将棋界の話題を取り上げる「王手報知リターンズ」第11回は、4月1日付で女流棋士となった中学1年生の現役最年少女流棋士・岩崎夏子女流2級(12)が登場。福間香奈女流五冠(32)=女流名人、清麗、女流王座、女流王位、倉敷藤花=以来、19年ぶりに12歳以下でのプロ入りを果たした岩崎は、前人未到の大きな目標をまっすぐに掲げる。(瀬戸 花音)

 ストローのささったオレンジジュースがよく似合っていた。「今日はブランコしたり、走ったりしてきました!」。取材前、公園で遊んできたという岩崎の言葉からは、さわやかでかわいらしい夏のにおいがした。そして、中学1年生の少女は同じ表情で、事もなげに口にした。「女流タイトルを全部制覇したいなと思います」

 3月24日、岩崎は女流棋士を目指して戦っていた「研修会」で4連勝を収め、B2に昇級。小学校卒業直前、12歳8か月でプロ入り資格を得た。女流棋士になる決意を固め、昨年9月に研修会に入ってわずか半年で駆け上がり、かなえた夢。「こんなに早いと思ってなかったから、びっくりしました」と振り返る。

 中学入学とプロ入りが重なった。環境の変化は大変ではないのかと聞けば、「うーん」と首をかしげて「うふふ」と笑う。「私は別に大変には感じないんですけど。親が結構大変そうだなと」

 家族の誰も将棋を指さないという、女流棋士としては珍しい環境で岩崎は育った。将棋との出会いは5歳の頃。保育園にあったミニ将棋ゲーム「どうぶつしょうぎ」がきっかけだった。そこから将棋にすっかりはまったのは、新型コロナの感染拡大が影響している。小学3年生の頃、緊急事態宣言が発令。学校に通えなくなった岩崎が夢中になったのはネット将棋だった。約半年のステイホーム期間に「強くなりたい」という思いが芽生えていた。

 コロナ禍が明けて道場に通い、大会に出ると結果はすぐに表れた。いつしか夢は女流棋士となった。今年1月、小学生代表として出た女流王将戦予選では、中井広恵女流六段にも勝利。「前まではサッカー選手とか、宇宙飛行士とか考えたこともあるんですけど…。(たどり着いたのは)将棋でしたね(笑い)。強さを追い求めていくのが楽しかった。今が一番、将棋が好きです」

 今も、学校から帰って日に4〜5時間、将棋と向き合う。日課は棋譜並べと詰将棋。「羽生善治先生の昔の将棋とか並べることが多いですね。私の得意戦法が『角換わり棒銀』で、今よりも昔の方が指している棋士が多くて。羽生先生と加藤一二三先生の伝説の『5二銀打』の対局(1989年NHK杯)は何回も並べています。他にも中原誠先生とか昔の居飛車党の将棋は並べて参考になります」と、並べる棋譜は昔のものの方が多いという。

 5月のプロデビュー戦では砂原奏(かなで)女流2級に勝利し、初白星。対局前には、結果が速報される中継ブログのURLを中学のクラスのLINEグループに送った。対局中、グループが大いに盛り上がっていたことを、終わってから知った。

 「中学生になって、自己紹介の欄に履歴書みたいに資格を書く所があって、そこに女流棋士って書いたらみんなに驚かれました。デビュー戦は土曜日だったので、私が知らないうちにクラスLINEでめっちゃ騒いでて。デビュー戦を勝つことは目標だったので、そこをしっかり決められたのはうれしかったですし、みんなの反応もうれしかったです」

 同日に行われたデビュー2戦目ではタイトル戦に出場経験もある強豪、山根ことみ女流三段と当たり、プロ初黒星も経験。「(途中までは)勝ってたんですけど、逆転負けしてしまって、帰りは泣いて帰りました。涙が自然に出てきちゃうんです。昔はボロボロに負けるタイプだったのでそんなでもなかったんですけど、強くなってきて、目標が高くなって、その目標を逃すと悔しいなって。泣いちゃうようになりました」。涙は強さを求めるようになった証しでもある。

 12歳で女流棋士になった。夢の続きは果てしないが「長く活躍できる女流棋士になりたい」という。「ほんとになんかもう、長く続けられたらいいなって。師匠(北島忠雄七段)みたいに、将棋を楽しく続けられればすごくいいかなと思います。何十年もずっと。女流棋士だと中井さんとかも40年以上ずっと続けているんで、そういう人も追ったりはしています」

 女流棋界には今、見上げなければならない壁が2つある。女流五冠の福間香奈と、女流三冠の西山朋佳。8つある女流タイトルを分け合う2人だ。22年8月に加藤桃子女流四段が清麗のタイトルを失って以来、誰もその2強の壁を崩せていない現状がある。「タイトル戦までたどり着くのも大変ですけど、2強時代をこじ開けていきたいなって思いますね」。福間と20歳、西山と16歳離れている岩崎は正面をまっすぐ見据え、言い切った。

 これから、「将来の夢」を聞かれた時には、言う言葉は決めている。「女流タイトル獲得」。そして、先の言葉につなげた。「女流タイトルを全部制覇したいなと思います。あと、今、福間さんや西山さんも(女流棋戦だけでなく、棋士との)一般棋戦にも出てて強いので、そこでも活躍できるようになりたい」

 取材は土曜日だった。好きなテレビ番組に話が及ぶと、岩崎は「バラエティーだと、『上田と女が吠える夜』。愚痴を言うじゃないですか。ああいうのめっちゃ好きで。アニメだと今は『ドラえもん』を見てます。新しい発想がたくさん出てきて面白い」と答え、「あ、今日『ドラえもん』か! 見よ!」と笑った。

 これから、何だってできる12歳。そう思わせる透き通った無邪気さと力強い闘志を、岩崎は持っている。

◆岩崎夏子女流2級の推し棋士

 推し棋士というのはあまりいないのですが、すごくかっこいいなって思うのは、一門の姉弟子である内山あやさんとか渡部愛さんとかです。

 内山さんは終盤が堅くて、接戦の中で攻めにいく姿勢がとても勉強になります。渡部さんも攻めるタイプで、私自身も攻め将棋なので、攻める人が結構好きなんだろうなと思います。受け身になるより、決め切る方がかっこいいのかなと思っていて…。格好良さを求めています。

 内山さんとは、研究会などで将棋を指させてもらったりもしていて、勝てたこともあるのですが、やっぱりなかなか勝つのは難しいなあと…。私は負けず嫌いで、将棋で負けたら感情が表に出ちゃうタイプ。勝負の世界なのでみんなそういう感情はあるはずですが、内山さんはそれを表に出さない。そういうタイプがいいなあって思っています。(談)

 ◆岩崎 夏子(いわさき・なつこ)2011年7月20日、奈良県生駒市出身。12歳。小学生女子将棋名人戦全国大会に小4で準優勝、小6で優勝。23、24年の女流王将戦小学生代表。第55期女流アマ名人戦・名人戦クラス3位。23年9月に関東研修会に入会。今年3月、研修会でB2昇級、プロ入り決定。4月、女流2級に。北島忠雄七段門下。好きな科目は数学、苦手な科目は理科。