自分でも、何回書いたかよく分からないMAZDA3とSKYACTIV-Xのコンビである。主な記事を振り返ってみるとこんな感じだ。

・2017年にSKYACTIV-Xの技術説明会についての記事

・同年にドイツで行われたMZADA3+SKYACTIV-Xの開発途上プロトタイプ試乗会

・北米/欧州仕様のカリフォルニア試乗

・SKYACTIV-Xの世界デビュー試乗会はドイツ

・国内仕様の初試乗では先行発売したディーゼルとガソリンをクローズドコースで

 ということで、SKYACTIV-X(以後冗長なのでXと略す)とMAZDA3のことはすでに書き尽くした感もあるのだが、国内仕様の試乗会に行ってみたら思わぬ伏兵が待っていた。今回の試乗会の主役はXだったはずなのに、いきなり予定調和が崩れる。SKYACTIV-G 1.5を積んだクルマが素晴らしかったからだ。箱根で行われた試乗会では、乗る人乗る人に「1.5良いねぇ」と言われまくったマツダの人達は、極めて複雑な表情だった。

●一番上のエンジンと一番下のエンジン

 「なんで今更SKYACTIV-G 1.5なの? もうとっくに納車されて毎日乗ってるけど?」という読者もいるだろう。実は国内クローズドコースで行われた試乗会の時、1.5が用意されておらず、広報車配備の予定もないというマツダの説明に、ジャーナリストの一部からもの言いがついた。「売ってるクルマのユニットは全部用意すべきじゃないですか?」。いやそれはもっともなのだけれど、申し訳ないことにその時点では筆者はそれほど関心を持っていなかった。

 気持ちがすっかりSKYACTIV-Xに行ってたからだ。そういうところは、機械好きの良くない点だとちょっと反省している。そもそもXの欧州仕様にはすでに乗っているではないか。ただ、まさか1.5Gがあんなに良いとは思っていなかったのだ。

 いや主役のXだって、決して悪くないというか、むしろ素晴らしかった。1.5の話はちょっともったい付けて先にXの話をしよう。そもそもこのエンジンは、世界の自動車エンジニアが競い合って開発を続けてきた夢の予混合圧縮着火(HCCI:Homogeneous-Charge Compression Ignition)エンジンだ。マツダはその圧縮の制御因子として点火プラグを使い、HCCIの変形種である火花点火制御圧縮着火(SPCCI)という方式を編み出し、世界で始めて実用化した。

 理屈の話を始めるととんでもなく長くなるから、過去記事を読んでもらうとして、まずはエンジンフィール・チェックの前提条件を考えることから始めよう。

 仕組みからいって、どうやっても走行中に燃焼の切り替えが必要だ。つまり普通に火花から延焼させて混合気を燃やすスパーク・イグニッション(SI)領域と、火花が作った火球によって圧縮された周辺の混合気が圧縮着火に入るSPCCI領域の2つのケースでは、根本的な燃焼理論が切り替わる。それが運転中のクルマの、いやエンジンの、もっといえば燃焼室で連続的に起きるのだ。

 新発明であるこの方式の動作の切り替わりを、スムーズにつなぐノウハウなんてこの世にあるはずも無いので、それを徹底して考え、実験し、問題を解決していかなければならなかった。そういうエンジンの世界第1号が今回MAZDA3に搭載されたわけだ。そういうものが、100年間技術を積み重ねてきた普通のエンジン同様に扱えること自体が奇跡である。にもかかわらず、その出来は非常に良かったのだ。

●「凛と艶」のエンジン

 まずはクルマを発進させる。マイルドハイブリッドでモーターを備えているせいもあって、低速からしっかり仕事をするパワートレインだ。中速域もトルキーで、レスポンスも良い。それもアクセルをワイドオープンした時だけでなく、筆者が一番気にする微細なスロットルワークに対するレスポンスの付きも異様に骨太だ。頼もしい。

 踏み込めば高回転までグイグイと回り、レッドゾーンまで引っ張る気持ちよさもキチンと実現されている。しかしXの本質は、ゆとりのある大人のエンジンである。一言でいえば「異常なまでに自然」。ハイテンションな空騒ぎが似合わないジェントルなユニットに仕上がっていた。マツダは魂動デザインの本質を「凛(りん)と艶(えん)」だと言うが、このユニットはまさに「凛と艶」という言葉が似合う。

 自動車の酸いも甘いもかみ分けた人が到達する理想が、そこに投影されているのがよく分かる。この絵図を書いた人の見識の高さに敬服するし、筆者も多分言論としてはそれこそが到達点だと思う。何というか、鮒(ふな)に始まって鮒に終わる。「エンジンというものは詰まるところ、人間の感覚に素直な過渡特性が命である」そういう達観があり、同時に未来感が詰め込まれたちょっと例を見ない製品だと思う。

●人を「バカ」にするクルマ

 思うのだが、次のクルマに乗って「お前の達観は本物か?」といきなり刃を向けられた。いうまでもなく1.5のガソリンユニットだ。111馬力/6000回転、14.9kgfm/3500回転というスペックは、今の時代正直しょぼい。ところが軽い。ややこしいのだが、軽いというのは実はあまり物理的な話ではなかったりする。ユニット別の最軽量グレードを選んで車両重量を比べてみると、1340キロ(1.5G)、1360キロ(2.0G)、1410キロ(1.8D)、1400キロ(X)という具合で、実はそれほどの差があるわけではない。にも関わらず1.5のドライブ感が圧倒的に軽い。

 Xが、太いグルーブ感のあるソウルミュージックだとすれば、1.5Gはカーペンターズのように軽やかで明るく楽しい。しかもすっきりしていて、何ともいえない開放感を備えている。しかつめらしく、あれこれチェックするのを忘れて、すっかりドライブを楽しんでしまった。口にこそ出さなかったが心中では「うひょーい」状態。このクルマは人を「バカ」にする。

 いやいやそんなことばかり言っていないで、インプレッションもしなくてはならない。まずエンジンだ。低速トルクはXと比べれば凡庸なのだが、不足は感じない。そこから回転を上げていく過程でのサウンドがいかにも「らしい」感じで気持ちを盛り上げてくれる。もちろん現代の水準でいえば速くはない。けれども運転を楽しむのに必要な加速力は十分に備えている。

 上り勾配ではトルクを補うためにATがギヤを落とすので、回転は結構盛大に上がるし、それをノイジーだと思う人にはノイジーだろうが、ドライバーにとっては気持ち良い。ちなみにXは、そもそもトルクが太く、あまり極端なシフトダウンを行わずに走れる上、エンジンがカプセル構造になっていて遮音のレベルが違うので、はるかに静かである。

 話を戻そう。速度を乗せたところから減速にかけては市販車随一のブレーキフィールを味わえる。スムーズな切り込み感と信頼感を併せ持つステアリングを穏やかに切り込むと、軽い鼻が精密にするりと動いて、軽快なフットワークでコーナーをこなしていく。

 昨今なかなか味わうことのない新鮮な感覚だが、既視感もある。これは昔のホットハッチだ。80年代後半のCセグメント、例えばファミリアのB6型1600cc DOHCはグロスで130馬力程度。グロスの130馬力は今の馬力では110馬力くらい。1.5Gの111馬力とまさにドンピシャだ。当時のCセグハッチのエンジンは1.3と1.5が標準で、時代と共に追加されたスポーツグレードは1.6DOHCと相場が決まっていたのだ。ホンダのシビックSiでもトヨタのカローラFXでも同じだが、その1.6 DOHCを思い出させる。

 まあ当時の車両重量は当たり前に1トンを切っていたので、一概に同じとはいえないが、言い訳がましく書けば、燃焼制御の向上によって全域でトルクが出ている上に、シャシーとアシの仕立てが段違いなので重量差はチャラ。そういう時代を思い出させるとても楽しい乗り物だ。

 もちろん欠点もある。キツい上りでの加速力は今の水準では厳しいし、クルコン(クルーズコントロール)で走っている時も、加速時にエンジンがうなってしまう。Xならそういうことは無い。

 マツダはMAZDA3のハッチバックをファストバックと呼ぶ。X搭載車に関してはその気持ちがよく分かる。その昔はCセグに2リッターの役物エンジンなんてあり得なかったし、斜め後方視界や、ラゲージを犠牲にしてボディ剛性やスタイルを優先させたキャラクターという意味では、これはセリカやシルビアのいたリーグのクルマだ。上質感と重厚感を備えたラグジュアリークーペだと考えると、値段的にも辻褄が合う。

 昔のようにクルマが売れない今の時代に、MAZADA3は、2リッター級のクーペと1.6リッター級のハッチバックが統合されているとも考えられるのではないか? だから、もし欲しいのがホットハッチだとするならば、X搭載グレードは高いし、乗り味から言っても1.5Gの方がずっと「らしい」クルマになっている。

 ということで、1.5を購入した人には「おめでとうございます」だ。Xについてはずいぶんいろんな人と議論した。価格差分のユーザーベネフィットがあるのか? 確かにそれには反論し難い。馬力差や燃費差でカバーしようとする限り、それは難しいかもしれない。ただ、その論でいけば、カーシェアに対して自分でクルマを所有するベネフィットは? という話になるだろう。軽自動車で十分という論も説得力がある。

 けれど、クルマを持つことを全部コスパで見る話はやっぱり腑(ふ)に落ちない。結局のところ欲しいから買うのだ。世界初のハイテクエンジンを買って持って満足するという価値は、多分金銭評価できない。それに価値を感じる人に対しては、見合うだけの満足を与えてくれるエンジンだと思う。もちろんマツダは継続的な努力によって、そういうパトロンシップでクルマが選ばれるのではなく、ベネフィットで納得がいくように熟成させていかなくてはならないだろう。

(池田直渡)