バレーボール男子日本代表のフィリップ・ブラン氏(64)とラグビー男子15人制代表のエディー・ジョーンズ氏(64)の両監督対談が21日までに実現した。バレーボール男子はパリ五輪前最後の大会となるネーションズリーグ(NL、ブラジルなど)が21日に開幕。52年ぶり五輪メダルへ弾みをつける。ラグビーは、6月からテストマッチ(国立など)が始まる。エール交換にとどまらず、指導哲学の激論も交わされた。(取材・構成=大谷 翔太、宮下 京香)

 昨年8月にラグビー日本代表のフィジー戦(秩父宮)を生観戦するなどラグビー好きというブラン監督。ジョーンズHCも注目するバレーボールの名将との初対談に、入室後握手を交わすと、早速トークは弾んだ。

 ブラン氏(以下、ブ)「家族がラグビーをしていたこともあり、元々好きでした。(母国では)フランスと(ジョーンズHC率いる)イングランドの代表戦を見ていたし、エディーさんのことも知っていた。日本で功績がある人で、競技は違えど同じチームスポーツ。意見交換するのは非常に興味深いですね」

 ジョーンズ氏(以下、ジ)「サントリー(現東京SG)にいた時に(Vリーグの)サントリーサンバーズの試合を見に行ったことがあります。フィリップは国際的な指導者として経験があり、日本を世界ランク14位から4位まで引き上げた。チームを劇的に変えることができたのは、戦略やトレーニングを何か大きく変えたんだろうなと。どんなことをしたのか知りたいですね」

 ブ「日本が代表チームをどのように作り上げていくか、その過程から変える必要がありました。世界のトップに追いつくための長いプロセスです。7年必要でした。まずは選手をよく観察し、どのように考えているかを理解してチームの中に入っていくこと。そこからトップにいくために必要なことを明確にして、選手の信頼を勝ち取らないといけない。トップに行く方法を選手が信頼してくれたら、練習にももっと興味を持ってくれるようになります」

 ジ「フィリップの言う通りで、日本で何が起きているかをまず理解しないといけない。そこを考えて、選手やコーチなど競技に関わる人たちとどう進めていくか。理解をしてもらい、チームの中に入ってその人たちを巻き込んでいくことが重要です」

 ブ「相手に対してオープンな心構えになれば、チームとして高いレベルにいけます。そのレベルに行くという意見だけを押しつけたら、人間関係はうまくいきませんから」

 ジ「年功序列という面も、日本のスポーツの構造的な特徴の一つとしてあると思います。ラグビーはこれまで、歴史的に大学の伝統校と呼ばれるところで主にプレーされていましたが、上級生が最終判断するような年功序列はどこにでもある。それを壊すことが必要。若い選手にも試合に対して責任感を持たせ臨ませることが、日本でコーチをする上で(他国と)違う点であるとも思います」

 ブ「バレーボールでは長い時間トレーニングする古いやり方でしたが、それも変えました。質を重要視する練習に変えました」

 ジ「それはラグビーでも同じです。3、4時間練習するけど、実際の試合ではそうではない(80分間)。そこは一番大きく変えた部分でもありました」

 サイズで劣る日本が世界で勝つためには、強化が必要だという考えも一致する。

 ブ「日本は基礎のパスやトス、カバーの技術、サイドアウトは世界でもトップレベル。ただ1つ、難しいのがブロックです。ブロックは背が高いからうまくいくのではない。五輪でメダルを取るために、伸ばさないといけない技術でした。選手も、世界との差はそこだと理解していた。2年前から強化に着手し、ブロッカーとレシーバーが連係した守備、守備から攻撃のシステムを構築した。フィジカルで対抗するのではなく、技術面でいい判断をしていくことを重要視しています」

 ジ「ラグビーも同じです。日本はキャッチやパスが上手で、ボールを速く動かす技術もあるが、守りは世界のトップと差がある。日本の弱みでもあります。今回、私がHCに就任した使命の1つは、適切な守備のシステムを構築し、その中で選手個人の技術を伸ばすこと。前回の日本代表では強みの攻撃の強化に力を注ぎ、守備は最後に取り組んだ。今回はもっと早く着手し、バランスの取れたアプローチをしていきたいです」

 そして2人は、若手選手の発掘や育成に重点を置く。ジョーンズ氏は、U―20の合宿や大学視察に奔走。ブラン氏は昨年12月、若手有望選手の合宿に出向くなど将来日の丸を背負う次世代の育成にも目を向けている。

 ブ「大学のトップ10%の選手に対しては、特別な育成プランを用いて効率的に育てる必要があります。若い高橋藍(らん、22)や大塚達宣(23)を全日本に引き入れ、今、彼らはトップレベルで高いパフォーマンスを発揮してくれている。甲斐優斗(20)も今年はパリに送り、すごく成長した。有望選手の育成は、積極的に、日本代表とその他の機関が協力して継続的に強化に取り組むことが必要です」

 ジ「(日本語で)お・な・じ(笑い)」

 ブ「今の日本語は、理解できました(笑い)」

 ジ「今の大学のシステムでは、トップレベルの学生を加速的に育成する事は難しい。そこで私は、4月に有望な大学生を強化する『ジャパン・タレント・スコッド』を始めました。学生全体のトップ10%に対し、集中的に育成をしていく。例え準備ができていなくても、私は彼らのような選手を積極的に日本代表に入れようと思っています」

 バレーボール男子は21日にNLが開幕。7月26日開幕のパリ五輪では、1972年大会以来52年ぶりのメダルに挑む。ラグビー日本代表も6月から本格始動し、27年W杯オーストラリア大会にむけて動き出す。

 ジ「ゴールドメダルを期待しています! 監督として大きな大会で結果を出すことの大変さは、よく分かる。大会前はチームに変化があるし、ハードにチームを押し上げる場面もあると思う。日本は今、世界で素晴らしい位置にいる。ぜひ、頑張ってください」

 ブ「昨年のNLではメダルを獲得し、結果を出すためにハードに取り組んで来た選手やスタッフを誇りに思ったし、うまくいかないことがあった中でもようやくメダルに到達し、非常に喜びを感じました。パリでも、どんな試合でも涙したいですね。エディーさんは、3年後の目標に向けてチームを作り上げていく段階だと思います。レベルを上げ、ステップを踏んで強化し、27年にベストなチームになっていることを祈ります」

 最後に、日本に残したいものを聞いた。

 ジ「2つあります。1つは、守備でファイトしている姿。これまでの桜戦士のアイデンティティーに、価値を加えたい。2つ目は、育成プログラムです。若いトップ10%の選手を、世界のトップになれるように育てないといけません。積極的に、若い選手を日本代表に起用しようと思います」

 ブ「今年のスローガンは『歴史を作るため、メダルを持ち帰る』。五輪でメダルを獲得することは、日本のバレーボール界の将来にとっても重要だと考えます。パリ五輪でメダルを取ることができれば、大きなレガシーになるでしょう」

 バレーボール、ラグビーの2人の名将が築き上げた「最強日本」が、世界を驚かせる。

 ◆ジョーンズHCと日本代表 2012〜15年に率い、15年W杯では初戦で南アフリカ代表を「スポーツ史上最大の番狂わせ」といわれる34―32で撃破。それまでW杯1勝だった日本を歴史的3勝に導いた。イングランド、オーストラリア代表指揮官を経て、24年に日本代表HCに復帰。4月には、将来有望な大学生を集中的に強化する「ジャパン・タレント・スコッド」を始動させた。世界の4強入りを目指し、日本ラグビーのアイデンティティーとして「超速ラグビー」を掲げ、27年W杯オーストラリア大会に向かっている。

 ◆ブラン監督と日本代表 中垣内祐一監督の下、2017年にコーチに就任。21年の東京五輪では92年バルセロナ大会以来、29年ぶり8強。同大会後に全日本監督に就任。23年5〜7月のネーションズリーグでは開幕10連勝を飾るなどの快進撃。準々決勝でスロベニアを3―0で破るなど、主要国際大会では46年ぶりの銅メダルを獲得。同年9〜10月のパリ五輪予選では5勝2敗の組2位で08年北京大会以来、4大会ぶりの自力での出場権を手にした。パリ五輪では72年ミュンヘン大会の金以来、52年ぶりのメダル獲得を掲げている。

【取材後記】期待抱ける未来

 初対面とは思えぬほど会話は弾んだ。ラグビー観戦のためイングランドにも足を運んだことがあると語ったブラン氏は、ジョーンズ氏との対談を待ち望んでいたという。入室後、固い握手から約5分間の立ち話。慌ててレコーダーを回した。対談が弾まなかったら、という一抹の不安は、2人が着席する前に消えた。

 約50分間の対談で最も驚いたのが、ブラン氏が若手強化を語った場面だ。集中的な強化が必要と指摘した「大学生のトップ10%」という数字。これは、4月に単独インタビューの中でジョーンズHCから聞いた数字と同じだった。「うん、うん」と笑顔でうなずき、ブラン氏の言葉に耳を傾けるジョーンズ氏。初対面が信じられないほど、さまざまなテーマで意見は一致した。それぞれの名将が導く未来に期待を抱くには、十分な時間だった。(大谷 翔太)