パキスタンと国境を接するインド西端・グジャラート州のカッチ地方。ここに紀元前からの歴史がある「アジュラック・ブロックプリント」という伝統布を作る工房がある。向井詩織さんは、この工房に単身入り込み、2019年には工房初の「外国人ブロックプリンター」となり、活躍している。向井さんに、ブロックプリントの魅力や活動内容について聞いた。

アジュラック・ブロックプリントとの出会い

アジュラックはイスラムの草花や雲、波などをモチーフとした幾何学模様が特徴で、手彫りの木版を数種類使って柄を作る染色技術だ。ほとんどが藍や茜といった天然染料で染められており、非常に手間暇のかかる作業の末に出来上がる。

向井さんが最初にカッチ地方を訪れたのは、世界を周る旅の途中。美術大学出身の向井さんは、カッチの布の世界に魅了されていった。そして人に紹介されて行ったのが、アジュラックプリントで世界的にも有名なSufiyan Ismail Khatri(スフィヤン・イスマイリ・カトリ)の工房。ここで制作の体験をさせてもらえることになった。

「カッチに行ったときは、大学を退学した状態だったんです。だけど、半年間カッチに滞在して、様々な布を見たり工房で体験したりしている間に大学に入り直すことを決めました」

帰国後、最初の授業でブロックプリントを再現してみようと制作。2回3回と取り組んでいくうちに、ブロックプリントの世界にのめり込んでいった。

「カッチの工房では体験させてもらっただけでしたが、授業で取り組んだのがきっかけでこの世界にはまっていきました。その後、何度もカッチを訪れ、本格的に工房で制作させてもらうようになったんです」

新しい表現を取り入れる

カッチの伝統的なアジュラック布は、左右対称のデザインで、きっちりと柄を出すことが美しいとされている。その中で、向井さんはあえてかすりやズレを表現している。

「最初にやったときは『それはインドのマーケットではゴミになる』と言われました。でも、手で押すからこそできる表現で、完璧に重ねることもずらすこともできる。私はそこがおもしろくて、キレイだなと思って最初からこの表現をしていたんです」

向井さんはそれ以外にも針や紐といった、インド人は通常使うことのない素材も使って新しい表現を生み出している。

「ブロックプリントには、まだまだ可能性があります。日常の中で『これ制作に使えるかも』と思うこともたくさんありますよ」

また、日本から新しい技法を持ち込んだこともある。染色した部分が半透明になる「オパール加工」をブロックプリントに取り入れ、インドに持って行った。カッチには馴染みのない染色技法だ。

「そういうことができるのも、外国人の自分だからこそ。工房の彼らにも私にとっても、お互いが良くなる方向でできたらいいなと思います」

工房初の外国人ブロックプリンターに

最初は、工房に長期滞在して勉強しながら制作をさせてもらっていた向井さん。工房に通い出して約4年経った頃、カッチの伝統工芸を扱うNGOが間に入り、向井さんのデザインにお金を払う形で契約することになった。

スフィヤンの工房は、海外からのデザイナーやバイヤー、インターン生なども受け入れている開かれた場所だ。しかし、「外国人ブロックプリンター」として対価を支払うのは、はじめてのことだった。

「NGOの方に言われました。『次の良いデザイナーが入りやすくするため、カッチを良くするためにも、きちんと報酬をもらって制作する仕組みを作るべき』だと。それで、今は契約を結んで制作に取り組んでいます」

2年ぶりにインドへ

向井さんは通常、数か月〜半年ほどカッチに滞在して制作に取り組んでいる。しかし、コロナ禍に入り、約2年間インドに行けなかった。

「最初の1年は制作ができなくて、日本で展示会を開くだけでした。2020年の末に京都の老舗染料店と一緒にアジュラックの染料を再現したものを開発し、そこからは日本でも制作できるようになりました。コロナがなかったら日本で制作することはなかったでしょうね」

向井さんは、この染料を使いブロックプリントを体験できるワークショップも開催している。

そして、2022年2月、2年ぶりにカッチを訪れた。

「今後は、カッチの2つの団体でもデザイナーとして働く予定をしています。私はとにかくブロックプリントがただ楽しくて、制作できる環境を与えられて、ここまで続けてきました。その中でたくさんの人と関わって、新しいことにも挑戦してきた。今後も、どんどん挑戦しながら続けていきたいですね」

2021年から、洋服にブロックプリントのデザインをするという新しい試みも行っている。とにかくやりたいことが多いと語る向井さん。

インドの工房にたった一人で入り込んで、大変なことはないかと聞くと「大変なことは何もないです。ただ暑さだけがしんどいかな。暑いとデザインを考えられなくなるので」と笑った。

あぬ