今年9月。奇妙な高校生たちが活動を始めた。その名も「多摩科技を都心に動かす会」。公式Twitterでは、一切顔を見せず、ただ校舎を都心方向に向かって物理的に押している生徒らしき後ろ姿の写真が掲載されているだけ。だがその活動は、回を重ねるごとにじわじわとSNS上で話題を集めつつある。一体彼らは何者なのか。この活動の仕掛け人に接触を試みた。

 新宿中央公園の方角へ

団体名にある「多摩科技」とは、東京都小金井市にある「東京都立多摩科学技術高等学校」という高校。2012年にはスーパーサイエンスハイスクールに指定されている進学校だ。

ちなみに小金井市は東京の中心部からやや離れた多摩地域に位置する人口13万人程度の市。豊かな自然が残るベッドタウンである。

そんな東京を代表する理系進学校を、都心に動かそうとしているのは同校3年生の阿嶽川(あだけがわ/ニックネーム)さん。この活動の代表を務める。

阿嶽川さんは、「廃棄物を利用した洋上流出石油の回収」について研究しており、いまは大学進学を目指して受験勉強をしている真っ最中とのことだ。

大学でも化学研究を究めたいという思いを持つ、いたって真面目な高校生。そんな彼がなぜ、このような奇行に出たのか。

「小学生の頃、偶然テレビで『中大多摩キャンパスを都心に近づける会』の活動を見ました。その後すっかり忘れていましたが、校舎を都心に向かって物理的に押している姿を、今年9月にふと思い出したのです」

思い立ったが吉日、すぐに友人たちに声をかけて、多摩科技を都心へと動かすべく活動を開始した。

だが、当初は友人たちも「何を言っているのかわからない」という反応。なんとか賛同してくれた5人が集まり、9月30日に第1回の活動を行った。

メンバーで話し合った結果、多摩科技のすぐそばを走るJR中央線でまっすぐ都心方向に向かった先にある新宿中央公園なら、土地の広さ的に多摩科技の移転を受け入れてくれるのではないかと考えた。そこで、新宿中央公園の方角に焦点を合わせて、校舎を物理的に押し始めた。

「私たちが抱えている問題は深刻です。JR中央線は、運休や遅延が多いことで有名です。
多摩科技生は都内各地から集まっているため、非常に影響を受けます。先日も人身事故で1時間目が中止になりました。交通事情に不満を持っている生徒は少なくありません。
また、線路と隣接していることも問題視しています。多摩科技には、普通の高校に置いていない電子顕微鏡の設備があるのですが、電車の揺れにより全く使用できないという事態に陥っています。せっかくの最新鋭の設備が使えないのです。
さらに、シンガポールや中国など各国との交流プログラムを通して、やはり小金井よりも都心に立地している方が国際競争力をアップできるのではないかという意識を持つ生徒もいます。
東京を代表する理系進学校として、誰もがアクセスしやすい立地であること、そして学校の力を最大限に発揮できる立地であることは責務ではないかと考えています」 

いたって真面目に、戦略的に

現在、毎週水曜日の放課後に活動しているが、当初5人だった仲間は11人に増えた。

また、4回目の活動あたりから校内で話題になり始め、観覧者が出る騒ぎに。最近では25人程度の観覧者がいるという。

生徒からは、「このまえ他校の友達も動かす会の話していたよ」「多摩科技の知名度が向上して嬉しい」など好意的な反応が増えているとのこと。先生たちからも「校舎が動いたら教えてくれ」などと温かく見守られている。

最近では「立川に動かす会」「京都に動かす会」といった対抗勢力も出て盛り上がりをみせる。

「正攻法に嘆願書を学校に提出するという方法もあったと思います。でも、果たして効果はあったでしょうか。まずは生徒たちの間でこの問題が認知され、共有されることが重要だと思いました。
いまや校内では知らない人はいない状態ですが、もっと校外を、社会を巻き込んでいきたい。一部の生徒の要望ではなく、社会課題として多くの人々に認識された時に、多摩科技の移転は実現すると思います」

校舎は押してもきっと動かない。だが、彼らは真面目に、そして戦略的に世論を動かそうとしていた。多摩科技生たちの今後に注目だ。

谷村一成