萩野公介&瀬戸大也は「戦友」 2人の東京五輪に向けた「今」…競泳・男子個人メドレー

萩野公介&瀬戸大也は「戦友」 2人の東京五輪に向けた「今」…競泳・男子個人メドレー

 アスリートにとって、良きライバルは自らの技量、そして存在価値をも高める。東京五輪へ向けて、日々しのぎを削りながら夢に向かう選手たちがいる。その代表格が競泳の萩野公介(24)=ブリヂストン=と瀬戸大也(24)=ANA=だ。小学3年で初対戦して以来、15年以上にわたり理想的なライバル関係を築いてきた。「戦友」であるお互いのこと、そして五輪に向けた「今」を聞いた。(取材・構成=太田倫)

 ■瀬戸「自分のため金メダルを何が何でも取る」

 それは、新しい瀬戸大也が生まれた瞬間だったのかもしれない。

 昨年8月9日。東京・辰巳国際水泳場で行われたパンパシフィック選手権の初日。400メートル個人メドレー決勝で、第5コースを泳いだ瀬戸が見るものをくぎ付けにした。スタートのバタフライからフルスロットルでぶっ飛ばし、大逃げを打った。後半はガス欠に陥り、結果だけ見れば3位。だが、自身にとってキャリアの転換点となるようなレースだった。

 「自分を壊せるような、自分らしい自分に戻せるような、そんなレースをしたかった。だからあれほど突っ込んでいったんです」

 リオ五輪の400個メで銅メダルを獲得し、その後も順風満帆に見える。しかし17年の世界選手権(ブダペスト)で、400個メのV3を逃して3位になったときから、何かが違うという思いが巣くっていた。

 「武器が欲しいというか。ブダペストの時は安全なレースをしていた。若い頃は本番になると爆発して、思っていたよりすごいタイムが出るというのがあったけど、そういうのがない。次のステップに上がるためのもどかしさなのかな、と感じました」

 かすかなしこりを抱えながら臨んだ2018年。4月の日本選手権では400個メ、200個メ、200メートルバタフライ、いずれも2位。パンパシとジャカルタ・アジア大会の代表権は得たが、危機感を決定的に自覚した。

 「4月の選考会が終わった後、自問自答した。よく2位に入ったけど、そこ止まり。『世界ではこれで戦えない。何で満足してんだよ。日本の中で戦ってはダメだ』って。良かった、代表に入れたではなく、ああ優勝できなかった、というふうに思えないと。落ちぶれた…じゃないけど、自分の中で限界を決めているみたいな感じだった。考え方の甘さが嫌だった」

 パンパシで披露した先行逃げ切りスタイルで、直後のアジア大会で400個メを制した。その変身ぶりは、代表の同僚である小関也朱篤(ミキハウス)が「感銘を受けた」というほど。年末の世界短水路選手権(中国・杭州)では200バタで世界新を樹立。この1年の心の動きを「固」という一文字で表現した。

 「覚悟とか気持ちを固めてやれたかな、と。ブレずに、自分が成長できた。意味のある1年だった」

 天性の明るさで周りをひきつける好青年だが、時おり顔をのぞかせるもう1人の自分がいる。変身を促したのは、その彼だった。

 「2人の自分がいるというか。心の中で逃げそうになった時に出てくる。“マジメダイヤ”っていうかな。練習中とかでも逃げようとすると『オイオイオイ』と突っ込みが入るんです。これからも、東京五輪でどうなりたいかを言い聞かせていきたい。楽な考えをする自分をなくしたい。それができたら強い気持ちで臨めるし、武器にもなる」

 私生活では、昨年6月に長女の優羽(ゆわ)ちゃんが誕生。パパ業もこなしつつトレーニングに励む。

 「今の生活サイクルがすごく楽しい。充実感っていうのが強さにもつながると思うし、大切にしていきたい」

 それでも、東京五輪は「自分のため」に泳ぐ、と言い切る。その真意はどこにあるのか。

 「自分のため、が一番です。その気持ちも固まった。やっているのは自分。まずは自分のために、金メダルを何が何でも取る。その気持ちをブラさないようにしたい。家族のために頑張るでしょう、と言われがちですけど、自分の夢なので。その中で家族も応援してくれているし、恩返ししたい」

 この貪欲さ、レースでの攻撃性、心の奥底に潜んでいたものを解放し殻を破ったのが24歳という年だった。一方で変わらないものもある。それが萩野公介という存在だ。

 「自分の中ではずっと戦友です。一緒に世界で戦うのは本当に誇らしい。決勝の舞台に一緒にいると落ち着くんです。ただ、レースのときは全力でいいパフォーマンスして、勝負したいね…というのはずっと思っている。そこは暗黙の了解で」

 萩野のいない競技人生は「考えられない」と首を振った。

 「公介がいなかったら、ここまでこれているかは分からない。もしいなくて、こういう結果を残してきていたら調子に乗りますね。でも、いるからうかうかできない。これだけすごいライバル関係で、いい環境にいられて、楽しくやれている。感謝しています」

 萩野はリオ五輪で金メダルこそ手にしたが、その後は逆境の連続。戦友として、寄り添ってきた。

 「骨折したり、体調も崩したり。すごい人生ですね、公介は…。特に何かを言ったりとかはしない。時々一緒にご飯を食べに行ったりして。何かを言わなくても、一緒にいるだけでも頑張ろうという気持ちにさせてもらえる。それはお互いにだと思う」

 東京五輪の個人メドレーは萩野と、チェース・ケイリシュ(米国)との三つどもえの争いが展開される。屈託ない笑顔で野望を口にした。

 「チェースは倒したいですね、2人で。ギャフンと言わせたい。自分のメインは400ですけど、公介とワンツーフィニッシュを目指して。200も自分が頑張って、ワンツーできるように上がっていきたい。400も金、200も金、200バタも金を取ったら最高です。3冠はヤバい。そんな甘くはないですけどね」

 ■萩野「互いに100%出してその上で勝つ」

 萩野は心穏やかに、プレ五輪イヤーの幕開けを迎えた。

 「今はいい感じに来ている。練習も順調に消化できている。いろいろと思うようにいかない日が数年続いていたので、うれしい」

 リオ五輪が開催された16年は、その前年のトレーニング中に自転車で転倒して骨折した右肘の回復に力を注いだ。17年は肘の手術明けで満足いく練習は積めなかった。昨年は年始早々に蓄積疲労で体調を崩し、約3週間もプールを離れた。正月と試練は、なぜかワンセットでやってきた。

 「何でオレだけ…とまでは思わなかったけど、大変なことは続くよなと思って。いいことも続くけど、大変なことも続くよなと思っていた」

 五輪中間年の2018年。出場すら危ぶまれた4月の日本選手権では個人メドレー2冠を獲得するも、夏のパンパシフィック選手権、ジャカルタ・アジア大会では無冠に終わった。ただ、手術した右肘がなじまず「フワフワした感じ」が消えなかった17年から比べれば、練習量もレースの感触も変わった。サラサラした砂ではなく、しっかりと握りしめられる土のような手応えが残るようになった。アジア大会では「五輪へ向けてやっと軌道に乗った」と言い切った。

 「17年は、頑張りに見合うだけの結果につながらなかった。100頑張っても10とか30とか。のれんに腕押しというか、すごく空回りしていた。18年は何かつかみたかったので」

 昨年7月に行ったスペインでの高地合宿が、心と体の歯車がかみ合い出す転機となった。師事する平井伯昌コーチ(日本代表ヘッドコーチ)から手を差し伸べられた。かつて平井コーチが指導した五輪平泳ぎ2大会連続2冠の北島康介も1度目の五輪が終わった後、モチベーションの維持に苦しんだというエピソードを聞かされた。平井コーチは登山を例に取った。「1回頂上に登ったら、2回目、3回目は違うルートから、違うアプローチで登っていくやり方もあるよ」

 「小さい頃からの目標だった五輪で夢を達成して、一度終わった、と。そういう気持ちになってしまうのは仕方がない。けど、もう一度頑張る気持ち、新しい目標を心の底から目指してトレーニングするのが大事だ、と平井先生から言われた。今思ってみると、頑張れていないところもあったのかな」

 平井コーチの言葉を借りると、この時「萩野の顔から険が取れたようになった」という。萩野も、心の中でスイッチが入った音を聴いた気がした。

 「僕自身も考えるところがあって。思うような結果が出なかったとしても、諦めないで目標に突っ走っていく行為がまずは大切だ、と。もし途中で諦めたり自分に負けてしまったら、僕の人生って何なんだろうな、と思ったんですよね、その時。今諦めないで続けていかないと、水泳を引退した後にもつながっていかないと思った。2020年は集大成だけど、今後生きていく上では過程でなくてはいけない、と思っているので」

 3度目の五輪へ、あと570日。「それだけの時間があれば人は変われる」と、ピーキングには確固たる自信がある。

 「僕はむしろ逆境の方が長い。ほぼ逆境です。3年逆境で1年いい、そのいい1年がオリンピックイヤー、みたいな感じがある。ずっといいのも疲れるし、ずっと悪いのも疲れる。全てを経験して、結果的にどうなるかが勝負。他の人がどう感じるかは分からないけど、僕自身はいい感じだなと思っていることは多い。五輪さえいい結果なら、それで最高だなと思う。五輪は楽しみというのが一番です」

 小学校3年生で出会って以来、瀬戸とは幸福なライバル関係を築いてきた。16年元日付の本紙では「宿敵」という表現がなされている。が、今の萩野には、瀬戸も以前から言っているように「戦友」という表現が最もしっくりくるようだ。

 「大也とは本当に一緒に頑張っていきたい。対抗心でバチバチした時期? 過ぎましたねえ…面白いことに。性格、考え方は正反対だけど、お互い大人になったなと思う。彼がいい結果を出したら僕も素直に喜べるし、あいつが頑張っているから頑張ろうと思える。でもレースになったらやっぱり勝ちたい。こういうふうに思える選手、存在がいる。僕は恵まれたものだなと思います」

 競技人生に瀬戸がいなかったら、どうだったろうか。

 「つまらなかったんじゃないですか。大也は僕がダメな時に頑張ってくれている。すごく勇気が出るレースをしてくれて、その都度、頑張ろうという気持ちになる。大也はいいヤツじゃないですか。これが意地悪いヤツとかだったら(笑い)、なんだあいつとか思うかもしれないけど、明るくて、さっぱりしていて、頑張る時はすごく頑張る。大好きですね」

 東京で瀬戸と並んでスタート台に立つ日が、近づいてきた。

 「もちろん自分が勝つことは変わらない。でもお互いに100%の力を出して、その上で勝ちたい。100%の準備をして、決勝に進んだ8人が100%の力を出して、誰が一番か。それが自分でありたいな、と思っています」


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