2001年6月8日、刃物を持った男が学校に侵入し教室にいた児童を次々と殺傷。8人の尊い命が奪われ、13人の児童と教員が重軽傷を負った。日本中、いや世界中を震撼させた付属池田小児童殺傷事件を覚えている方も多いだろう。あれから20年が経った。

最近では、危険運転による池袋母子死亡事件、千葉八街市の児童5人死傷事件があり、尊い命がある日突然奪われる事件・事故はなくならない。遺された人たちは、喪失の悲しみをかかえてどう生きていけばいいのだろうか。

「生きる」とは何かを問い続けた20年

池田小の事件で、愛してやまない娘の優希ちゃん(当時7歳)を亡くした本郷由美子さん。一度は自死することも考えた。しかし、グリーフケアを学ぶことで喪失の悲しみを生きる力に変え、今では同じように大切な人を失い悲しみを抱える人をサポートする側にいる。昨年の11月には、東京都台東区にグリーフケアのためのライブラリー「ひこばえ」を開設した。

しかし、私は改めて本郷さんに聞いてみたいと思った。本郷さんにとって、この20年間はどのようなものだったのか。人はどのようにして、喪失の悲しみから立ち直ることができるのかと。

「この20年間、『いのち』とは『生きる』とは何だろうと向き合い、その意味は何かを探し続ける日々だった」と本郷さんは語る。考えて、考えて、考えた末にたどりついたのは、「愛しみ(かなしみ)」の心、そして「“精神的”ないのちをつないでいく」ことの大切さだ。

悲しみに寄り添うことで立ち直りを支援するグリーフケアに出会う 

「私は阪神淡路大震災にも被災しています。あの頃から心のケアという言葉がよく聞かれるようになりました。池田小の事件のあとも、さまざまなサポートを受けました。でも、サポートを受けながら、心が伴っていかない感覚がありました」

「薬を飲んでも、何をしても治らない、この苦悩を伴う悲しみの正体って何だろう」と思い続けていたとき、世界各国から届いた励ましの手紙の中に、たまたま目に入ったものがあった。それは、1999年のコロンバイン高校銃乱射事件で子どもを亡くした方からのメッセージだった。

「今の心の状態は、あなたが異常になったのではなくて起きたことが異常だからなんだよ。グリーフ(大切なものを失うことによっておこる、心や体の不調、苦しみ)は誰にでも起こることで、悲しんでいいんだよ、ありのままの気持ちを表出していいんだよ、ということが書かれていました」

そこでグリーフケアという言葉を知った。グリーフケアとは、グリーフを抱えている人に寄り添い、ありのままを受け入れて、その人が立ち直れるように支援すること。当時、日本には「グリーフケア」の情報が少なく相談できる場所がなかった。「泣きたくても泣けない、安心して悲しみを分かち合ったり表出できる場所がない」と感じていた本郷さんは、何か響くものを感じたという。

「グリーフケアのような寄り添い型のケアが必要だ、自分で勉強して実践しようと思いました」

本を読んだり情報を集め、精神対話士という資格を取得し、喪失の悲しみを抱えるたくさんの人にも出会った。いつしか、「世の中にはたくさんの悲しみがある。その悲しみを支える人材になりたい」と思うようになっていた。

憎しみよりも、いのちを守るためにエネルギーを使いたい

事件直後は羽をもぎとられるような苦しみの日々だったと本郷さん。しかし、グリーフケアに出会うことで、「かなしみと共に生き、かなしみに寄り添っていきたい」と決意し、そこに生きる意味を見出した。

だが、加害者に対する憎しみはなかったのだろうか。

「憎みましたよ。憎んで憎んで……。でも、憎むのにもものすごくエネルギーがいるんです。エネルギーを使うということはいのちを使うこと。大切ないのちを憎しみではなくて違うことに使いたいと思うようになりました。不思議なことに、憎しみでいっぱいだったときは、悲しんでいる娘の顔しか思い浮かばなかったのに、そのエネルギーを別のことに使おうと思うようになってからは、笑顔の娘が目に浮かんでくるようになりました。私が誰かを恨んだり憎んだりしていたら娘の魂が救われないと思えたんです」

「加害者の宅間守(元死刑囚。2004年に死刑執行)が、親から『産まなければよかった』と言われていたことなどを聞き、今ならばネグレクトや虐待といわれるような扱いを受けていたのではないかと思いました。幼い頃から起こしていたといわれる様々な行為は、もしかしたらSOSだったのではないのだろうか。幼い頃は被害者だったのではないか。実際に加害者の地域にお住いの方が弔問に来てくれた時に『あの時に何かできていたら』と話していました。その時に、もし誰かがSOSを受け止め、寄り添っていたらあの事件は起きなかったかもしれないと思えて、社会を構成する一員として自責の念をもちました」

「グリーフケアは様々な悲しみに寄り添います。被害者も加害者も関係なく、一つひとつの『いのち』をただひたすら大切に思い、救えるいのちを守りたい。そのために自分のいのちを使っていきたい。そうすることで、娘がいのちがけで私に伝えてくれたメッセージを受け止め、娘と共に生きているように感じられるんです」

悲しみは愛しみ(かなしみ)に変わっていく

今でも悲しみが消えたわけではない。

「現在進行形です。悲しみは私が人生を閉じるまで続くと思います。でも、悲しみの質が変わってきたと感じています」

「なぜ悲しいかというと、愛する人を失ったからですよね。愛着があるからこそ、愛するからこそそれだけ悲しみが深いのでしょう。かなしみは漢字で、『悲』『哀』そして『愛』と書きます。悲しみ、哀しみ尽くしたその先には、ああ私はこれほどこの子を愛していたんだ、愛おしい娘が確かに存在したのだという気持ちに行き着きました。深く辛い悲しみがいつしかやさしく穏やかな愛しみ(かなしみ)に変わっていったんです。娘を失った悲しみは一生消えないけれど、それは悲しみではなく愛しみ(かなしみ)なのだと」

グリーフは誰にでもある。普通のことだと思って受け止めて

グリーフを抱えている人にどう接すればいいのかということも、本郷さんに聞いてみたいことだった。慰めていいのか、慰めが逆に相手を傷つけることになるのではないかと。

「声をかけづらい、と避けてしまうことってありますよね。でも、避けられると孤立してしまい寂しい。できるだけ普通に接することが大事だと思います。何か話したくなったらその人から話しだすと思うから、あれこれ聞かず、ただそばにいてくれたり、いっしょにお茶を飲んでくれたり。それだけでも支えになります。声をかける勇気がなければ、月命日にお花を届けるとかでもいい。『ああ、気にかけてくれているんだな』と伝わりますから。『つながる・見守る・声をかける』が大事だと思います。何かをしてあげるというよりも、負担のない形でそばにいること。大切なことはその人のことを本当に大切に思う気持ちではないでしょうか」

避けたいのは人と比較すること。

「『あの人はこういうふうに回復したわよ』というアドバイスは、よかれと思ってだとしても、『同じように回復できない自分はダメなんだ』と自己否定につながる人もいます。また、『私もこんな辛い経験をした』と話すのも、それはあなたの経験であって、その人の経験ではないので、悲しみ比べが起きてしまうことがあります。悪気のない言葉に傷ついてしまう人は多いようです」

泣いても怒ってもいい。ありのままの自分でいられる場所、「ひこばえ」をオープン

グリーフケアについて学び始めた頃から、ありのままの自分でいられる場所、悲しみや苦しみに自分のペースで向き合える場所を作りたかったと本郷さん。

「家庭でも職場でも誰にも言えないことがある。でも、そこに行ったらありのままの自分でいられる。怒ってもいいし、悲しんでもいいし、泣いてもいい。ありのままの自分を受け止めてくれる。そんな居場所があればどれほど救われるでしょうか」

資金集めのために、全国の大学や学校、時には刑務所でも、命の授業やグリーフケアに関する講演をしてきた。念じれば通ず。縁あって、自宅近くの光照院の住職から建物の一部を借りられることになり、賛同してくれる人たちのお力添えもいただき、2020年11月に「ひこばえ」がオープンした。

「ひこばえ」とは、切り株から出る若い芽のこと。

「喪失って、切り株のようにスパッと切られたような感じはするけれど、根っこはありますよね。生きているから、また芽が出てくる。前と同じ形にもどることはできないけれど、新たな形で生き直すことができる。大事なのはどう生き直すか」

それが「ひこばえ」に込められた思いだ。

「ひこばえ」には、800冊近くのグリーフケアに関する絵本や児童書などが並んでいる。

「絵本は、どれを選ぼうがどう解釈しようがその人の自由。おしつけもなく心にそっと寄り添ってくれます。誰とも話す気になれないとき、私も絵本に救われた経験があります。絵本を通して悲しみと向き合えるようになったと話してくれる人にもたくさん出会いました」

ライブラリーで本を読んでもいいし、絵を描いたり、塗り絵をしたり、壁に落書きをしたり、ただソファーに座ってぼんやりしたり、思い思いに感情表出ができるスペースもある。グリーフケアを学んだスタッフも常駐している。

悲しみに寄り添い支え合い、“精神的”ないのちをつないでいく

「一人の人の悲しみって、実は地域の中の悲しみ。地域の悲しみは社会の悲しみなんです。その一人の悲しんでいる人が生きる力を取り戻したら、それは地域の生きる力になり、社会の生きる力になる。愛しみ(かなしみ)に寄り添う社会、寄り添い合える社会は優しい社会だと思います。グリーフ(喪失)は誰にでも起こりうること。グリーフケアが当たり前になって、優しい社会につながっていってほしい。そう思いながら活動しています」

今の境地に至るまでに、どれほどの葛藤があったかしれない。しかし、本郷さんは、「自分のことを不幸だとは思っていない」と言い切る。

「一度は、いのちを断とうと思うほどどん底にいましたが、それでも生きているのは、いろんな人が支えてくれているから。だから、人が人を傷つけるけど、人が人を救いもすると本当に思っています。人間って肉体のいのちもあるけれど“精神的”ないのちもあると思っていて、人を思いやること、愛しいと思うことで、たとえ亡くなった人でも精神的ないのちは生き続けると思うんです。そのいのちは脈々と受け継がれ、次の世代の人の生きる力になり、またその次の世代につながっていく。そのいのちを大切にしたい。こんなふうに考えられるようになったことを、今、本当に幸せだと思っています」

グリーフケアライブラリー「ひこばえ」
所在地 :東京都台東区清川1-8-4
利用時間:毎週日曜 午後1〜5時(新型コロナウイルス対策のため、現在は事前予約制)
お問い合わせ:支援団体「下町グリーフサポート響和国」(shitamachigrief@gmail.com)

(ライター/石井栄子)