画像はW杯必勝を願い7月に広島で開催された「サッカー日本代表森保一監督を激励する会」でのワンシーン

 

 

サンフレッチェ広島、カープの地元、広島に本社を置く中国新聞の12月4日付朝刊(…といっても夕刊はすでに廃刊…)一面が「森保監督続投も検討 協会会長」のヘッドラインで、ワールドカップカタール大会開催中のドーハで日本サッカー協会の田嶋幸三会長が日本代表を率いる森保一監督への続投要請を検討していることを伝えた。

 

地方紙の一面としてはかなり異例の扱い。

 

 

日本人の代表監督で4年の任期を全うしたのは森保一監督が初めてだ。それだけではない。アジア最終予選で崖っぷちから這い上がり、本選ではドイツ、スペインを撃破して、29年前のドーハの悲劇をドーハの歓喜に替えた。森保一監督とともに「悲劇」も現地で味わったひろスポ!W杯取材班として言えることはただひとつ、森保一監督の「野心」から発せられる尽きることのないクリーンエネルギーの静かな凄まじさ…

 

サンフレッチェ広島がJ2降格の危機に直面した2017年7月4日、森保一監督の「辞任」が発表された。が、事実上は「解任」…

 

その時、ひろスポ!は次に示したヘッドラインの記事で「一方、ひろスポ!では以前から伝えてきたが、これで森保監督には東京五輪、サッカー日本男子代表監督として白羽の矢が立つ可能性が出てきた。」と書いたが、まさにそのとおりになった。「解任」は「大正解」だったことになる。


サンフレッチェ広島を3度、J1頂点に導いた森保一監督引く手あまた、東京五輪か、サンフレッズか、それとも…
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解任から3週間後、中国新聞に「無職になったので、就職活動中」という憂き目にあっていた森保一監督のインタビューが掲載された。意地の悪い言い方になるが、本当に「辞任」ならあるはずの辞任会見は行われなかった。3度もJ1優勝を遂げたのに、だ。サンフレッチェ広島サポーターや広島県民に別れの挨拶ができていかなったから、地方紙のナイスアシストに救われた。

 

 

その日、ひろスポ!は、その事実があまりにも悔しかったので、次に示す記事の中でこう記した。

 

 

今夏、高校野球広島大会は99回目を迎えているが、大正時代、昭和初期から「スポーツ王国」として国内はもとより、世界と渡り合ってきた広島スポーツ界を見渡しても、森保氏ほどの傑出した指揮官は、そう多くは存在しないのである。



 森保一氏、中国新聞に思い語る、「最善尽くした悔いなし」の見出し、広島スポーツ100年を代表する指揮官の未来は…
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上の記事の中ではこうも書いた。

 

 

短い間ではあったが”充電期間”を得たことで森保氏は次なる挑戦への意欲をまた強くし始めているのだろう。

ヨンソン新監督のもと7月26日のYBCルヴァン・カップ、FC東京戦で再スタートする愛すべきチームに向け、このタイミングで”記事になる”こと自体にも強いメッセージ性が感じられる。

森保氏は関係者に向け「データ的には1割の確率でもサンフレッチェは必ずJ1に残留できると思う」と話している、という。

 

 

……

 

そう、「1ミリ」のゴールにまつわるメンタルはすでに“最初から”備わっていたことになる。1割、1パーセント、0コンマ1秒、それが“ポイチ”…

 

 

上記記事のタイトル「広島スポーツ100年を代表する指揮官の未来は…」には大きな反響があった…。

 

 

…とは言ってもひろスポ!に返事をくれたのはただひとり、森保一監督本人から「僕のことを、そんなふうに書いてもらってありがとうございます、でも僕はそんなに偉い人ではありませんから…」と返された。…が、またそのとおりになった。

 

 

ひろスポ!には「広島スポーツ100年取材班」が置かれている。“研究の成果”は教壇でも大学生相手に発表している。伊達や酔狂(死語?)で「100年にひとり」と言ってきたのではないのである。(この項続く・ひろスポ!W杯取材班&平岡誠治・田辺一球)

W杯カタール大会取材協力:たきのぼり不動産(広島市中区八丁堀12-15)