ヴィッツ改めヤリスが登場すると、世界が変わるかもしれない話

ヴィッツ改めヤリスが登場すると、世界が変わるかもしれない話

 お台場MEGA WEB(メガウェブ)の発表会場で、ヴィッツの後継となるヤリスのベールが明かされるのを見ながら、筆者はついにこの日がやってきたことを極めて感慨深く受け止めた。実は風邪の発熱で少々意識朦朧(もうろう)としていたせいもあって、話の受け止め方が若干センチメンタルになっているのかもしれない。まあこの記事を書いている今も引き続きすこぶる調子が悪い。熱のせいにすれば少し論調が暴走しても許されるかとプラスに考えることにする。

●TNGAの始まり

 2015年4月にトヨタは突然TNGA戦略のリリースを発表した。たぶんこれにいち早く注目したのは筆者くらいだと思う。というより、あの漠然としたリリースの内容で記事を書こうと思う方がおかしい。今になって振り返ると「モジュール化」ではなく、バリエーション展開を織り込んだ設計だったのだが、それでもあれをトヨタの大転換期の始まりと推測した当時の自分を褒めてやろうとは思う。

 筆者はこの15年のTNGA発表まで、トヨタのクルマをほとんど信用していなかった。多分それは、クルマ作りの中で生じる各要素のプライオリティの付け方に深い溝を感じていたからだ。例えば乗り心地とハンドリング、ドライバーの着座姿勢と後席空間の広さ。そういう対立的要素の序列の付け方に極めて納得がいかなかったからだ。「そっちを優先するヤツとは友達になれないな」。そう思っていた。

 11月になると、ようやくTNGAの具体的説明が始まる。以来4年間、筆者はトヨタのTNGA改革に対して終始疑り深い目で追いつつ、実際に出てきたクルマを一台ずつ検証してきた。その過程でトヨタはちゃんと結果を出してきた。

 筆者はTNGA以前から、トヨタの技術そのものが低かったとは全く思っていない。ただクルマを作っていく過程において、何を大事にすべきかというリファレンスがいつもズレていたと思っている。しかし、これまでプリウスでデビューしたGA-Cプラットフォーム、カムリでデビューしたGA-Kプラットフォーム、クラウンでデビューしたGA-Lプラットフォームと見てきて、そのズレを感じることがなくなった。もちろんデビュー時には細かい瑕疵(かし)があることはあるのだが、かつてのようにクルマ観そのものの断絶を感じることはもはやないし、問題点も随時改善が進んでいる。

 トヨタの歴史において、直近の4年間は、もっとも急速にクルマが良くなった時代といえるだろうし、より具体的にいえばTNGA以前と以後ではもう別の会社の製品だと思えるくらいに違う。いまやTNGA世代でないトヨタ車を買うのは止めるべきというのが筆者の偽らざる感想だ。

●日本車の革命

 そしてそのTNGAの最後のひと駒がGA-Bプラットフォームだ。今回、ヴィッツの後継車となるヤリスに導入される。ヤリスが位置するBセグメントは、極めて重要な商品群である。単純にポピュラーというだけでなく、営業車やレンタカーなどのニーズも含めて、多くのビジネスユースに用いられる。旧来のヴィッツのひどいペダルオフセットや、シートの不出来などが嫌でたまらなかったとしても、会社にあてがわれたが最後それに我慢して乗るしかなかった。つまりBセグメントのレベルアップは日本の労働環境の改善にすらつながる大きな問題だ。

 先日発売されたカローラ(セダン)とカローラツーリング(ワゴン)は、相当に素晴らしい出来だった。荒れた路面で、タイヤが発生するノイズを床板の共振が拡大してしまってノイズが大きいという欠点のみは指摘せざるをえないが、それを除けば、世界の新たなスタンダードとなる出来であり、おそらくは世界の自動車メーカーに大きな影響を与えるだろう。

 「トヨタのクルマが曲がりたがる」「わくわくする」。それはかつての「萌え」ないトヨタから考えると驚きである。曲がって楽しいトヨタ。そしてちゃんと真っ直ぐ走るトヨタ。この真っ直ぐ走るの方はカローラ・スポーツ(ハッチバック)のデビュー時にはまだ完成していなかったが、1年遅れで改善が成された。

 そういう完成度を持ちながら、筆者が山道を含む約700キロを走破した平均燃費は23.5キロ/リッターだった。ただし筆者の運転は極めておとなしいので、誰でもこの数字が出るとは思えないことは記しておく。

 トヨタが良くなれば世界のクルマが良くなる。トヨタが変わることはスタンダードが更新されることだ。だからトヨタは範となるクルマを作らねばならない。そういう中で満を持してのBセグメント投入なのだ。

 もちろん最終的には乗ってみないと分からない。ただ流石にここまで来ると、全くダメだったということは起きないと思う。まさに信頼とは実績が作るものだ。

●マツダからトヨタに伝播した「良いクルマづくり」

 これは個人的な捉え方だが、日本のメーカーの中で最初に「良いクルマづくり」を目指そうという明確なプロジェクトを立ち上げたのはマツダだと思う。

 トヨタはそれに大いに刺激を受けて発憤した。すでに何度か書いているが、ひとつの事件を書き記しておこう。マツダが先代のアクセラを発売した時、日本は空前のHV(ハイブリッド)ブームだった。車名別売り上げのランキングに並ぶのはHVばかり、だからマツダの営業は「HVがないと死んでしまう」とトップに泣きついた。

 「死ぬ」とまで言われては仕方ない。しかし、マツダは慢性的に人とお金がない。今からHVを自社開発しても元が取れるとは思えないから、マツダの幹部はトヨタを訪ね、HVシステムの供給を打診したのだ。

 そのクルマは後にアクセラ・ハイブリッドとして完成する。クルマが出来上がったところで、マツダのエンジニアたちはトヨタのエンジニアを招いて、完成お披露目の試乗の機会を設けた。試乗したトヨタのエンジニア達はその出来に驚き、テストコースの片隅で緊急会議が始まったという。

 「やばいよこれ。来週の役員試乗会で絶対に上にバレる」。何が違ったのかといえば回生ブレーキと物理ブレーキの協調領域だ。実はそこの味付けにどうしても違和感を持ったマツダのエンジニアがばねを1本作り替えた。実はこのマツダのエンジニアは入社直後からブレーキの基礎研究に配属され、半ば不遇を呪いながらひたすらブレーキに取り組んでいるうちに、ブレーキの第一人者のひとりになってしまった人である。「なんでとりあえず機能しているばねを捨てて、わざわざ新しく作り替えられるのかといわれても、そのくらいのコストで良くなるならやらないわけにはいかんでしょう?」

 たったそれだけの話だが、フィールが大きく変わった。トヨタにしてみればHVの周辺技術で弱小マツダに逆ねじをくらわせられるなどとは思ってもいなかったのだが、現実にぶつかって進退窮まった。しかしそこは流石トヨタである。エンジニア達は帰社後すぐに社長に報告を上げた。「トヨタのHVシステムを搭載したマツダのHVの出来が、トヨタより良い」。ここがトヨタの優れたところで、「格下だから認めない」みたいなことはしない。優れているとみるや誰にでも頭を下げて教えを請う。

 そして豊田章男社長自らがアクセラ・ハイブリッドの試乗に向かうのだ。マツダもそれに徹底して応えた。マツダのクルマの動きを決める特殊任務を受け持つ虫谷泰典氏による、徹底解説の場を用意したのだ。ここで隠し立て無しで全ての情報を開示して構わないと男気を見せたのは現副社長の藤原清志氏だ。

 豊田社長はマツダの考え方の多くに共感し、トヨタの「もっといいクルマ」作りに必要だと判断して、帰社してすぐ寺師茂樹副社長にマツダとの提携をまとめるよう指示を出した。

 こうしてそれはやがてトヨタアライアンスという大きな流れにつながっていくのだ。

 マツダが始めた「日本車のレベルアップ運動」はトヨタに伝播(でんぱ)し、いまトヨタを経由して世界のクルマに多大な影響を与えようとしている。

●混乱の時代に

 ヤリスは環状構造の強化などにより、ねじり剛性を旧型比で30%向上させた。また高張力鋼板やホットスタンプ材の導入などによって、類似装備のモデルで50キロの軽量化を達成した。おそらくはダイハツの良品廉価の思想も大幅に導入され、コンパクトカーのコスト構造を大きく変えてくるに違いない。実際に価格が発表されるまでは安くなるかどうかは分からないが、それでもコストパフォーマンスが向上するのは間違いないだろう。

 ヤリスの登場は日本車黄金時代の再来となるかもしれない。実はグローバルマーケットが相当におかしなことになっている。その中心となるのは、米中経済戦争と欧州経済の破綻だ。本題ではないのでさらりとしか書かないが、米国は中国が力によって現状を変更することを徹底して認めないスタンスを取り始めた。内政干渉という批判には耳を貸す気がない。香港や台湾であってもそのスタンスは変わらないし、ウイグルにまでその原則は敷衍(ふえん)されるだろう。

 中国は今までのような親方共産党の経済戦略が通用しなくなった。その顕著な例はファーウェイだろう。そして米国内でこれを推進しているのは、行政ではなく議会だ。つまり行政の長である大統領ではなく、議会が超党派で中国と戦おうとしている。

 一方でドイツ銀行は巨大債務を抱えて、いずれ爆発するしかなくなっている。これが破綻すればEUの足下が大いに揺らぐ。そして欧中の蜜月時代は、両サイドから火の手が上がることになる。

 日本がこれらの影響を受けないなどという都合の良い話をするつもりはないが、どちらも爆心地ではない。インドとASEANを押さえる力は今日本が最も強い。既存経済圏に波乱が起きる時、日本は高い製品力をタイミング良くそろえ、燃えないエリアを市場として持っている。生やさしい道だとは思わないが、フォルクスワーゲンを待ち受けている運命と比較すれば、極めて明るい未来に思える。

(池田直渡)


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