母国で復活を遂げた32歳ナニ…盟友C・ロナウドとの共闘で得たものとは?/独占インタビュー

母国で復活を遂げた32歳ナニ…盟友C・ロナウドとの共闘で得たものとは?/独占インタビュー

マンチェスター・ユナイテッドで長らく活躍したドリブラー、ポルトガル代表FWナニは今、自身がプロデビューを果たした原点とも言うべきクラブ、母国のスポルティングでプレーしている。

かつて7シーズンに渡って在籍したマンチェスター・Uでは名将アレックス・ファーガソンから指導を受け、盟友クリスティアーノ・ロナウドともに様々なタイトルを獲得。代表でもユーロ2016ではポルトガルに初のビッグタイトルをもたらした。

イングランド、トルコ、スペイン、イタリアなど様々なリーグで戦ったナニは、今や32歳のベテランとなった。そんな彼が母国ポルトガルでどのような目標を持ってプレーしているのか、『Goal』の独占インタビューで語った。

■「スポルティングは常に優勝を争うチーム」

――あなたのプロキャリアはスポルティングで始まり、他国リーグを経て、今またこのクラブに戻ってきました。若手の頃と今でスポルティングに対する印象は違いますか?

スポルティングで過ごすのは実際のところ、今が3度目になるのかな。最初はマンチェスター・Uに移籍する前、ユースチームからトップ昇格を果たして、2007年にマンチェスターへ新天地を求めたんだ。それから7シーズンをプレミアリーグで過ごし、レンタルで戻ってきた14ー15シーズンが2度目の在籍となるかな。

そこからトルコ、スペイン、イタリアのクラブでもプレーしたけど、今またここに帰ってきた。これが3度目の在籍ということになるね。スポルティングの選手でいられること、このユニフォームをまとうことは名誉だと感じている。そして“心のクラブ”であるスポルティングで、今や主将を任されているしね。もちろん若手時代と今では状況が異なるけど、目標はいつだって同じさ。ポルトガルでチャンピオンになること、そして参加するすべての大会でタイトルを獲得することだ。

――スポルティングは17ー18シーズン、3位に終わりました。そして今シーズンはここまでリーグ4位に付けています。あなたにとっては4シーズンぶりのプリメイラ・リーガとなりますが、今シーズンは優勝できる見込みはありますか? そのあたりの印象を教えてください。

スポルティングはプリメイラ・リーガのトロフィーを常に争うチームだ。それがこのクラブのDNAなんだよ。確かにここしばらく(2001ー02シーズンが最後のリーグ制覇)は優勝から遠ざかっているね、でも目標はいつだって変わらない。今シーズンのスポルティングは強いチームになったと思っているし、チャンピオンを目指すにふさわしいチームだと確信している。昨シーズンからクラブはゴタゴタしているから、すべてが順調というわけではないけどね。実際、この数カ月でコーチ陣や経営陣に少し変化があったわけだし。それでも僕たちは今、目標達成のために正しい道を歩んでいると信じている。ポルトガルには他にも2、3クラブほど優勝候補がいるから、それは決して簡単なことではない。シーズン終了時のことを予測するのはさすがに早すぎるかもしれないけど、今は上を目指すしかないね。

――あなたはここまで、リーグ戦14試合に出場し6ゴール3アシストを記録。UEFAヨーロッパリーグでも1ゴールを決めています。ポルトガルに戻って、好調を維持している点については何か秘訣があるのでしょうか。

いや、トレーニングに励んで、試合に集中しているだけで何も変わってはいないよ。僕らはただ、目の前にある試合すべてで勝利を目指し、あらゆるライバルに勝つつもりでいるだけさ。

■「フットボールはその国の文化を写す鏡」

――あなたはポルトガルの他、イングランド(マンチェスター・U)、トルコ(フェネルバフチェ)、スペイン(バレンシア)、イタリア(ラツィオ)でプレーしました。各国のフットボールで違いはありますか?

やっぱり国によって大きく違うよ。だって、フットボールはその国の文化を写す鏡みたいなものだからね、ピッチ内外でそれぞれの国に独自のスタイルがあるんだ。まず、イングランドはフットボールの母国だ。パスやシュート、ドリブル、ブロック、それにセービングなど、あらゆる素晴らしいプレーに拍手が贈られ、フットボールへの情熱が感じられる文化だったね。トルコでは素晴らしい雰囲気の中でプレーできることを知ったよ。サポーターが作り出す熱狂的な雰囲気はまさにクレイジーだった。ホームとアウェーじゃ天国と地獄くらい大違いだったね。

――スペインやイタリアなどは1シーズンのみでしたが、いかがでした?

スペインとイタリアはポルトガルにどこか似ている部分があるかもね。ラテンの国らしく、社会の中でフットボールが大きな割合を占めていて、どの国も独自性がありつつ情熱的、という感じだ。ただ、プレースタイルは全然違う。イタリアは“カテナチオ”の国と知られているように守備的ではあるけど、魅力的でファンを楽しませるプレーには惜しみない拍手を贈る。イタリアは守りを重視する一方で“ファンタジスタ”の国でもあるからね。どの国でも素晴らしい経験ができたよ。僕を選手としてだけではなく、人間としても大きく成長させてくれたと思っている。ポルトガルだってスペインやイタリアに引けを取らないと思っているよ。有望なポルトガル人選手や才能ある南米出身の選手が多数いるリーグだし、プリメイラ・リーガは独特の厳しい競争も存在しているからね。

■「ユーロ2016でカップを掲げた時は夢のようだった」

――UEFAネーションズリーグでのポルトガルの戦いをどう見ていますか? 6月にポルトガルはホスト国として、準決勝、決勝を行う予定です。そしてポルトガルは準決勝でスイスと戦うことも決まっています。

ポルトガルはイタリア、ポーランドと同じグループ3をよく勝ち抜いたと思うよ。国際大会のホスト国、という点ではユーロ2004以来になるけど、こういったコンペティションの開催国になれるのは素晴らしいことだと思う。ユーロ2016でポルトガルは優勝したものの、2年後のロシア・ワールドカップでは、僕らが期待したような結果ではなかった(ベスト16で敗退)。だから、ネーションズリーグで再び正しい道を進み始めたと思うよ。何人か優れた若手が出てきたし、代表チームの未来は明るいと思うよ。ネーションズリーグは存在意義を疑うような意見もあるようだけど、僕はこのコンペティションは素晴らしいものだと思っている。親善試合ではない真剣勝負の場で、同じレベルのチームと戦えるんだからね。

――あなたはベテランの域に入り、以前に比べると代表に招集される機会が減っています。ロシア・ワールドカップでは23人の登録メンバーから漏れました。それ以降、代表でプレーすることについてはどう向き合っていますか?

代表チームで戦うことはいつだって大きな情熱になる。自分が代表でプレーするようになってからビッグタイトルに縁がなかったけど、ユーロ2016で優勝カップを掲げた時は最高の瞬間であり、まさに夢のようだったからね。あれは忘れられない思い出だよ。あの喜びを再び体感したいと思うのは自然なことだと思うんだ。だから引き続き呼ばれる限り、ポルトガル代表のためにプレーしたいんだよ。

■「ファーガソンは父親のような存在だった」

――あなたはユナイテッドで素晴らしい時間を過ごしました。マンチェスター行きを決めた当時のことを詳しく教えてください。

2007年に素晴らしいチャンスが舞い込んできたのを今でもよく覚えている。マンチェスター・ユナイテッドは世界最大のクラブの一つだし、僕がチームに加入した時には世界トップレベルのスター選手が在籍していた。彼らと一緒にプレーできるチャンスがあるのなら、それは迷わず選ぶべきだと思ったね。それに、スポルティング時代からの友人であるクリスティアーノ・ロナウドもユナイテッドにいたしね。僕はポルトガルでは大きなクラブであるスポルティングでプレーしていたけど、それでもユナイテッドの規模はあらゆる意味で新しい世界だと思ったよ。それに監督のアレックス・ファーガソンも“サー”であり、生ける伝説だしね。彼から本当に多くのことを教わった。

――ユナイテッドで最高の日、最悪だった日は覚えていますか? そしてなぜユナイテッドを離れることになったのでしょうか。

最高の瞬間を挙げるとしたら、それはもう迷わず07ー08シーズン、UEFAチャンピオンズリーグ優勝の瞬間をチョイスするね。チェルシーとPK戦までもつれたんだけど、僕は5人目でPKを成功させたんだ。ユナイテッドではいくつものタイトルを手に入れたし、僕の人生で最高の時期だったと言っていいだろう。

だけど、その一方でつらい時もあったよ。13ー14シーズン、デヴィッド・モイーズ監督は僕をレギュラーとして起用しなかった(リーグ戦11試合出場)。その翌シーズン、ルイ・ファン・ハール監督と話し合ってね。彼は僕のことをスタメンとして考えていないし、出場機会の約束はできないと言ったんだ。それで、新しいチャレンジに挑む時だと決めたのさ。僕は何年もユナイテッドで過ごしてきて、クラブにとっても重要な存在であり続けることに誇りを持っていた。だけど、ファーガソン監督との間にあったような信頼関係をファン・ハールと築くのは無理だと思ったし、出ていくべき時だと思ったんだ。ネガティブな思い出も複数あるけど、本当に最悪の瞬間はやっぱり12ー13シーズン、ファーガソン監督がクラブを去った日だよ。彼のような模範的かつ頼れる人物がいなくなると実感した時は本当に悲しかった。

――では、そのファーガソン監督から教わったことで印象的なことは?

彼はクラブの指揮官でありながら、父親のような存在でもあった。情熱的で、選手に自信や勇気を与えてくれるモチベーターなんだ。彼は良い意味でも悪い意味でも常に正直でね。ファーガソンのことをまだよく知らないうちは受け答えに困ったりしたよ。彼が選手と話し合うときのやり方はなかなかの圧力があるんだ。でも彼のことを知るうちに、それが選手個々のためになっているし、ファーガソン監督もそれを意識的にやっているって分かったのさ。ピッチ上で強いメンタルを保つことができているのは彼のおかげだよ。それはユナイテッド時代に限ったことじゃない。フットボールプレーヤーとして常に抱くべき規範であって、それがそのまま自分の宝になっている。

――(ジョゼ)モウリーニョ体制のユナイテッドは2018年12月中旬にピリオドを打ちました。ファーガソン勇退後はどの指揮官も長期政権を築くことができていませんが、モウリーニョのユナイテッドはファーガソン時代とどう違ったのでしょうか?

僕はファーガソンの下でプレーしたけど、モウリーニョから直接指導を受けていないから答えるのが難しいし、この状況で何かを結論付けるのはフェアじゃない。モウリーニョのユナイテッドは外から見ていただけだからね。ただ、彼には同情する気持ちもあるよ。勝利に見放された状況になってからモウリーニョはユナイテッドにやってきた。目標はプレミアリーグ優勝だったと思うけど、チェルシー、マンチェスター・シティ、リヴァプールのようなライバルとの競争は毎年熾烈になるからね。昨シーズンは何とか2位になったけど、シティとの勝ち点差はあまりに大きかった(勝ち点差19)。ユナイテッドが2016年にモウリーニョを招へいしたのは悪い判断ではなかったと思う。ファーガソンのようにとても強烈な個性の持ち主だし、カリスマ性も十分だ。だけど、クラブ側に忍耐がなかったようだし、選手たちとの対立構造もあったようだからね。とはいえ、モウリーニョができることはしたと思う。彼の実績はリスペクトすべきだと思うよ。

■クリスティアーノとはキャリアを終えても親友

――クリスティアーノ・ロナウドの存在はあなたのキャリアにどのような影響を及ぼしましたか? 2007年にあなたはC・ロナウドを追う形でユナイテッドに移籍しました。スポルティングやポルトガル代表という点でも親しい存在なのでしょうか。

クリスティアーノは大切な友人であり、そして間違いなく世界最高の選手だ。彼は僕のキャリアにおいてとても重要な存在と言えるね。僕たちは何年もともにプレーしてきたし、ユナイテッドでビッグイヤーをともに掲げ、ポルトガル代表でも欧州制覇を果たした。僕らはともにスポルティングで育ったという共通点もある。スポルティングは世界最高のアカデミーの一つと言っていいんじゃないかな。クリスティアーノはともにファーガソンの下で薫陶を受けた間柄でもあるし、ピッチ内外でのつながりも深い。ユーロ2016の決勝では、負傷退場するクリスティアーノから代表のキャプテンマークを託されたのも自分にとっては思い出深い出来事だ。彼とはキャリアを終えた後も親友であり続けると思うよ。

――最高のチームメイトを選ぶなら誰の名前を挙げますか? それと、対戦した中で最大のライバルや、最も強敵だったDFについても教えてください。

ユナイテッド時代、最高の同僚だったのはクリスティアーノ、アンデルソン、あとはリオ(ファーディナンド)だね。ピッチ上だけでなく、僕たちはオフの時も仲良しだったんだ。代表でも素晴らしい友がたくさんいるけど、やっぱりクリスティアーノかな。一番厄介だった対戦相手はズバリ、アシュリー・コールだね。チェルシー戦ではいつも激しくやり合ったのが印象深い。裏の取り合いやタッチライン沿いでの駆け引きをガッチガチにやり過ぎてね、お互いに意地と執念だけで戦っていた。今となっては懐かしい思い出のようにも感じるよ。

インタビュー&文=マフムード・ディアア/Mahmoud Diaa

構成=Goal編集部


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