上がり、少しお辞儀をするような姿勢で答えた。これは、王様の前ではひれ伏す姿勢を取るタイ王室の真似(まね)だった。

朝鮮中央テレビは2016年1月、椅子に座った正恩氏に、ひざまずいて口に手を当てて報告する黄炳瑞(ファンビョンソ)軍総政治局長の姿を放映した。

金日成主席と握手する金丸元副総理、田辺社会党副委員長北朝鮮の最高指導者、金日成主席(中央)と握手する金丸元副総理(左)、田辺社会党副委員長=1990年9月、北朝鮮・妙香山の会議場

北朝鮮の駅や公共施設、各家庭に飾られている金日成主席と金正日総書記の肖像画も、戦前に御真影を掲げた日本や、街中に王様の写真が飾られているタイを真似たものだ。

朝鮮中央通信は11月27日、金ジュエについて、尊敬語を使った。北朝鮮が公式報道で尊敬語を使うのは最高指導者らロイヤルファミリーだけだ。これも日本の皇室を巡る報道などを参考にしているという。

私が2017年に手にいれた北朝鮮の教育用タブレットでは、「金正恩」「金日成」などの文字を打ち込むと、自動的に太字に変換されるようになっていた。

金日成主席、金正日総書記に関わる美術作品を多く手がける万寿台創作社の入り口には、2人の肖像画が掲げられていた=2002年9月、平壌、代表撮影

「開かれた王室」狙う?

では、これまで「神様の私生活を絶対にのぞいてはいけない」と教えてきた北朝鮮指導部が、なぜ、金正恩氏の妻、李雪主氏や娘の姿を公開し始めたのか。おそらく、世界で「開かれた王室(皇室)」がムーブメントになっているからだろう。

世界では、天皇家の愛子様が学校に通う様子や、英国のウィリアム王子とキャサリン妃の子どもたちの愛らしい写真などが公開されている。

長く北朝鮮問題を担当した日本政府の元当局者も「時代が変わって、奥の院に閉じこもっていては、世界に金王朝を認めてもらえなくなると思ったのだろう」と語る。

北朝鮮の過去の指導者は苦しいながらも、権力の座に就く理由を持っていた。金日成主席の場合、「抗日パルチザン闘争をして日本を追い出した」というストーリーを、金正日総書記には「非常に優秀な能力の持ち主が、たまたま金日成の息子だった」という論理を、それぞれ使っていた。

首脳会談を終え、お互いに署名した共同宣言(日朝平壌宣言)を交換し握手する小泉純一郎首相と北朝鮮の金正日総書記首脳会談を終え、お互いに署名した共同宣言(日朝平壌宣言)を交換し握手する小泉純一郎首相と北朝鮮の金正日総書記=2002年9月、北朝鮮・平壌市の百花園迎賓館

だが、金正恩氏には、この2人の血筋であるということしか根拠がない。北朝鮮は最近、「血筋が一番重要だ」と開き直っている。朝鮮中央通信が11月27日、ICBM試射成功の貢献者らが金正恩氏に宛てた書簡で「白頭山の血統だけに従って最後まで忠実である」と書いたと報じているのが、その証拠だ。

それだけに、金王朝を世界の王室に並ぶ存在にすることに躍起になっているのだろう。

第1子はなぜ公開しない?

一方、金正恩氏には2010年、2013年、2017年に生まれた3人の子どもがいるとされる。韓国の情報機関、国家情報院は、今回登場した金ジュエは、2013年生まれの第2子だと判断している。では、なぜ第1子を登場させないのか。

大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射成功に貢献した兵士と記念写真を撮る金正恩朝鮮労働党総書記と金総書記の娘大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射成功に貢献した兵士と記念写真を撮る金正恩朝鮮労働党総書記(中央)と金総書記の娘(左)。日時は不明。朝鮮中央通信が2022年11月27日に配信した=朝鮮通信

正恩氏が李雪主氏と結婚したのは2010年6月とされるが、2012年6月だという説もある。第1子は「金ジュソン」という名前の女の子で、李雪主氏ではない別の女性との子どもだという未確認情報もある。

あるいは、3人ともに金正恩氏と李雪主氏の間の子どもであっても、2人が「表に出すうえで、一番見栄えが良い」「この子が一番可愛い」と思っているからかもしれない。

ただ、公開したことが後継者としての扱いを意味するものではないだろう。公開された写真を見ると、すべて中心線は正恩氏に当てられている。金ジュエは「開かれた金王朝」を宣伝する駒の一つに過ぎない。逆に本当に後継者扱いすれば、取り巻き集団ができて権力が混乱する。

一般国民は戸惑う可能性

それにしても、迷惑極まりないのは、北朝鮮の人々だろう。これまで「最高指導者の私生活をのぞいたり、語ったりしてはいけない」と教え込まれてきたのに、どう対応していいかわからない。

ICBM試射の時は白いダウンジャケット姿で、今回は黒いコート姿で現れた女児の姿をみて、明日の生活に追われる人々はどう感じるだろうか。国家情報院も当初、2013年生まれにしては体つきが大きいため、金ジュエかどうか判断に迷ったという。

日本政府の元当局者も「北朝鮮の人々は、自分たちのなけなしの財産を吸い上げた結果が、あの太った女児だと思うのではないか」と語る。

もちろん、それで恐縮する北朝鮮当局ではない。とうの昔に一般市民のことは捨てている。北朝鮮が厳しい国際社会の制裁にも耐えることができているのは、わずかな冨を高位層に集中させているからに他ならない。

金ジュエを公開しているのも、世界に金王朝の存在を認めさせたいからだろう。北朝鮮は、日本や英国、タイなどで皇(王)室が長い歴史を紡いでいる理由がわからないらしい。