「記者の人って、ネタをたくさん持っているんですよね」――。このような質問を受けることが多いが、しかしである。ネタが泉のようにあふれることはなく、いつも「何か面白い話はないかなあ」と困っていることのほうが多い。

 いつものように「ネタはないかなあ」と探していたら、2019年2月に発表されたリリースに目が止まったのである。そのリリースを見ると「店内などに設置されている録画カメラ(セーフィー社製)の映像を見て、オペレーションを分析……」といったことが書かれている。これまで人間の感覚で行ってきた作業・手順などを科学的な視点によって分析することで、生産性をアップさせるというのだ。

 ほほー、気になるではないか。リリースされてから1年半以上が経過しているので、事例が蓄積されているかもしれない。サービスを提供しているのは「トリノ・ガーデン」(東京都港区)。早速、先方の担当者に連絡したところ「居酒屋でお酒を飲んでいる人の肘の角度をチェックしたところ、売り上げがアップした」という。一体、どういうことか。生ビールを飲むのは大好きなものの、小指は立てないITmedia ビジネスオンライン編集部の土肥義則が、同社の中谷一郎社長に話を聞いた。

●意識していなかったことを数値化

土肥: トリノ・ガーデンは店内などにカメラを設置し、その映像を見て、人の行動などを分析しているそうで。一般的に店内のことを分析する際、2つのパターンがあると思うんですよね。1つは、自社で行う。ベテランのスタッフが店内を見て、「うーん、ここはよいけれど、ここはよくないなあ。そんでもって、ここは……」といった形で、あれこれ指摘する。

 もう1つは、コンサル会社が行う。店内を見て回って、「同業他社と比べると、御社の強みは……」といった具合に、いろいろ改善点を指示する。この2つのパターンと違って、トリノ・ガーデンはどのようなことを行っているのでしょうか?

中谷: サッカーや野球など、試合終了後に、選手のパフォーマンスが数値化されていますよね。サッカーであれば、「この選手は、試合中に〇キロ走った」といった感じで報じられることがありますが、この仕組みを店舗や施設にも導入しました。店内にクラウドカメラを設置し、その映像を見て、お客さんのストレスを分析しているだけでなく、スタッフの負荷や料理の品質なども数値化しています。

 話はちょっと変わりますが、健康診断を受けて「あなたの尿酸値は『8mg/dL』です」と言われても、よく分からないのですよね。以前から、尿酸値が高い人であれば「うわ〜、基準値を超えてしまったよ。ヤバいなあ」と感じることができるわけですが、そうでない人は「それって高いの? 低いの?」と思うはず。ちなみに男性の場合、一般的に「3.0〜6.9mg/dL)が正常値と言われています。

 では、「御社のスタッフは『1時間に1800歩』歩いています」と言われて、どのように感じるでしょうか。尿酸値のときと同じように基準を知らなければ、よく分からないですよね。ただ、「1700歩を超えると、入店4週目の離職率は20%アップする」と言われると、どうでしょう?

土肥: スタッフの数が不足していれば、「や、やべーな。1700歩以上歩かせないために、どうすればいいのかな」と考えますよね。

中谷: これまで意識していなかったこと、よく分からなかったこと、もやもやしていたことなどを、映像を分析することで数値化しています。録画された映像を、オフィスでじーっと見る。ひたすら見る。そのとき、Aさん、Bさんの2人で分析しているんですよね。なぜ2人で見ているのかというと、人間なのでどうしても誤差が生まれてしまうから。許容できる範囲内であれば問題ないのですが、そうでない場合はどうするのか。3人目として、Cさんを追加する。そして、Cさんが計測した数値と、意見が割れたAさんまたはBさんの数値に近いほうを優先するといった形ですね。

土肥: 映像をじーっと見ている。そんな話を聞いているだけで、肩が凝ってきましたが、もう少し具体的な話を聞かせていただけますか? 例えば、ワタクシは居酒屋が大好き。仕事が終わって生ビールをぐびぐびしていると、生きている喜びを感じるわけですが、その居酒屋を分析して、分かったことなどがあれば教えてください。

●塚田農場を分析

中谷: 居酒屋の「塚田農場」(運営:エー・ピーホールディングス)さんをご存じでしょうか?

土肥: 2〜3回は行ったことがあります。地鶏メニューを中心に展開していますが、ここ数年は苦戦が続いていますよね。運営会社エー・ピーホールディングスの既存店売上高をみると、53カ月連続でマイナスが続いていたことも。ただ、昨年の12月と今年の1月はプラス。「さあ、これからだ〜」というときに新型コロナの影響を受けて、再びマイナスに転じました。

中谷: 塚田農場さんの何がいけないのか。ストロングポイントとウイークポイントを浮き彫りにするために、店内にカメラを設置してさまざまな動きを見ることにしました。テーブルの稼働率、提供待ち時間、スタッフの対応速度、接客内容、作業地点など、1つ1つ集計しました。で、どんなことが分かってきたのか。

 お客さんがキョロキョロして、その動きにスタッフが気付くスピードがものすごく速いんですよね。ちょっと話はそれますが、テーブルの上にあるコールボタンを押して、スタッフが到着するまでどのくらいかかるのか。某居酒屋チェーンを調べたところ、平均1分40秒でした。では、塚田農場さんは何秒だったのか。平均4秒だったんですよね。

土肥: 4秒! 確かに、スタッフが店内をよく歩いているイメージがありますね。

中谷: ちなみに、カウンター席しかないラーメン店で4秒ほど。店内に80〜100席ほどある居酒屋で、4秒という数字を出すことは「異常」とも言えるんですよね。しかし、その一方で課題が見えてきました。テーブルで3〜4人のお客さんが飲んでいる場合、どういったストレスがあるのか。大量の映像を見ていると、「飲みたいタイミングで飲めていないのではないか」ということが分かってきました。

 例えば、会社の上司が話をしているときに、自分のジョッキに飲みものが入っていない場合、どうするか。話を止めて、または話を聞きながら、スタッフを呼んで注文することって難しいですよね。機嫌よく話をしている上司の機嫌が悪くなるかもしれないので。実際、生ビールであれば、10分ほど空の状態が続いている。ハイボールであれば、残った氷を10分ほどガリガリかんでいる。

 こうした光景が見られるということは、どういった意味があるのか。お客さんは飲みたいタイミングで飲めていない、注文したいタイミングで注文できていない、ということですよね。そこに「ストレスが発生している」という仮説を立てました。

●「肘」の角度に注目

土肥: ちょ、ちょっと待ってください。お客さんがキョロキョロしただけで、塚田農場のスタッフは「はい、なんでしょう?」といった対応をしているんですよね。であれば、ジョッキの中の残量が減ってくれば「おかわり、いかがでしょう?」といった声をかけることくらいできるはず。

中谷: もちろん、飲料が減ってくれば「お客さんに、お声がけください」といった教育はしていると思います。ただ、その一方で、スタッフは「お客さんの会話をさえぎってはいけない」「飲みたかったら、自ら注文するはず」などと感じていたのかもしれません。

 その気持ちはよく分かるのですが、とはいえ注文したいのに注文できていないお客さんのストレスをなんとかしなければいけません。じゃ、どうすればいいのか。ジョッキに残っている飲料が10%を切るタイミングで、お声がけをすればいいのではないかと考えました。

土肥: 「あの客のジョッキは、10%を切ったぞ」「いや、まだ20%は残っているぞ」といった感じで、じーっと見ていると、客はストレスを感じるのでは?

中谷: パッと見て、分かるにはどうすればいいのか。お客さんの「肘」の角度に注目しました。

土肥: 肘?

中谷: ジョッキで飲んでいて、飲料がフラットになるときがありますよね。そのときの残量は、10%ほど。フラットになっているとき、人間はどんな姿勢になっているのか。肘の角度が90度になるんですよね。というわけで、「肘が直角になったときに注文をうかがえばいいのでは」と提案しました。

 で、結果はどうだったのか。実証実験の店舗で、ドリンク残量10%からの対応速度を見ると、以前は平均4.9分でしたが、平均3.2分に。1.7分改善することで、平均ドリンク杯数は1人あたり0.18杯上昇しました。「0.18」という数字を聞いても、「なーんだ、そんなものか」と思われたかもしれませんが、店舗数や客数などを考えると、売り上げに大きく貢献しているんですよね。

土肥: 先ほど、昨年12月と今年1月の既存店売上が伸びたといった話をしました。その背景のひとつに、このドリンクの売上増があったというわけですね。

●数字で根拠を示す

中谷: 塚田農場さんのスタッフは客席をよく回っていて、お客さんがキョロキョロしてからたった4秒で対応している。ということは、しっかり見ているんですよね。しかし、見る対象物が違っていたのかもしれません。

 スタッフに「このように意識を変えませんか?」と伝えても、行動を変えることって難しいですよね。例えば、「お客さんに気を配ってくださいね」と言っても、聞いている側からすれば、どのように気を配ればいいのかよく分かりません。そうではなくて、「どの状態になれば、何秒後にこれをする」といった形で、数字で語ることが大切だと思っています。

 数字で語らなければ、どうなるのか。「キョロキョロしてから、何秒後に声をかけていた」といった数字なんて、誰も計測していないので、なんとなく働いてしまう。「売り上げを伸ばして!」などと命じられると、これまで以上にがんばってしまう。でも、結果が出なければ、モチベーションが下がって、辞める人も出てくる。そうなってはいけないので、数値で根拠を示す。数値化できていないものは管理することが難しいですよね。管理できないものは、コントロールすることも難しい。だから、数字は欠かせないんです。

土肥: 数字がなければ、負のスパイラルに陥ってしまう、というわけですね。

中谷: 現在は、リアルタイムでフィードバックできる方法を模索しています。営業終了前に、当日のオペレーション結果(プロセスを数値化)を配信しているんですよね。

土肥: ふむふむ。ところで、なぜ中谷さんはこの仕事を始めようと思ったのでしょうか?

中谷: もともと人の動きなどを分析することが、仕事になるとは思っていませんでした。ずっと、趣味としてやっていたんですよね。例えば、スターバックスの店の前に立て看板がありますよね。以前は黒い看板に手書きでメニューなどが書かれていました。どの看板が効果的なのか、気になってスタバの前を歩く人をチェックしていました。

 多くの人は毎分65メートルで歩いているのですが、看板にイチゴのフラペチーノが書かれていると、スピードが遅くなっていたんですよね。平均して、毎分62メートルに。翌月、違うメニューが販売されると、再び人の歩く速度は毎分65メートルになっていました。そんな話をしていると、ある人から「それ、おもしろそうじゃないですか。ぜひ、ウチの店でも計測してくださいよ」と声をかけられたのが、この仕事を始めることになったきっかけでした。

●ここにもお宝があった!

土肥: いやはや、どこにビジネスのヒントがころがっているのか、分からないですねえ。最後に一つ聞かせてください。例えば、「ウチの店の売り上げが伸び悩んでいる。ちょっと見てもらえない?」といったリクエストがあった場合、どのように対応するのでしょうか?

中谷: どのように分解するか――。課題を分析する際、ここがポイントになります。売り上げを伸ばしたいのであれば、「客数×客単価」といった公式が浮かびますよね。でも、その公式ではまだまだ抽象的すぎて、そこからさらに分解していかなければいけません。

 例えば、商品の入れ忘れはないのか。じゃあ、なぜスタッフは商品を入れ忘れるのか。情報処理のプロセスに問題があるのではないか。商品を入れるという作業には情報のインプットとアウトプットが必要になりますが、そこに因果関係があるのかもしれません。それは外部環境なのか、それとも内部環境なのか。このほかにも何か問題はないのかといった具合に、どんどん掘り下げて分解していかなければいけません。結果、どういったことが分かってくるのか。その会社または組織が行わなければいけない「KPI」(重要業績指標)が浮き彫りになってきます。

土肥: お宝探しのような感じですね。「おお、この会社のお宝はここにあったのか」といったように。

中谷: 謎を解いていって「ここに、お宝があった!」で終わるのではなく、さまざまな手法を取り入れることで「ここにも、ここにも、お宝があった!」「ほかにもあるのではなか?」と財宝を探し続ける旅のようなものですね。

(おわり)