高いレベルで新旧の勢力が入り乱れ、群雄割拠状態が続く

甲子園出場経験のある学校が集まる南部地区

東福岡の選手たち

 第100回記念大会を迎えて、福岡県は初めて夏の大会で記念大会枠として2校出場の枠が与えられた。
 もともと福岡県は地域上、福岡市をメインとした南部と北九州市をメインとした北部とに大きく分かれていた。そして、地域性や交通事情などにもよるのだろうが慣例的に南部地区大会と北部地区大会がそれぞれベスト8あたりまでは行われる形となっていた。
 そういう意味では、記念大会の枠組みもスムーズに決められた。それは、全県にわたって比較的バランスよく強豪校が散らばっているということもあるのではないだろうか。

 南部地区の福岡市や久留米市には、大濠公園すぐ側の福岡大大濠と東福岡が両雄として存在している。東福岡はラグビー、サッカー、男子バレーの強豪としても全国制覇を果たすなど有名だ。また、大濠もバスケットボールやバレーボールでは全国大会に常時顔を出しているスポーツ校でもある。

 福岡市の学校としては、昭和60年代には福岡第一が甲子園で準優勝して一時代を築いた。福岡工大城東(旧福岡工大付)や甲子園出場はまだないが、多くの投手をプロや社会人に送り込んでいる沖学園なども気になる存在だ。
 南部地区には久留米商、柳川といった伝統のある強豪も揃っている。久留米商は市立校で第1回大会にも出場している伝統校だ。62年夏には伊藤久敏投手で準優勝。83年夏にもベスト4に進出している。柳川は、かつて柳川商時代から春夏8回ずつ甲子園出場を果たしている。甲子園通算では13勝16敗で、ベスト8にも3回進出を果たしている。

 九州産業大の系列校の2校も、それぞれ健闘している。九産大九州は、64年に創立し、15年夏を含めて、春1回夏2回の出場実績がある。また、九産大九産は筑紫野市にあるが、日本電波工から南福岡工などの校名変更を経て、67年に九産大の付属校となった。当初は九州産業としていたが、現在は九産大九産で定着している。77年夏に甲子園出場を果たしている。15年秋季県大会では優勝を果たし九州大会に進出。初戦は突破したものの、準々決勝では鹿児島実に敗れてセンバツを逃した。

 筑陽学園も03年夏に甲子園初出場を果たしている。かつては筑陽女子から大宰府との統合で共学の現校名となった。巨人の長野久義の出身校だが、長野のいた日大の東都連盟の強豪校など、関東有力校で活躍する選手も多い。また、東海大五から東海大本部の指令により校名変更した東海大福岡も新校名になって17年春に32年ぶりの出場を果たし、清宮 幸太郎(日本ハム)のいた早稲田実業を下すなどして注目を浴びた。

 筆頭格・九州国際大付に急成長・東筑のいる北部地区

今春の九州大会で優勝した九州国際大附

 これに対して北部地区の北九州市は、かつての八幡大附属が系列代の校名変更した九州国際大付が筆頭格だ。11年春には準優勝を果たしており、14年と15年も夏連続出場を果たしている。プロ野球の太平洋・西武で捕手として活躍し、西武ではヘッドコーチも経験している楠木徹監督が14年から、勝つ野球を徹底している。バドミントン部も強豪で潮田玲子などを輩出している。

 さらには旧九州工の真颯館、九州共立大八幡西から校名変更した自由ケ丘といったところが追いかけている。

 北九州勢は、かつては公立勢が引っ張っていたのも特徴と言えよう。戦後すぐの、丁度、中等学校から高校に学制が変わる時期に連続優勝している小倉は文武両道の名門校として地元でも人気が高い。78年春を最後に甲子園からは遠ざかっているものの15年は夏の福岡大会でベスト4、秋季県大会では久しぶりに決勝進出。準優勝で九州大会にも進出して気を吐いた。小倉はここへきて復活著しく、17年秋季県大会もベスト4に進出している。

 それ以上に著しく復活を示したのが東筑だ。17年夏に21年ぶり18年春は20年ぶりと相次いで甲子園に復活出場を果たして春3回、夏6回の出場実績となっている。また、戸畑も05年に出場するなど、春夏4回ずつの出場実績がある。小倉と並んでいずれも、旧制中学の流れを汲む伝統校でもある。戸畑商から校名変更した北九州市立も健闘している。他には小倉工、小倉商もかつては甲子園出場を果たしている。小倉東も94年、96年と春に出場を果たしている。

 阪神と日本ハムで独自のキャラクターで人気を得ていた新庄剛志の母校である八女市の西日本短大附は、92年夏に旋風を巻き起こして全国制覇して、存在を示した。その後も、04年夏、10年夏に出場を果たしている。地元ではユニホームの表記通り「西短」で親しまれている。

 93年春と05年春に出場を果たした東筑紫学園は17年秋季県大会でベスト8に進出している。また、かつて東京都の岩倉で指導歴が長く亜細亜大のOBからなる青々倶楽部の会長も務めていた磯口洋成監督が就任した常磐も今後が期待される。03年に共学校となった折尾愛真は女子野球部も設置されているが、女子校時代から部活動の盛んな学校でもありとなり注目されている。

質実剛健で硬派な印象を受ける九州

飯塚の主力選手たち

 ところで福岡県の学校は比較的頻繁に校名変更がある。前述の九州産業大系列や九州国際大付、真颯館、自由ケ丘、福岡工大城東やといったところ以外にも、71年に甲子園に出た筑紫工が現在は筑紫台、門司工は豊国学園となっている。

 また、産業とのかかわりも見逃せない。かつては炭坑の街からの甲子園出場もあって、その後東海大相模の監督となる原貢監督で全国制覇までしてしまったのが三池工。田川も甲子園に駒を進めたことがある。また、今は廃校になってしまった飯塚商も一時代を築いた。現在は飯塚が08年、11年夏に甲子園出場している。嶋田学園の工業系私学として設立されたが、現在は普通科を併設しスポーツコースなども設置。楽天の辛島 航投手で初出場を果たしている。

 人気のあるのはやはり公立の名門校で、前記の小倉や東筑、戸畑以外にも、修猷館や福岡などは学校そのものが県下で一、二を争う人気校でもある。とくに修猷館の場合、全国的にも有名なくらいの名門校という評価である。野球部もやはり人気は高い。質実剛健で硬派という印象もまた、九州男児のイメージにあっているともいえよう。もっとも、甲子園出場ということになると、東大や九大の合格者を増やすこと以上に困難ではあるが、上位に食い込むこともある。

(文:手束 仁)


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