【Dr.中川 がんサバイバーの知恵】

 今月7日に放送された番組「NHKスペシャル Last Days 坂本龍一 最期の日々」が驚きをもって受け止められています。タイトルで分かるように、昨年亡くなった音楽家・坂本龍一さん(享年71)の晩年の姿に迫った内容です。

「教授」の愛称で親しまれ、私も大好きでしたから番組を見ました。その内容は、とても示唆に富んでいると思います。番組のエッセンスを踏まえて、がんとの向き合い方を紹介しましょう。

 番組では教授がつづった日記に触れながら、心の葛藤に迫ります。20年に大腸がんが肝臓に転移して余命半年と宣告された日は、「現実なのか。現実感がない」と動揺した心のうちを吐露し、「あるいは今、安楽死を選ぶか」と極論に及んだことまで伝えています。

 がん患者の自殺率は、そうでない人の24倍。がんで離職した人のうち4割は、最初の治療が始まる前に職場を去っています。診断直後のつらさで自暴自棄となり、冷静な判断ができなくなるのです。教授は「安楽死」を避けることができましたが、番組からは診断をめぐって苦しんだ様子が見て取れます。悔しさの象徴は次の言葉に集約されるでしょう。

「健康とか身体とか、ほとんど考えたことがない。万に一つも疑ってなかった。それを後悔しましたよ、もちろん。自信過剰になってたなって」

 がんの専門医として40年目、がん患者3万人を診察してきた経験から、診断直後に坂本さんのように動揺する方は少なくありません。その一方で病気を受け入れて、診断当初から少なくとも私の前では心を乱さず冷静に治療に取り組む方がいるのも事実です。その違いは何か。

 健康なときから自分の体にきちんと向き合っているかどうかでしょう。番組の途中で「おかしいなと思ったらすぐ診察に」とのメッセージが語られますが、確かにそうですが、正解ではありません。がんは、健康で絶好調なときにできているからです。

 事実、私の膀胱(ぼうこう)がんがそうでした。全くの無症状です。「異変を感じたら、すぐに受診」では、治療が間に合わないかもしれません。「体や命は、極めて脆弱(ぜいじゃく)なものである」と思うこと。これが、私自身ががんになった、がん専門医の教訓です。

 脆弱な命や体と向き合うには、やっぱり健康なときの意識が大切でしょう。発がんリスクを下げる要因は、たくさんあります。有酸素運動や筋トレ、メタボにならない程度の体重管理、禁煙、節酒、歯磨き、適切な歯科治療、がん検診など。

 すべてをバッチリやるとなると、聖人君子のような生活になるでしょうが、せめてひとつ、がん検診をきちんと毎年受診することは皆さんもできるのではないでしょうか。 残念ながら、日本のヘルスリテラシーは世界最低ランク。そんな中、小中高ではがん教育がスタート。これを受けた家庭の親のがん検診受診率はそうでない親より高い傾向です。今後、ヘルスリテラシー向上が期待できるでしょう。がん専門医として、坂本さんのメッセージを解釈すれば、がん検診の受診を習慣化してほしいと思います。

(中川恵一/東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授)