学校や職場など、特定の場で話せなくなる場面緘黙症は「大人しい性格」だと誤解されやすく、当事者はひとりで苦しむこともある。物心ついた頃から場面緘黙症のこんいろえんぴつ(koniro_enpitsu)さんは、経験談を漫画で伝え、病気の周知に取り組んでいる。

自分を救いたくて「場面緘黙症」の体験談を発信

こんいろえんぴつさんは、保育園や幼稚園の頃は数人の友達と話せていたが、みな別の学校へ行き、小学校で本格的に話せなくなった。

幸いにも2人の友達ができ、耳打ちでの会話をしていたが、小4で転校し、孤立。周囲は「とても大人しい性格の子」と、こんいろえんぴつさんを認識したよう。空気のような存在として毎日を過ごし、一部の同級生からは悪口、消しカスを投げられる、机をくっつけないなどのいじめを受けた時期もあった。

「話しているところを見られたり、声を聞かれたりすることが怖かった。同級生から『なんで話さないの? まあ、これから話すようになったとしても驚くし、変だと思うけど』と言われた時はショックを受けました」

5年生の時には、担任から威圧的な指導を受ける。
「自分から声をかけることができない私をみんなの前で責めたり、遠足時にひとりでお弁当を食べていると、誰かにお願いして混ざれと怒鳴ってきたり……。仲良くする努力をしていないと思われていたのでしょう」

この教師が口にした「このままだと、お前は一生孤独だ」という言葉は今でも夢に出てくるほど、トラウマになった。

心の支えとなっていたのは、大好きな家族の存在。だが、学校での孤立を知られたら、家族の形が変わり、安心できる場所がなくなってしまうのでは……と思い、苦しみを言えなかった。

「親から『担任に、おうちでは話していますかと聞かれた』と言われることはありましたが、話さない自分は変だと思い込んでいたので、『先生の前ではそうしている』と誤魔化していました」

中学では友達が2人できたが、3年の頃クラスが離れ、再び孤立した。

「また、空気のような存在になりました。班決めやペア作りなどでは孤立。久々の孤独は耐えがたいほど辛く、友達がひとりでもいるだけで大きく違うのだと改めて感じました」

高校は中学校までの同級生がほぼいない理数科へ。新しい環境は居心地がよく、安心して話せる子もできた。友達グループに加わり、行動を共にする……。そんな、他の人から見れば、当たり前のように思える交流ができたことが、たまらなく嬉しかった。だが、長年、緘黙症状が出ていたため、次第に友達とのコミュニケーションに悩むようになっていった。

その後、浪人を経て大学に合格し、友人にも恵まれたが、やはりコミュニケーションの悩みを抱えた。そこに勉強やサークルのことなど様々な悩みが加わり、心が限界になり不登校に。環境を変えるため、3年生の時、別の学科に編入した。その頃、テレビで場面緘黙症を知り、衝撃を受けた。

「ずっと性格や努力不足のせいだと思ってきたので、名前がある障害であることに驚きました。自分の状態が知れて嬉しかったですが、これまで悩み、責められてきた日々は何だったのだろうと、悲しく複雑な気持ちにもなりました」

編入先では充実した学びを得られたが、人とのコミュニケーションやサークル内でのいざこざなど様々なストレスにより再び体調を崩し、4年生でうつ病と診断される。だが、なんとか単位を取得して卒業し、興味があったデザイン系の専門学校に入学した。

専門学校生活は充実していたが、就活の壁が立ちはだかる。練習や対策をしても緊張から言葉が出ず、震え、何度も面接で落とされた。

唯一、内定を貰えた会社で在学中にアルバイトとして働くも、電話対応に苦痛を感じ、緘黙症状も出てしまい、内定を辞退した。

「マニュアルを自作し、電話対応の書籍を読み込んで練習しましたが、電話が鳴ると体が震え、出るように促されると泣いてしまい、業務に支障が出てしまいました。電話は小学生の頃から苦手。内定先では電話に出るように促されるのが辛く、出られても頭が真っ白になり、上手く話せませんでした」

だが、その後、電話対応が社内の人たちだけである印刷会社に合格し、就職後は場面緘黙症を受け入れてくれた夫と結婚。現在は一児の母として、子育てに奮闘している。

漫画を描こうと思ったのは、病気の周知に取り組みたいという思いの他に、上手くコミュニケーションが取れずに苦しかった時の気持ちを何度も思い出す自分を、救いたいという思いもあったから。

「前向きになることや過去を振り返らないことが、私にはできなかった。だから、ひとつひとつの出来事を成仏させる気持ちで、経験や思ったことを描こうと思いました」

緘黙症状がずっと続くことは高校入学以来、ほぼないが、今でも一時的に声が出にくく、上手く話せなくなることはあるそう。

「でも、表情を作ったり、身振りで反応したりすることはできるので、緊張しても最低限のコミュニケーションはとれています。ただ、無意識に相手の顔色を伺ってしまうからか、常に気を遣って言葉を選んでいるような印象を持たれてしまうことがあります」

場面緘黙症は家庭内に問題があると思われることもあるが、そうした説は根拠がないとされている。実際、こんいろえんぴつさんも姉妹で違う接し方をされたり、理不尽に怒られたりしたことはなく、生まれ持った不安になりやすい気質が発症要因のひとつだったのではないかと考えているそう。

「昔から、空気や表情、話し方で目の前の人がどういう気持ちなのかが、なんとなく分かり、呆れられている、興味を持たれていない、気を遣われている、無理に合わせているなどの感情を感じ取ると、うまく言葉が出てこない感覚がありました」

こんいろえんぴつさんは、場面緘黙症の認知度が上がり、配慮がなされる社会を願っている。

「緘黙時代に受け入れてくれた友達が、私のことを変だと言わず、普通に接してくれたことが嬉しかったです。この病気を多くの方に知って欲しいですし、ご家族や学校の先生方、職場の方々に理解してほしい。私の今までの経験も報われる気がします」

古川諭香