ヘビは江戸時代までは「長虫(ながむし)」と呼ばれていたことをご存じだろうか。日本ではヘビがそれだけ身近な存在だったということだろうが、日本に生息するヘビの中で、毒があるのはマムシ、ヤマカガシ、ハブの3種類だ。ヤマカガシは数が減ってほとんど見られなくなったが、ハブは沖縄と奄美に生息し、マムシは九州から北海道まで広く分布している。最近はハイキングやキャンプ、登山ブームで野山に出かける人も多いが、その前に毒ヘビの知識も知っておきたい。長浜バイオ大学(医療情報学)の永田宏教授に聞いた。

 ヘビに噛まれて亡くなる人は、2019年に5人と近年では年間数人程度で、そのほぼすべてがマムシによるものだ。毒ヘビというとハブを連想する人が多いだろうが、最近は2014年に奄美諸島で1例あっただけで、沖縄県はずっとゼロが続いている。

 マムシに噛まれる事故(マムシ咬傷)は、今ごろから9月いっぱいがシーズンで、年間1000〜2000件と推定されている。2014年に全国の救急病院・診療所9433施設を対象にしたアンケート調査(回答率47・2%)では、975例が報告され、致死率は0・8%だった。

「噛まれるのは手(指や手の甲など)と足(足首より下)に集中しており、体幹が噛まれることはめったにありません。畑や里山での農作業中に噛まれるケースが多いのですが、マムシを捕ろうとして返り討ちに遭う人もいます。マムシはいまでも精力剤や漢方薬の原料として売れますし、自家製のマムシ酒をつくる人もいます」

 ちなみにマムシには、赤褐色のいわゆる赤マムシと、黒褐色の黒マムシがいるが、種としてはまったく同じだ。噛まれた直後はあまり痛みを感じない場合が多いようで、「何かに噛まれたようだ」という人もいるほど。しかし30分から1時間後には、創の周辺が腫れあがり(腫脹)、激しい痛みが襲ってくる。

■横紋筋融解症や急性腎不全を発症するケースも

「マムシ咬傷では、とくに腫脹の程度から重症度を5段階に分類しています。最も軽いグレードⅠは、噛まれた周辺が赤く腫れる程度です。救急搬送されてくる患者の多くはこの段階です。しかしグレードにかかわらず、原則として全員がそのまま入院となります。というのも、搬送時は比較的軽症でも、時間を追うごとに重症化することが多いからです」

 腫脹が手首ないし足首までにとどまっていればグレードⅡ。とはいえ、たとえば手を噛まれたとすると、スキー用の手袋をはめたくらいに腫れあがる。しかも噛まれた部位は、内出血を起こして青紫色に変色することも多く、かなり衝撃的な見た目になるという。

 さらにグレードⅢでは、肘ないし膝関節まで腫脹が広がる。グレードⅣは一肢全体、つまり噛まれた側の腕または脚全体が腫れる状態。そして最も重いグレードVでは、腫脹が体幹にまで達する。右手を噛まれたとすると、腫れが右肩を超えて肩甲骨辺りにまで達するという。

「腫脹がひどいと筋肉にかかる内圧が上がり、血行不全から壊死に至る(コンパートメント症候群)ことがあるため、予防的に皮膚を切開するケースもあります(減張切開)。腫脹のピークは、噛まれてから24〜48時間後。それを過ぎると少しずつ腫れが引いていきますが、完全に引くまでには2週間から1カ月程度を要します」

 重症化すると筋肉が溶けて(横紋筋融解症)、いわゆる血尿が出る場合がある。

「人によっては急性腎不全を起こすこともあります。また播種性血管内凝固症候群(DIC)といって、血小板の数が減り、消化管から出血が起こり、吐血することもまれですが報告されています。マムシ毒には血小板を凝集させる成分が含まれているため、正常な血小板が急激に減ってしまい、出血しやすくなるのです。重症化の割合は、患者の2%前後とされています」

 噛まれたときの応急処置として、創より上流(心臓側)をベルトやタオルなどで縛って、毒の回りをできるだけ遅らせること。アウトドア用のポイズン・リムーバーで毒を吸い出すのも効果的と言われているが、口で吸い出すのはやめたほうがいいだろう。

 まずはなにより急いで病院に搬送することだ。以前は「少々時間がかかっても慌てず安静を保って搬送するように」と言われていたが、いまは「走ってでも病院に急げ」に変わってきているという。毒が広がるまでに30分から1時間かかるので、それまでに救急を受診し、初期治療を受けられれば、重症化のリスクを下げることができる。万一ゴルフ場などで噛まれたときは、とにかく病院に急ぐことが肝心だ。