「好きな日に働き、嫌いな仕事はやらなくていい」――“自由すぎるエビ工場”が破綻しない理由

「好きな日に働き、嫌いな仕事はやらなくていい」――“自由すぎるエビ工場”が破綻しない理由

●いつ出勤するのも「自由」で、パート従業員の働きやすさを追求する

 大阪のパプアニューギニア海産は、南太平洋のパプアニューギニアから輸入した天然エビを、工場でむきエビやエビフライなどに加工して販売する会社です。

 2016年の夏、工場長の武藤北斗さんによる朝日新聞への投書が話題になりました。「『好き』を尊重して働きやすく」と題したその文章には、工場のパート従業員が「好きな日に連絡なしで出勤・欠勤できる」「嫌いな作業はやらなくてよい」という制度を導入し、働きやすい職場づくりに取り組んでいること、その結果、効率も品質も向上していることがつづられています。

 はじめはインターネット上で話題になり、その結果、同社の工場のユニークな取り組みがテレビにも何度も取り上げられ、武藤さんは『生きる職場 小さなエビ工場の人を縛らない働き方』(2017年 イースト・プレス)という本も著しました。

 「好きな日に連絡なしで出勤・欠勤できる」「嫌いな作業はやらなくてよい」と言われても、たいていの方は「え? どういうこと?」という反応をされるでしょう。この2つの取り組みは、それくらい、私たちが仕事をする上で当たり前だと思っていることと懸け離れています。

●事前連絡なしに好きな日に出勤できる「フリースケジュール」制

 パート従業員というのは、「パートタイムで働く従業員」のことですから、働く曜日や時間について、雇う側と雇われる側であらかじめ合意しているのが通常でしょう。人手不足に悩む飲食店などでは、パートやアルバイトの希望と店の必要人員とを照らし合わせて、誰がいつ働くかを決める、いわゆる“シフト調整”に大変苦労しているという話をよく聞きます。

 ところが、パプアニューギニア海産の工場では、誰がいつ働くかをあらかじめ決めることをしません。彼らは、それを「フリースケジュール」と呼んでいますが、つまり、その日になってみないと誰が来るかは分からないということです。パート従業員が一人も出勤しない可能性もあります。

 最近では、出勤する日だけではなく、出退勤時間も、いつ休憩を取るかも自由になりました。もちろん、工場を操業している時間内(月曜から金曜の8時30分〜17時)で、という制限はありますが、極端な話、毎日フルタイムで働いても、月に1回数時間だけ働いても構わないのです。

 この制度を導入するに当たり、武藤さんは、「出勤、欠勤の事前連絡は禁止です」と“口をすっぱくして”伝えたそうです。それは、そもそもこの制度がパート従業員の多くを占める「働くお母さん」たちにとって働きやすい職場に、という意図をもって導入されたものだからです。

 子どもが熱を出したり学校の用事があったりで急に休まなければいけないことが多々ある彼女たちにとって、いちいち欠勤の連絡をいれなければいけないことは大きなストレスになるだろう、いつでも気兼ねなく休めるにはどうしたらよいか、と考えた結果としての「フリースケジュール」なのです。

 好きに休める制度があっても、気を遣って事前に連絡をするようになっては、ストレスはなくなりません。だから、出勤や欠勤に関する事前連絡を「しなくてよい」ではなく、「してはいけない」ということで徹底しているのです。

●嫌いな作業はやらなくていい

 同工場では、2カ月に1度ほど、全パート従業員を対象に各作業の好き嫌いを問うアンケートを行い、「嫌い」と答えた作業は、以降やらないでいいというルールがあります。

 工場で行われる作業は、エビの殻をむく、背ワタを抜く、パン粉を付けるといった原料を扱うものから、工場の掃除まで、30項目以上に及びます。アンケートでは、各作業に対する「◎(特に好き)」「◯(好き)」「×(嫌い)」「無印(どちらでもない)」という気持ちを確認し、結果を一覧表にして全員に共有しています。

 なお、各作業に特別高度な技術を要するものはなく、パートとして入って1〜2週間やれば覚えられるものだそう。「できる・できない」や「得意・苦手」ではなく、一応全部できるという前提の上で、「好き・嫌い」という「気持ち」を表明するという点がポイントです。

 「フリースケジュール」と同様、これも「どうしたら気持ちよく働いてもらえるか」を考えて導入されたルールで、嫌いな作業をやらなければいけないというストレスから解放され、好きなことに集中してほしい、という意図があります。このルールが最大限効果を発揮するためには、「嫌いでも、やらなければ申し訳ない」といった遠慮や気遣いが起きないようにする必要があります。そのため、嫌いな作業を「やらなくてもよい」ではなく「やってはいけない」という原則を徹底しているのだそうです。

●自由を認めて仕事が回るのはなぜ?

 「フリースケジュール」や「嫌いな作業をやらない」ということについて、多くの方は、「それができれば働く人はうれしいかもしれないが、管理する側が大変そうだ」という感想を抱くのではないでしょうか? 同工場ではそれをどうやって成り立たせているのか――。もう少し詳しく見てみましょう。

いつ誰が出勤するか分からなくても困らない理由

 武藤さんも、「フリースケジュールにして、誰も出勤しなかったら困るのでは?」といった質問をよく受けるそうです。しかし、実際には「誰も来ない」ということは過去に1度しかなく、その場合でも「困る」わけではなかったようです。

 パート従業員が一人も出勤しなかった日は、武藤さんともう一人の社員で配送のための梱包や事務作業に専念しました。つまり、新たに商品を作ることはしなかったのです。

 この日に限らず、日々どれだけの商品が生産できるかは、出勤するパート従業員の人数に左右されます。同社で扱うエビは、海で漁獲されてすぐに船の上で凍結されたもので、工場でそれを解凍してから加工します。この解凍する量を、武藤さんを含む二人の社員が、パート従業員の出勤人数などを確認しながら調節しているので、出勤人数の増減に対応できるのです。

 パプアニューギニア海産の工場で「フリースケジュール」を実現できるのは、「日別の生産量を計画し、計画通りに作業する」ということをしていないのが大きいでしょう。

 ただ、週単位や月単位にならしてみれば、だいたいの生産量のメドは立つようです。というのも、パートという働き方は、働いた時間に対して給料が払われるので、休みっぱなしでは収入を得ることができません。個々に「これくらいは稼ぎたい」という目安があるため、都合が悪くて休む日があれば、代わりにほかの日に出勤するなどし、全体でみれば労働量が極端に増減することがないのです。よって、「フリースケジュール」導入後に、商品の欠品を起こしたことも一度もないのだそうです。

 とはいえ、季節によって需要が増減するなど、会社としては生産量をコントロールしたいときもあるでしょう。武藤さんは、「『この時期は多めに出てもらえるとうれしい』とか、逆に『いまはたくさん休んでもらって大丈夫』とか、そういうことは伝えています」と言います。「どうしても来てほしい」と頼んだりしてプレッシャーになるようなことは避けているけれども、パート従業員の皆さんはできる範囲で協力してくれるそうです。

●多様性を認めると、自然にカバーし合える職場に

 「出勤人数ゼロ」が数年に1度しかないというのは、働く人たちに多様性があるからです。

 パート従業員は近隣に住む人が多いので、例えば小学校の行事などはだいたい同じ時期にあり、そのときは休む人が多くなるという傾向はあるようです。それでも、全員に小学生の子どもがいるわけではないので、出勤する人がゼロになるほどの影響はありません。

 また、台風や連休の合間の平日など、多くの人が「今日は仕事に行きたくないな」と感じるような日でも、来る人はいるそうです。たった十数人のメンバーでも、どう働きたいかは一様ではないのです。

 「嫌いな作業をやらない」ルールも、やはり多様性によって成り立っています。

 このルールのきっかけとなったエピソードが面白いのですが、あるとき武藤さんとパート従業員の方が面談をしているときに、武藤さんが「(エビの加工作業の後片付づけで)ボールを洗うのが嫌い」という話をしたところ、相手の方は「工場での仕事の最後に道具を洗うのは、いい気分転換になるから好きだ」と言ったそうです。

 武藤さんはそれまで、自分が嫌いな作業は他の人も嫌いだと信じて、その嫌いな作業をどう分担するか、かなり気をもんでいました。でも、実はその気遣いが全く不要な人もいた――そのことに驚いて、工場での各作業の好き嫌いを聞くアンケートを実施してみたのでした。

 アンケートの結果、分かったのは、「人間の好みは多様で、嫌いな作業は重ならない」ということでした。それならば、各自が嫌いなことはそれを嫌いでない人に任せ、好きな作業に専念した方がお互いにうれしいじゃないか、ということで「嫌いな作業をやらない」ルールができたのです。

 「みんなが平等に作業を分担する」というと、一見正しいように思えるのですが、それが本当にベストなやり方なのかどうか疑問を持ってみることで、もっと良い方法が見つかる可能性がある、そんなことに気付かされる話です。

●気持ちよく働ける職場を追求した結果、得られたもの

 パプアニューギニア海産では、最初から「フリースケジュール」や「嫌いな作業をやらない」といった制度があったわけではありません。それ以前は、パート従業員ごとに出勤曜日が決まっており、欠勤や遅刻早退の際には全て書類の提出が義務付けられていました。これは、工場のパート従業員の管理方法としては、特別厳しいわけではないでしょう。

 しかしその当時は、入社して数週間で辞めていく人が少なくなく、その穴を埋める人の採用にも苦労していたといいます。

 「フリースケジュール」になってからはほとんど人が辞めなくなり、また、会社のWebサイトで求人情報を出せばたくさん応募が集まるようになりました。

 これはやはり、「自分の都合に合わせて働ける」「欠勤や遅刻などを会社に報告、相談するストレスがない」ということが働く人にとって魅力的だからでしょう。

 結果として、会社には、採用や教育のためのコストが低減するというメリットが生じています。また、過去には欠勤や遅刻があればいちいち目くじらを立てていたけれど、いまはそんなことは気にしようがないので、武藤さんとしても気持ちがラクになったといいます。

 会社にとってのメリットはこれだけではありません。仕事の効率や商品の品質向上にもつながっているのです。これは一つには、辞めずに長く働いている人が増えていることで、個々人の熟練度や働く人同士の連携が向上したということがあるでしょう。そして、それ以上に働く人たちの“気持ちの変化”が大きいのだと思います。

 いま、経営や人事の領域では「従業員エンゲージメントが大事だ」といわれています。従業員エンゲージメントとは、従業員の企業への愛着や、自身の力を発揮して貢献しようという気持ちのことで、エンゲージメントが高い人が集まる組織の方がうまくいくと考えられるからです。

 パプアニューギニア海産の取り組みは、まさにこの従業員エンゲージメントを押し上げる結果につながっているようです。働く人たちが「いまの働きやすい状態を維持し、さらに良くしていきたい」という思いを持っているから、真面目に、協力し合って良い商品を作ることにまい進できているのです。パート従業員から武藤さんへ「もっとこうしたら、作業がやりやすくなる」といった意見や提案も出やすくなったといいます。

●従業員エンゲージメントを高める秘訣

 しかし、このエンゲージメントの高さは、一朝一夕に実現したものではなく、武藤さんの大胆かつ繊細な試行錯誤の結果です。「フリースケジュール」や「嫌いな作業をやらない」といった常識破りな制度やルールを大胆に取り入れつつ、一方では工場で働く人たちの感情や気持ちについて、「気にしすぎでは?」と感じるくらい繊細に気遣っているのです。

 「事前の出退勤連絡は“禁止”」というのも、「嫌いな作業を“やってはいけない”」というのも、その気遣いの現れです。

 いくら制度として「いつ来るかは自由です」「嫌いなことはやらなくていいです」と言っても、「本当は予定を伝えた方が助かるのでは?」とか、「嫌いなことを全くやらないというのも、申し訳ない」とか、人は明文化されたメッセージの裏に何か別のものがあるのではないかと、余計な心配をしてしまうものです。そして、実際に事前に予定を伝えたり嫌いな作業も率先してやるような人が現れたりすると、まわりの人は「やっぱりそうした方がいいんだ……」と考え、制度やルールは形骸化していきます。

 武藤さんは、そうなってしまうのを、余計なことをする個人のせいだとは考えず、「人間の心とはそういうもの」だから仕方がないと考えているようです。だからこそ、余計な心配をせずに安心して働いてもらえる方法を、日々追求できているのでしょう。

 もう一つ、武藤さんの考え方が色濃く現れているのが、パート従業員の給料は全員一律という点です。

 世間には、パートやアルバイトの中でも勤続年数やスキルによって時給に差をつけたり、パート長や新人の教育担当といった役割を当ててその分の手当をつけたりすることで、働く人のモチベーションを上げようという会社が多くあります。

 それは確かにやる気を喚起する一つの方法ではありますが、武藤さんは、競争意識や役割に対するプレッシャー、不公平感などが働く人のストレスを高めるというマイナスの面に注目し、その方法は取らないと決めているのです。

●働く人のために、という強い思いが前例のない挑戦を可能にした

 「フリースケジュール」を始める前、武藤さんは「パートさんたちが誰一人会社のことを好きではない」と感じたそうです。また、パート従業員同士の人間関係も悪く、安心して前向きに仕事に取り組める職場とは程遠かったといいます。

 パート従業員の中に派閥ができ、パート従業員同士で罵りあったり、社員のことも信頼していなかったり……ということはパート従業員の多い職場ではよくあることかもしれません。しかし、武藤さんはそれを「よくあること」といって済ませませんでした。

 武藤さんが工場の状態を変えたいと決意した背景には、東日本大震災での経験があります。パプアニューギニア海産の工場は、もともと宮城県石巻にあり、震災で全壊したのです。東北で再建したいという葛藤がありながらも、縁のあった大阪への移転を決め、石巻で勤めてくれていたパート従業員たちに解雇を伝えたとき、武藤さんは彼らとの関係を「最後まで親しく話ができなかった」と、非常に後悔したそうです。

 大阪で工場が稼働してからしばらくは、工場の運営を他の社員に任せ、武藤さんは営業や事務の仕事にかかりきりでした。しかし移転して2年後、工場長だった社員が退職し、武藤さんが工場長も兼務することになったとき、先に触れた、誰も会社のことを好きではなく、パート従業員同士の人間関係も良くないという状態に気付いたのでした。

 石巻で良い関係をつくれなかったことを後悔したのに、大阪に来てからも従業員との関係づくりをしてこなかったことを反省した武藤さんは、そこからどんどん動き出します。働く人たちが好きになれる会社にしたいという思いから、まず始めたのが、パート従業員の働きやすさを向上する「フリースケジュール」だったのです。

 ここから分かるのは、パプアニューギニア海産のユニークな取り組みの起点には、働く人が「この会社を好きだ」と思って働ける職場を実現したい、という思いがあり、会社が享受している多くのメリットはそれを追求した結果としてついてきたものだということです。その思いが中心にあるからこそ、他に前例がない挑戦に果敢に取り組み、試行錯誤を続けてこられたのでしょう。

 時間や作業内容といった物理的な自由度高めることはもちろん、ストレスや不安などを取り除くことで心も解放することが、職場の雰囲気や仕事の成果に大きな影響を与えるということを示す、貴重な事例です。

【本記事は、やつづかえり氏の著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)から抜粋、再編集したものです】


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