新田次郎著「劔岳〈点の記〉」(つるぎだけ てんのき)は、明治時代に当時未踏峰とされていた富山県の剣岳(2999メートル)の山頂に正確な地図作成のために不可欠な三角点の設置を目指した陸軍陸地測量部の測量官柴崎芳太郎と案内人の宇治長次郎の物語だ。柴崎らは苦難の末登頂を果たし、四等三角点を設置する。だが、山頂で古代の修験者が残した錫杖(しゃくじょう)と鉄剣の一部が見つかり、陸軍上層部は初登頂でなかったことに落胆して柴崎らの偉業を評価することはなかった。

小説のタイトルになっている「点の記」は、三角点の戸籍のようなもので、点名や所在地、測量年月日、三角点までの道順などが記録されている。点の記が作られるのは三等三角点までで、必要な資材を運び上げられず四等にとどまった剣岳には「点の記」は残されていない。

最も基本となる一等三角点は2016年時点で全国に975あるが、地図作成と測量が目的のため、必ず最高峰や有名な山が選ばれるとは限らないのが面白い。(ちなみに富士山は二等三角点)

前置きが長くなった。今回は広島県の重要な一等三角点が置かれ、中国山地の分水嶺でもある阿佐山(1218.3メートル)を起点に県境の1000メートル級の山々を縦走した。

▼今回利用した交通機関 (※車を利用)
【行き】広島高速4号線中広出入口→同沼田出入口→広島自動車道・西風新都IC→中国自動車道・千代田JCT→浜田道・大朝IC→県道5号→県道79号→県道40号→大暮(阿佐山〜天狗石山縦走)
【帰り】大暮→県道40号→国道186号→県道113・114号→(雲月山登山)→県道114・113号→国道186号→県道40号→浜田道大朝IC→中国自動車道・千代田JCT→広島自動車道・西風新都IC→広島高速4号線沼田出入口→同中広出入口

 

北広島町の山は車必須につき

今回のリポートは、前々回紹介した雲月山と同じ日に登った山々だ。公共交通機関がほとんどない北広島町の山登りは車が必須。そうそう車を調達することもできないので、同じ日に2回分の山行をこなしたというわけだ。

浜田自動車道の大朝インタチェンジを下りて車を走らせること約25分、県道40号を右折して大暮川沿いを遡る。大暮養魚場を過ぎると道幅はぐっと細くなり、約15分で林道の合流点に到着。ここに車を置いて砂利道を歩き始める。ほどなく左手に尾関神社が現れた。由緒を刻んだ石板によると、広島藩主だった福島正則に仕えていた尾関権之守が祭神で、福島正則が広島城を無断で修理したとして改易された後、この地に移住して生涯を終えたという。

福島正則の旧臣が祭神の尾関神社 尾関神社の由緒を刻んだ石碑

さらに5分余り歩いて阿佐山橋を越えると登山口だ。丸太橋を渡り、渓流沿いの2つの砂防堰堤の脇を越えていく。道は荒れ気味でわかりにくい。赤テープを探しながら道をたどっていくと川から離れ、杉林の中を上る道になる。上り続けること約50分で阿佐山から続く稜線に出た。二十丁峠だ。阿佐山と毛無山(大暮毛無山)の分岐でもある。かつてたたら製鉄が盛んだった時代には、東麓の大谷集落にあった製鉄炉に燃料の木炭を運ぶ道が通っていたというが、いまはその痕跡を見出すことは難しい。

阿佐山橋 阿佐山の登山口 丸木橋を渡る 少し荒れ気味の登山道 阿佐山と毛無山(大暮毛無山)の分岐となる二十丁峠

明治の一等三角点標石

峠を左に折れ、阿佐山に向かう。両側は広葉樹林だが、すっかり落葉している。木々の根元が緑のササに覆われた明るい縦走路だ。途中1116メートルの無名ピークを経て午前9時20分、阿佐山の頂上に着いた。地元では「東ドウゲン」とも呼ばれている。山頂の防災無線の施設から少し南に入ったところに一等三角点の標石はあった。2つの角が少し欠けているが、側面に「一等三角点」と刻まれている。

歩きやすい縦走路を行く。前方の山影が阿佐山 防災無線施設の立つ阿佐山山頂 阿佐山一等三角点の標石

国土地理院のサイトから阿佐山の一等三角点の記を調べてみると、標石が埋設されたのは明治23(1890)年6月15日。地上に出ているのは高さ20センチほどだが、地下70センチの深さに約38センチ角、厚さ12センチの盤石を据え、その上に高さ85センチの標石を立てて埋めている。盤石と標石を合わせれば130キロ近い重量があるという。今でこそ尾根続きの三ツ石山(1163.5メートル)の山頂近くまで車で行けるが、当時は麓から人力で運び上げるしかない。登山者の道案内をしながら荷物を運ぶ人を強力(ごうりき)と呼ぶが、そんな人たちが測量官に従って山に入り、標石を運んだのだろう。その苦労に思いをはせた。

明治30年代の一等三角点網の地図を見ると、広島県内では道後山、冠山(吉和冠山)などと並んで阿佐山が山名入りで掲載されている。

(三角点に興味のある方は国土地理院HPに2021年開催の企画展「一等三角点物語」のページがあり、展示パネルの内容などを見ることができます)

 

双耳峰のもう一峰へ

阿佐山はほぼ同じ高さの2つの山が並び立つ双耳峰だ。もう一峰の同形山(1217メートル)に向かう。別名西ドウゲン、阿佐山北峰とも。いったん80メートルほど鞍部まで下って上り返す。登山開始時には濃かったガスも少しずつ薄くなってきた。山頂一帯から北斜面は瑞穂ハイランドスキー場になっている。登山道を外れてスキー場の芝生に出ると、目の前にさっき登ったばかりの阿佐山が端正な姿を見せている。展望台に上がってみる。空気が澄んでいれば遠く四国山地まで見渡すことができるらしいが、この日は残念ながら無理だった。

同形山(西ドウゲン・阿佐山北峰)から阿佐山(東ドウゲン)を望む 展望台からの眺め。雲が多く四国は見えず

スキー場施設のある北側へ向かう。西日本有数の規模を誇るスキー場だけに、山上にはレストランやリフトなどの施設が充実している。

北斜面のゲレンデ最上部に立つとすばらしい眺めだ。冬の晴れた日、ここから日本海に向けて滑走するのは爽快だろう。このところ雪不足の冬が続いてどこのスキー場も苦労している。瑞穂ハイランドスキー場も営業を休止したことがあったが、今年は雪に恵まれてにぎわえばいいなと思った。

造雪機やリフトの支柱が立ち並ぶ同形山の山頂 瑞穂ハイランドスキー場の案内板

 

造雪機 ゲレンデの北側を見る

閉鎖されたスキー場を経て三ツ石山へ

縦走路に戻り、次のピークの三ツ石山(1163.5メートル)を目指す。明るく、歩きやすい道だ。ただ、変化に乏しく、眺望もいまひとつなので少し退屈なルートでもある。途中、1090.7メートルの無名ピーク付近にスキーリフトがあった。草が伸びているが、使われなくなってまだそれほど時間はたっていないように見える。調べてみるとアサヒテングストンスノーパークの跡地だった。良質な天然雪を売り物にしていたが、雪不足で営業ができなくなり、2020年シーズンで閉鎖されたそうだ。

三ツ石山へ向かう歩きやすい縦走路 閉鎖された旧アサヒテングストンスノーパークの山頂リフト

スキー場跡から30分ほど歩くと三ツ石山の山頂へ到着した。江戸時代には広島藩、津和野藩、浜田藩の境界で、山頂にある3つに割れた石を標石としたことから名前がついたという。時刻は午前11時。樹林に囲まれて眺望はさっぱりだが、ちょうどガス欠になりそうだったのでここで少し早い昼食を取ることにした。おにぎり2個とソーセージ。炭水化物と塩分を補給して縦走再開。数分ほど歩くといきなり草原に出た。木無原(きないはら)というそうだ。見たまま、そのまんまの名前だ。前方にこれから向かう天狗石山がたおやかな姿を見せている。

三ツ石山の山頂 稜線上の草原・木無原 天狗石山を仰ぐ

このあたりは中国山地の脊梁・分水嶺でもあり、山陽・山陰両側に広く電波が届くためか地図には無線施設の記号が複数載っている。NTTの建屋も残っていたが、既に役割を終えたのかアンテナなどはなく、電線も切断されていた。ここは西中国山地国定公園のエリア。不要になったのなら撤去するべきだろうが、頑丈そうな建物なので壊すのも大変そうだ。どうするつもりなのだろうか。

閉鎖されたNTTの無線施設跡

天狗石山と佐々木新道

NTTの施設跡の脇から天狗石山への登山道に入る。緩やかな道を10分ほど上ると、林の中に山名の由来になったと思われる巨大な岩が現れた。さらに5分、立派な展望台がしつらえられた山頂に着いた。展望台には先客が2人。この日初めて出会った登山者だ。お一人はアマチュア無線のために登ってこられたそうで、アンテナを上げて交信を楽しんでおられた。

山陰方面の展望は抜群だ。ただ、天気は回復したものの視程はあまりきかず、三瓶山や大山を望むことはかなわなかった。

天狗石山の山名の由来になった巨岩 天狗石山の山頂展望台から。アマチュア無線の交信を楽しむ方と出会った 天狗石山山頂のパノラマ写真

下山は「佐々木新道」を下る。天狗石山へは西側の才乙集落に近い来尾峠から上るルートがメインで、大暮側と結ぶために開かれた道だ。斜面をまっすぐ下る道でそれなりに急だが迷うことはない。谷底には「モデル水源林」と書かれた看板が立てられており、ここから先は作業用にも使われた道なのだろう。谷筋の道は荒れ気味で歩きにくい。30分ほど頑張って歩いて下山した。

佐々木新道の入り口 「モデル水源林」の標識が立つ樹林

舗装路に出たところで、登山道の入り口近くに立つ別荘の女性から「天狗石山から下りてこられたのですか」と声をかけられた。聞けば、「佐々木新道」を開いたのは、女性の夫の父親なのだそうだ。偶然に驚きつつ、ボランティアとして道を開いたのであろう「佐々木さん」に感謝して山を後にした。総歩行距離は11.3キロだったが、この後の雲月山も入れると計14.6キロになった。

天狗石山の登山口に無事下山

 

2022.11.12(土)取材 《掲載されている情報は取材当時の内容です。ご了承ください》

ライター えむ
50代後半になってから本格的に山登りを始めて5年ほど、中四国の低山を中心に日帰りの山歩きを楽しんでいます。できるだけ公共交通機関を利用しますが、やむを得ない場合に時々レンタカーを使うことも。安全のためトレッキングポールは必ず携行。年齢のわりに歩くのは速い方です。
■連載コラム「バスと電車と足で行くひろしま山日記」