【老親・家族 在宅での看取り方】#94

「痛い、何やってんだよ」(患者)

「調子はいかがですか?」(私)

「悪いに決まってんだろ」(患者)

「血圧測ってもいいですか?」(私)

「嫌だって言ってるでしょ!」(患者)

 お別れが近づいている時、身近な人に弱っている姿を見せたくない、心配をかけたくないと、診療を拒否し、家族を近づけない患者さんがいます。その患者さんは、糖尿病の3大合併症とも言われる糖尿病腎症、そして急性化膿性骨髄炎を患う63歳の男性。急性化膿性骨髄炎は、骨髄の中に黄色ブドウ球菌などが入り込むことで炎症が起こる病気です。足が壊死し切断すべきとなったが拒否され、足のケアができる当院へ相談が寄せられたのでした。

 入院していた病院から引き継いだ情報によると壊死している足を切断した方が生存率は上がると説明済み。しかし本人が頑として首を縦に振らないとのこと。急変時の心肺蘇生も希望していないと書かれていました。

 退院後しばらくは、患者さんは透析のために別のクリニックに通い、当院では足のケアや疼痛(とうつう)コントロールを担当。ところが状態が悪くなるにつれ、透析のクリニックに通えなくなり、痛みを取り除く治療がメインとなったのでした。ですが診察に伺っても冒頭のように終始不機嫌で、コミュニケーションが成り立つ状況ではありません。だれとも話したがらず、痛みがひどいからと診察をキャンセルされることもたびたびありました。

 ある時、訪問看護師さんからこんな連絡がありました。

 ◇  ◇  ◇ 

 本日伺った時の様子を共有いたします。痰はもう全然絡んでなくて、本人も大丈夫って言うので吸引はしていないです。

 ただ傾眠傾向が強くて、酸素飽和度88%。上がっても92%(体中に酸素を送るヘモグロビンが酸素を取り込んでいる割合で、正常値は96〜99%)。

 酸素吸引の流用量を上げることも提案したんですが、「苦しくないからいい」と言われてしまいました。フェントステープ(痛み止めの麻薬)を貼ったからだと思うんですが、橈骨動脈(とうこつどうみゃく/肘の内側から手にかけて走行する脈)がものすごく弱く、血圧も触診でぎりぎり測定できるレベルで上が88。下は分かりません。

 意思疎通は取れても、声をかけないとすぐ寝てしまいます。こだわりが強く、本人の意向に沿ってやっていこうとなっているので、無理強いはできないですね。

 ◇  ◇  ◇ 

 多くの病気は病気前の状態に戻るという意味での「完治」は難しく、最後まで付き合っていかなければならないものです。重症であればあるほど「現状維持」や「楽になる」ことを目標にします。ご自身なりに病や死と向き合った結果、だれも寄せ付けず、病気にあらがわず、じっとその時を迎えたいという方も珍しくはありません。それぞれの思いを尊重し、人生の締めくくりをお手伝いしたいと思うのでした。

(下山祐人/あけぼの診療所院長)