画像は広島新サッカースタジアム建設予定地そばの本川で野外活動を行う地元の小学生たち(ひろスポ!資料写真)

あのAKIRAのネオ東京壊滅に匹敵⁉東京五輪中止報道、2032年スライド案…ならば広島を第2会場に、日本人初の金メダリスト織田幹雄旗手のロスから100年


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<英タイムズ紙が「政府が内密に東京五輪中止を決定。2032年開催プランが水面下で進行」の衝撃報道>

THE PAGEが上記、ヘッドラインでヤフーニュースに記事を配信したのは1月22日午前9時20分。

コレがおそらく最終的なプランだろう。他媒体も追随した。

英ロンドン・タイムズ紙の特報について、そこにはこう記されている。

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可能か不可能かは別にして、もう東京五輪はこの夏やってこない。あるとするなら…

パリとロスのあとの2032年…

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東京五輪の未来を言い当てた、あの「AKIRA」もびっくり、だ。

もう、そのころにはIOCバッハ会長も、菅首相もこの世にいないかもしれない。”我々“もそう、だ。命は永遠ではない。

何より世界中のアスリートたちの2020五輪は霧散する。



1896年、アテネで第1回大会が開催された近代五輪夏季大会。

1916年の第6回ベルリン五輪は第一次対戦で中止され、1936年の第11回、仕切り直しのベルリン五輪はプロパガンダに利用されヒトラーの下で第二次大戦を引き起こし、続く1940年の第12回東京大会もやはり中止されその1年後に日本は真珠湾を奇襲攻撃した。最終的に日本は被爆国となり第二次大戦が終結した。

さらに1944年の第13回ロンドン大会も中止。英国に粘り強く反撃され、ソ連に不意打ちをかける、という愚行を犯したヒトラーもまた、最終的にはベルリンまで攻め込まれ、最後は市街地の地下壕で指揮を執ったのちにピストル自殺した。

戦争とスポーツと平和の歴史…

以来、1980年の第22回モスクワ五輪での西側諸国ボイコットなど、数々の試練はあれど、少なくとも開催は予定通りだった。

それが2020年の第32回東京大会で途切れ、2021年延期の付け焼刃も、やはり通用しなかった。

前日1月21日、米国第46代大統領に就任したバイデン氏は、対コロナを最重要課題に位置付けた。そして「戦時」だと強調した。死者が40万人を超え、その数は第二次大戦のそれをも越え、今なお猛烈なペースで増え続けているからだ。

五輪を試合会場でもビジネスの場でもリードする米国が戦時なのに、東京で五輪が開催できるはずがない。

それは汐留に“立派な城”を築き長らく我が世の春を謳歌してきた電通が本社ビル売却を決めたことからも明らかだ。ただし、女性社員の絶対にあってはならない自殺などなど、すでに凋落ぶりを如実に表す兆候は十分に見られてはいたのだが…

電通本社は旧国鉄汐留貨物駅跡地の大規模再開発で誕生した。その一帯はカレッタ汐留と名付けられた。カレッタはアカウミガメの学名"Caretta Caretta" に由来する。その説明には「長い時を悠々と生きる亀 のイメージに、ゆったりとした時間、余裕のあるライフスタイルを持つ都市生活者のイメージを重ね合わせ、ネーミングしました」とあるが、現状はその真逆でまさに火の車。巨大マネーの動く五輪がなくなるなら、もう城は手放すほかない。


電通もお手上げの東京五輪が吹き飛んだあとの東京は、あの「AKIRA」のネオ東京壊滅に匹敵するダメージを受けるのだろうか?

12年後ともなれば、世界情勢も五輪を取り巻く環境も、日本の世情も大きく変わっているはずで、今の価値観は通用しないかもしれない。

ならば、人類初の原子爆弾の惨禍から、スポーツをひとつの寄りどころとして立ち上がり、世界的な認知度でも東京や京都に続く「HIROSHIMA」を第2会場として、真に世界平和を希求する大会として仕切り直し、とする手もなくはない。

1928年、第9回アムステルダム大会で日本人初の金メダリストになった広島生まれの織田幹雄が、日本選手団の旗手を務めた1932年の第10回ロサンゼルス五輪から数えてちょうど100年…

コロナ禍にあって不透明さは増すものの、広島には2024年春、原爆ドームから真北に延びる「平和の軸線」に沿った、そしてあの日、無数の被爆者が消えていった本川のすぐそばに新しいサッカースタジアムが誕生する。

広島スポーツ100年取材班(記事は福山平成大学「広島スポーツ学」からの引用)


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