ロシアによる本格的なウクライナ侵攻が始まって2月24日で2年がたつ。戦況は膠着し、ロシアに対抗するアメリカ主導の軍事同盟、NATO(北大西洋条約機構)加盟国のオランダに暮らすライター、ユイキヨミさんの日常にも、戦争が少しずつ近づいてきたと感じられるようになったという。

「平和を望むなら、戦争に備えよ」

冷戦後最大となる9万人規模の同盟国軍事演習を前に、今年1月17日、NATO(北大西洋条約機構)軍事委員会開会のスピーチの中で、議長のロブ・バウアー氏は力を込めてこう言った。

「戦争に備え、全社会的なアプローチが必要。民間、公共の個人や組織は、全てが計画、予測、コントロールが可能であり効率を重視できた時代から、いつ、何が起きてもおかしくない時代へと、マインドセットを変える必要がある」

そして翌日18日の記者会見では、少し前にスウェーデンの軍事トップが「スウェーデンは戦争に備える必要がある」と発言し国民を動揺させたことにも言及。

「(スウェーデントップの)その発言は非常に正しい。(中略)その言葉に人々は驚き、備蓄用の水、バッテリー式のラジオや懐中電灯を買いあさった。それはいいことだ。(有事の際)それで少なくとも36時間は持ちこたえられる」

そして、戦争は軍隊だけの話ではなく、好むと好まざるとにかかわらず、社会全体が関与することになると皆が理解するべきであるとし、もはや我々が常に平和の世にいるという確約はないことを繰り返し訴えた。

オランダ人のバウアー氏のこれらの発言は今、オランダ国内のメディアでエコーのように反響し、庶民の不安を募らせている。

国内メディアRTLニュースが、1月24日、25両日に2万人を対象に行った世論調査によれば、回答者の62%が、ロシアがオランダを攻撃する可能性があると感じている。48%はサイバー攻撃でオランダのインフラがまひすることを、21%はオランダが核攻撃されることを恐れている。

確かにこの国には、欧州最大の貿易港ロッテルダム港がある。それが武力あるいはサイバー攻撃の的になりかねないことは、ウクライナ侵攻後、早い時点で専門家も指摘していた。

最近の報道番組を見ていると、軍司令官や軍事専門家が入れ代わり立ち代わり登場し、人々の不安を鎮めるどころか、ますます厳しい話でバウアー氏の警鐘を増幅させている。

例えば、日曜の昼間に放映されている討論番組には、オランダ軍最高司令官のオンノ・アイヘルスハイム氏が登場。「国民の問題は政府が解決すべき」というオランダ人的なメンタリティーにもの申した。

「バウアー氏の言うことはもっともだ。オランダも戦争状況になる可能性はあるが、社会はこれを十分に認識していない。平和を保ちたければ、戦争に備えるしかない。これは、軍隊だけではなく、社会、そして産業にも言えることだ。平均的なオランダ人は、困ったことは政府が解決すべきだという依存心が強い。だが、今後はもっと自立能力を上げるべきだ。例えば電気供給が途絶えた場合、すぐに行政に頼ろうとせず、しばらくの間は自力でなんとかできるよう準備することが大切だ」

元オランダ空軍准将で、戦争学の教授でもあるフランス・オーシンガ氏は、夜の人気ニュース番組でこんな説明をした。

「オランダが戦争状態に入るか否か。それは、オランダが攻撃されるかどうかだけにかかっているのではない。NATO同盟国の防衛が必要になるかどうかの話だ。それはロシアが、NATOの内部分裂を期待しつつ、バルト諸国あたりにちょっと侵略してくるだけできっかけとしては十分だ。そして様子をうかがうだろう。その時こちらが何もしなければ、NATOの信頼性は完全に地に落ちることになる」

あまりにもわかりやすいこんな説明は、戦争は無縁のものと信じて暮らす庶民にさえも、戦地拡張を食い止める頼みの綱はとても細いという現実を突きつける。

しかしなんと言っても、20歳の息子の親として一番気になるのは、徴兵制再発動の行方だ。

17歳の誕生日を迎える少し前のこと。息子宛てに、防衛省から大臣のサイン入りの手紙が届いた。

内容は、簡単に言うとこんな感じだ。

あなたはもうすぐ17歳になる。徴兵登録のために重要な年齢である。オランダには徴兵制があり、2020年からは女子も徴兵の対象になっている。1997年から、徴兵制度の出頭義務は一時停止されているが、例外的な状況では、政府と議会がその再実施を決定できる。

あなたの軍籍番号は、この書類に記載されている……。

知らぬ間に息子に付いていた「軍籍番号」なるものの存在はショッキングではあったが、ウクライナ侵攻の前だったこともあり、スタンダードに送られてくるものだからと深刻には捉えなかった。

ウクライナ侵攻が始まって数カ月後、NATO情勢に詳しい軍事専門家に会った折りに徴兵制再発動の可能性について尋ねると、その人物はほほ笑みながらこう答えた。

「当面それはないと思いますよ。NATOが必要なのは、訓練を受けたプロの軍人だから。お母さん、心配しないで」

とりあえずは胸をなで下ろした。

あれから約1年半。テレビの中のアイヘルスハイム氏は、「ノルウェーやスウェーデンで実施されているように、防衛省が若者に送る最初の手紙に、質問書を同封するというのは効果な手段だ」と言う。

軍に入ることを真剣に検討させる内容にし、軍内で有効となりそうな技能や関心ごとなどについても、あらかじめ聞き取っておこうという魂胆のようだ。

「数々の解決すべき難題はあるものの、徴兵制発動は(兵の人材不足の)ひとつの解決策。徴兵制は、軍隊と社会の結びつきを強めることにも貢献する」と言うオーシンガ氏は、一度軍に入ってきた若者たちを40歳くらいまで予備役兵として「キープ」することの重要性も訴える。今後、民間企業との提携も視野に入れた予備役兵確保のシステムも模索される見込みらしい。

地政学にはそれほど詳しくもなく、ここオランダでごく普通に子育てをしながら仕事をしてきた私が、初めて「自分の庭先に戦争という言葉が転がり込んできた」と感じたのは2022年10月。日曜日の討論番組に出演していたバウアー氏のこんな言葉を聞いた時だった。

「オランダは戦争状態ではないが、政治レベルで調整し、今から“平和時の軍事経済”へとシフトしていく必要がある。具体的な例を挙げれば、特殊なレアメタルなどは軍事産業に優先的にまわるように調整するとか、武器産業の安定した生産を確保するなどだ。これはウクライナ支援のためだけではなく、自国の防衛に必要な在庫のためでもある。軍事産業には多額の資金が必要だ。だがそれを支える民間投資は少ない。例えば、年金基金や銀行と言ったプライベートセクターは、武器産業への投資はタブーだと言う。だが、考えてみてほしい。自国を防衛するキャパシティーを強化することが、倫理に反することなのか?奇妙な論議だ」

ウクライナ侵攻を自分事とは考えられなかった私には、唐突に聞こえた。だが今となっては、それが現実味のある提言に聞こえてしまうのは、戦争との距離が縮まっている証しだ。

こんなメッセージを何百回何千回と繰り返して聞かされるうちに、いつしか世論は戦争を自分事として受け入れるようになるのだろうか。

ヒタヒタと近づいてくる戦争の足音に、そら耳であってくれと願いながら耳を傾ける今日この頃である。