週100時間以上働くエリートほど出世しない理由

週100時間以上働くエリートほど出世しない理由

 名門大学を出て大手一流ファームで働くエリートたちは、働く量も半端ではない。中学校から大学院まで、第一志望校に片っ端から落ちてきた筆者は自分のことをエリートなどとは決して思わない。しかし、「この人、学歴からキャリアまでピカピカですごいな」と思えるエリートたちとは、勤め先でご一緒する機会に多く恵まれた。

 そして彼らの多くは、まるでスーツをまとった“奴隷”だった。クライアントと上司の都合に合わせ、早朝なら早朝、夕刻なら夕刻で、長時間のミーティングを仕切る。当日、高額報酬を払ってくれるクライアントの前で迷惑をかけたり恥をかいたりしないよう、事前準備にも相当な時間を使う。

●犠牲を払ってもねぎらわれないエリートの実態

 コンサルや投資銀行、そして外資系法律事務所では、海外オフィスのエキスパートに確認をしないといけない事項が多い。とりあえずメールをするが、重鎮のエキスパートで返信をくれる人は皆無だ。ましてや、クライアントでもない社内の若手社員からくるメールならなおさらだ。

 従って、自分が帰宅した後も深夜まで起きて待ち構え、時差を考慮しても失礼でない時間帯に国際電話でフォローし、論点をつぶしていく。楽しみにしていたデートや飲み会はキャンセルせざるを得ない。もし、参加できたとしても、時計ばかり気にして全く楽しめないまま、頃合いをみて中座する。

 そうしてこなした会議のあとは、会社に戻って作業に取り掛かる。こなしてもこなしても減らない仕事に没頭していくと、だんだん集中力が低下し、自分が空腹であることに気が付く。ふと外を見れば、さっきまで朝日がさしていたはずの大手町のビルが、夕日に照らされている。

 とっくの昔に飽きてしまった料理の出前を秘書に頼み、夕食を自分のデスクで食べる。深夜以降にタクシーで帰宅するが、そのころには疲れと睡眠不足で顔はふやけてボロボロだ。翌朝目を覚ませば、メールボックスは新着メールでてんこ盛りである。布団にくるまりながらそれらをチェックし、今日1日のタスクの優先順位を頭で決め、むっくり起き上がる。また、怒涛(どとう)の1日が始まるのだ。

 こうした努力をしても、プロジェクト終了後、クライアントはファームを代表する自分の上司に感謝し、苦労をねぎらう。自分には直接言葉を掛けてくれない。そして上司は、自分にメールなどで「(プロジェクト完遂)おめでとう!」くらいは言ってくれるが、それ以上のねぎらいはない。それでも人間味のある上司なら、これまで頑張ってきた部下が週末にゆっくりと休み、リフレッシュしたタイミングを見計らってから新規プロジェクトを任せてくる。しかし、エリートファームの大部分の上司たちには、そのデリカシーすらない。

●3000円の弁当を5分で食べる

 筆者自身、大手企業の株式上場やM&Aのアドバイザーをしていた時期があったが、案件が動いているときには週末返上で働いており、1日の平均睡眠時間は3時間弱だった。スマートフォン内蔵の目覚まし時計を「2時間47分」後に鳴るようにセットしていたのは、1分でも長く寝ていたいからだ。また、寝過ごしてしまう場合に備え、別のタイマーを「3時間10分」後に鳴るようセットしていた。歯磨きとシャワーの時間を犠牲にしたら出社に間に合う時間を計算していたのだ。基本、ずっと事務所や客先の会議室に缶詰め状態だった。

 仕事中、空腹になれば3000円くらいの出前を会社経費で頼むが、期限に追われてゆっくり味わう時間などない。届いたら書類とにらめっこしながら(でもタレやしょうゆが書類に飛ばないかドキドキしながら)まるで牛丼をかきこむように5分程度で食べ終える。有名店の出前もあったが、それをおいしいと感じた記憶は、一度もない。

 常に眠気に襲われているのだが、仕事を終えてから床につく前に、早朝まで開いているBARか自宅で強めの酒を30分ほど飲む。酔いたいからではなく、起きたらまた怒涛の1日が始まるからこそ、「精神的なワンクッション」をおいてからその日を終えたいがためだ。

 2011年、ニューヨークを訪れた母が私のありさまをみて、「葬式みたいな顔をした鬱(うつ)の人」などと半分冗談めかして、でも心配そうに言っていたのを今でも思い出す。

●出世するエリートとしないエリートの分かれ道

 今の時代、「エリート」はもはや誉め言葉ではなく、いわゆる「英才教育」に飼いならされている人のことを指すのかもしれない。小学校4年から週3回、夜10時まで塾に行き、中高一貫の進学校に通い、大学や大学院もトップスクールを出る。そして当然のことのように横文字の名門ファームに就職するのだが、その時に知っている「処世術」はたったの1つしかない。「出された宿題は、100点満点を目指して期限内にこなすのは当たり前。さもなくば落第」という、強迫観念に満ちた処世術だ。

 驚いたのは、私が見る限り、そういう「型にはまったエリート」こそがたいして出世できていない事実だ。昇進できず、組織やクライアントに対する愚痴を言いはじめ、それでいて勇気を出して独立や転職もせず、うだうだしている。

 そういう彼らも、「外資系コンサル」や「弁護士」といった職種自体にはある程度のやりがいを感じており、自分の地頭の良さや体得したスキルがあってこそこなせる仕事だという自負も持っている。ただ、完璧主義を貫きすぎて心身が疲弊してしまい、仕事と自分の困憊(こんぱい)状態とをセットにした「日常全般」を、嫌いになってしまっているのである。

 無限に仕事を与えられても、学生時代に長らく自分を支配してきた強迫観念により完璧を目指そうとする。それでも、限界に達した身体と心はだんだん言うことをきかなくなり、「あれ、自分が生きてる目的ってなんだったっけ?」という素朴な疑問を抱くようになる。結果、目的意識を失った疲労困憊のエリートは、可でも不可でもない、「そつない仕事」を期限だけは死守してこなすようになる。

 そして「そつのない」出来栄えだからこそ、社内や業界内で存在感がかすんでしまう。クビにはならないが、昇進にも結び付かない。

●「逃げる人」ほど「勝つ」?

 対照的に、本当にトップに立つ人ほど、ある意味うまく自分の「逃げ道」を用意している。自分がそのキャリアを愛し、うまくやれる自信があるからこそ、「仕事を嫌いになってしまわないような環境」を自らつくっているのだ。

 人生の伴侶との記念日があれば、上司にも譲らず事前に掛け合って時間をつくり、エンジョイする。重要プロジェクトで忙しかろうが家族の有事には必ず立ちあい、親友の結婚式にも駆け付ける。そして、自分が切羽詰まってしまい「何もしたくない」と感じたときには、無邪気なウソをついてでも、自分だけの時間を設ける。

 皮肉な現象だが、エリート社会ではこうして「逃げ方を知っている」人ほど「勝って」いる。降ってくる仕事を何の疑いもなく完遂しようとするのではなく、その仕事を含めた「トータルとしての日常」を長く愛し続けられるよう、自分の環境を積極的にマネジメントしているのだ。公私ともに楽しみな目標を掲げる。そして体調に関しても、疲れてはいても「慢性的な困憊状態」に自分を追い込まないよう、良い意味で自分を律している。結果、頑張るときには頑張りきって最高のパフォーマンスを発揮しているのだ。

 筆者は現在、調査から買収まで、日系企業のアジア展開支援をする「Asia Disruptive」をマレーシア拠点から、社会課題解決型の投資ファンド「ミッション・キャピタル」を東京からそれぞれ展開しているが、社員がどこで何時間何をしながら働いているのかについては一切詮索しない。これまでの人生経験から、社員が最高のモチベーションで仕事をすれば、クライアントが満足すると確信できるからだ。極論をいえば、「自分が最高に頑張れる環境のマネジメント」に資するなら、彼・彼女らがハワイやイタリアに住んでくれても良いと思っている。

●因果関係は「努力」ではなく「成果」

 本コラムでは、「週100時間以上働くエリートが出世しない」と問題提起した。ただし、100時間以上働いたことと、彼らが出世できなかったことに直接の因果関係はない。根底にある因果関係は、「期日内に合格点をもらえる成果物を提出する」ことを自分を押し殺してまで目指すばかりに、最高のパフォーマンスを発揮できるような環境づくりをないがしろにしてしまうところにある。

 人の幸せは、何もキャリア上の出世ばかりではないのは承知の上だ。しかし、ここまで働き方改革に関心が寄せられる今の日本でこそ、画一的・根性論的な「努力」ではなく、個々人の「成果」にフォーカスすることの是非を国民的に議論できれば良いと思う。オンとオフをトータルで愛せないまま、全身全霊で「オン」のみを頑張り続けられる人はいない。

金武偉(キム ムイ)


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