画像は8月6日午前8時15分前の原爆の子の像

 

広島は8月6日、原爆投下から77年の朝を迎えました。

 

平和記念公園での平和記念式典には岸田文雄首相や国連のグテイレス事務総長も出席、99カ国と欧州連合の代表も揃いました。

 

でも、ロシアがウクライナ侵攻を始めたあの日、グテイレス事務総長はその職責を果たせませんでした。できたことは涙を流し、ロシアに攻撃停止を求めたことぐらい…。のちにウクライナ現地の惨状をその目で確かめるのにも、ずいぶん時間を要しました。原爆資料館で被爆の実相を目の当りにして、あの日からの国連の活動について、どう内省したでしょうか?

 

岸田総理は式典のあと市内での会見で次のように話しました。

 

まずは現状については核軍縮を巡る国際社会の分断の深まりですとか、ロシアの核兵器による威嚇などにより、核兵器のない世界に向けた道のりは、いっそう厳しいものになている、こうした強い危機感を持っています。

 

ご指摘のように先般、NPT会議に日本の総理大臣として初めて出席してきました。各国とともにNPTの守護者としてNPTを守り抜く、こうした決意を示すとともに核兵器のない世界という理想に向けた現実的なロードマップの第一歩として広島アクションプラン、5項目を示させていただいた、こうしたことであります。

 

きょう、平和記念式典に被爆地選出の内閣総理大臣として出席をさせていただきましたが、今、申し上げたようなこの核兵器のない世界に向けた国際的な機運、後退していると言われている機運をぜひ反転させ、再び盛り上げ、核兵器のない世界に向け一歩一歩、歩みを進めていくために、全力を尽くす。こういった決意を新たにしたというのが、式典に出席した際の想いでありました。

 

G7広島サミットにおいては、今、国際社会が激動する中にあって、この国際社会を主導するG7の重要性、これがますます高まっています。こうした中でありますので、G7広島サミットにおいては、ウクライナ情勢、あるいはインド太平洋を含む地域情勢、気候変動、そして軍縮・不拡散など地球規模課題、こうした様々な課題についてじっくり議論するとともに、普遍的価値と国際ルールにもとづく新たな時代の秩序作りをG7が主導していく。こうした想いをしっかりと示していきたいと思います。

 

その際に、ご質問は資料館等見学するかというご質問でありましたが、被爆の実相をしっかりと伝えて行くということは核兵器のない世界への出発点であると認識しています。しかし、具体的にどんな日程を組むのか、どうするか、これはまだまだ、来年まで時間がありますし、何より各国とも調整しなくてはなりませんので、今の段階では具体的な日程はまだ確定していない、というのが実情であります。

 

……

 

6月にウイーンで開催された核兵器禁止条約第1回締約国会議に日本が出席しなかったことについて、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長は、日本の姿勢を批判し、核軍縮を巡り対立する核保有国と非保有国をつなぐ「橋渡し役の資格はない」と明言しました。

 

そして、この日にあった原水爆禁止日本協議会(原水協)系と原水爆禁止日本国民会議(原水禁)系の原水爆禁止世界大会の広島大会へ向け「日本は核兵器廃絶の世界運動のリーダーでなければならない」とビデオメッセージを寄せました。そう「CAN」や「SHOULD」ではなく「MUST」であると…

 

8・6の広島ではカメラの目の届ききらないところで様々な人が様々な声を上げ、様々な行動や営みがありました。

 

マツダスタジアムでは15回目となるピースナイターがあり、九回、3点のビハインドからサヨナラヒットを放った秋山翔吾選手が本拠地初のお立ち台に上がり「広島のみなさんにとっては大切な日というか、忘れられない日だと思いますし、僕も外から来た人間ですけどやはりこういう野球ができていることを、そして応援してもらえることをこれからも心に秘めて、みなさんとともにこの日を忘れずにやっていきたいと思います」と話しました。

 

原爆ドームの姿を映す元安川では灯ろう流しが行われ、カープナインらの想いを記したともしびが、あの日の悲惨な光景を透かしながらゆっくりと流れていきました。

 

スポーツでいつか、世界がひとつになれる日まで

被爆都市広島の願いは、8月が来るたびにその想いを強くしながら、子どもたちの明るい未来へと続きます。

(広島スポーツ100年取材班)

 

※「川風の街、七色の光」は、戦前戦後を通じて広島の人々の生活に深く関わってきたスポーツのある風景を、この街の未来に繋げていくために”そのまま切り取って”残しておく、ひろスポ!連載コーナーです。(田辺一球)

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8月6日の広島の表情
※以下画像割愛します、数点の画像はひろスポ!でご覧ください




コ前ではUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の広報活動も行われていた