葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」北斎館蔵

2024年7月、新たに発行される千円札に北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」のデザインが採用されることは、皆さんご存知でしょうか? 私はすっかりキャッシュレス決済ばかり使うようになりましたが、新千円札は綺麗な状態で1枚保管しておきたいな、なんて考えています。

本展では新紙幣の発行を記念し、北斎の70年に及ぶ画業を回顧します。北斎のさまざまな画法を学ぼうとする探究心や、自身の絵を発展させようとする向上心を学べば、新千円札を手にしたときの感動はもっと大きくなるかもしれません。

見どころ①進化が止まらない70年の画業

葛飾北斎『富嶽百景』より「海上の不二」北斎館蔵

北斎は19歳で人気浮世絵師・勝川春章の弟子となり、翌年には勝川春朗の名で浮世絵界にデビュー。その後、版画、版本、肉筆画など多彩なジャンルに取り組み、90歳で亡くなるまで活動した北斎が残した作品は、生涯で3万点にも上ります。

特に44歳までの時期に幅広い画法を吸収したようです。狩野派や土佐派、唐絵などを学び、二代目俵屋宗理として琳派も継承。さらに西洋絵画にも関心を寄せ、「浮絵一ノ谷合戦坂落之図」のように透視図法(遠近法)を取り入れた作品を残しています。

葛飾北斎「浮絵一ノ谷合戦坂落之図」北斎館蔵

代表作「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」に見られる波の表現も、北斎が独自に研究して深めてきたことがわかります。『鎮⻄八郎為朝外伝 椿説弓張月』では、船や兵を飲み込むほど迫力のある波を描き、『北斎漫画』では「寄浪」と「引浪」の2種類の波の様子を紹介しました。

「神奈川沖浪裏」で波の表現は頂点に達したように思えますが、北斎の進化はまだまだ止まりません。晩年に小布施を訪れて描いた上町祭屋台天井絵「男浪」「女浪」は「怒濤図」とも称され、渦を巻く波に鑑賞者が飲み込まれてしまいそうなほど、ダイナミックな表現が特徴的です。

上町祭屋台天井絵「男浪」北斎館寄託

あらゆる作風を取り入れ、自身の作品を更新し続けた北斎。あらためてその凄さに触れられる展覧会となりそうです。

見どころ②北斎が影響を受けたものとは?

曲亭馬琴作・葛飾北斎画『鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月』より後編巻之三「為朝船を射て忠重を溺らす」北斎館蔵

向上心あふれる北斎は、常に上達を願って絵を描き続けました。一方で、他の絵師の存在や作品、取り巻く環境など、外的な要因にも影響を受けていました。本展では、それらの要因にも焦点が当てられます。

芍薬亭長根編、葛飾北斎・喜多川歌麿画『春の曙』北斎館蔵

たとえば、数例しか現存が確認されていない希少本『春の曙』の絵は、北斎と喜多川歌麿との合作という意味でも貴重な作品です。美人画の名手として知られていた歌麿と、美人画で頭角を現し始めた北斎のコラボが、本作で実現しました。

また、北斎は曲亭馬琴などの作家とも交流し、読本の挿絵にも精力的に取り組みました。時流や環境の影響をも消化し、自らの画業の栄養にしていったのではないかと思います。

見どころ③最晩年の名品「富士越龍」

葛飾北斎「富士越龍」北斎館蔵

北斎の肉筆画のなかでも名品中の名品として知られる「富士越龍」も、本展で観ることができます。

嘉永2年(1849)、90歳のときに描かれた本作には、北斎の生年月日や制作日が記されています。「辰年生まれの北斎が正月の辰の日に描いた作品」で、作品にも強い想いやパワーが込められているように思います。

学芸員によるギャラリートークや波のレジンアートを作るワークショップも開かれ、展覧会を深く楽しむ工夫が満載の本展。新しい千円札のデザインに想いを馳せつつ、訪れてみてはいかがでしょうか。

展覧会情報

新紙幣発行記念 北斎進化論

会場:北斎館
会期:2024年6月15日(土)〜8月18日(日)
休館日:会期中無休
展覧会ウェブサイト:新紙幣発行記念 北斎進化論