能登に届け生徒一丸 百万石行列に飯田高キリコ 「最高やった」汗だくの笑顔輝く
北國新聞6/8(日)5:00

飯田高の生徒や卒業生に担がれ、中心部を進む珠洲のキリコ=金沢市南町
●沿道から「いいぞ」「頑張れ」
能登復興の熱い思いが県都の真ん中で躍動した。7日に行われた百万石行列では、珠洲のキリコが最後尾を飾った。「デデンコデン、ヨイヤサッカヤッサー」。担ぎ手の飯田高生徒らはあらん限りの声でキリコを持ち上げ誇示。能登の底力を見せつける若者たちを、大きく温かな拍手が包んだ。
キリコは珠洲市蛸島町の七夕祭りで使用されていた1基。地震で被害を受け、飯田高に譲渡され、生徒による修復を経て、金沢百万石まつりに臨んだ。
担ぎ手、囃子(はやし)方として在校生、卒業生合わせて約60人が金沢に乗り込み、金沢駅から尾山神社前まで1・6キロを練り歩いた。威勢のよい掛け声に合わせて高さ6メートル、重さ1トン弱のキリコが揺れると、沿道から「いいぞ」「頑張れー」と大きな声援が飛んだ。
この日の金沢の最高気温は28・6度。担ぎ手は出発早々から全員が汗だくになり、到着後は誰も声が出ないほどぐったり。取締役(責任者)として行進を指揮した3年の川渕咲(さく)さん(17)は「最高やった。金沢や県内外の人に勇気と元気を届けることができた」と充実の笑みを見せた。
学校はまだ地震の復旧が完了しておらず「体育館も一つ、使えない状態」と川渕さん。学校周辺は家屋の解体が進んで更地が増え、見慣れた風景が変わり続けている。「復興にはまつりが必要。きょう百万石まつりで応援を受け、改めてそれを認識した」と力を込めた。
担ぎ手を務めた3年の西陽翔さん(17)も「能登にはキリコがあることをもっと伝えたい」と地域の伝統継続を誓った。
仮設住宅暮らしを送る蛸島町区長の木挽芳紀さん(55)はキリコを見届け「生徒らの頑張りに涙が出た。おかげで元気をもらった」と感謝を口にした。
沿道では、奥能登豪雨で輪島市の実家が全壊した瀬畑幸子さん(77)=白山市=が「キリコを見るために来た。太鼓の音を聞くと元気が出る」と目を細めた。
キリコは行列後も尾山神社前の交差点に展示され、来場者の関心を集めた。
●金沢城でも「応援」
金沢城公園では、被災着物で作られたオブジェ「鳳(ほう)龍(りゅう)」が県内初展示されたほか、奥能登の特産品を販売するコーナーが設けられた。御陣乗太鼓をはじめとする能登の太鼓も会場を盛り上げ、被災地復興の願いが広がった。
制作に着物を提供した日本きもの文化振興会(金沢市)の篠原勉理事長は「地震は時間とともに忘れられてしまう。オブジェという形で残していく」と話した。
●利長公・珠洲出身小杉さん「逆に元気もらった」
前田利長公役の小杉吉直さん(53)=陸上自衛隊金沢駐屯地最先任上級曹長=は珠洲市出身。地震で実家を失い、豪雨では輪島市に災害派遣された。ダメージを受けたふるさとや奥能登に元気を与えたいと、2代藩主として馬上から沿道に手を振り続けた小杉さんは「想像以上に歓声が大きく、逆にエネルギーをもらった」と笑顔で語った。
●「石原利家」へ富来から感謝の声/昨年夏祭り参加
沿道には志賀町富来地頭町の住民が陣取り、利家公を待ち構えた。昨年の夏祭りに石原良純さんがゲスト参加したお礼で、区役員ら十数人が「能登をお願いします」と声援を飛ばした。




