新型コロナウイルスの影響で打撃を受ける旅行業界。その中で今、独自の取り組みを行っているのが加賀温泉郷(石川県)だ。

 加賀市にある片山津・山代・山中の3温泉を総称したものを「加賀温泉郷」と呼んでおり(小松市の粟津温泉が加わることもある)、年間約179万人が訪れている。GO TO トラベルキャンペーンの影響はあるものの、現在、週末には多くの旅館で予約が埋まっているという。多くの観光地が苦戦している中、なぜ加賀温泉郷に人は集まるのか。その背景に、2018年の春から2年以上、SNS発のプロモーションを続けてきて、県内外から「こういうときだからこそ、加賀温泉郷にお金を使いたい」という根強いファンを獲得してきたことがある。

 加賀温泉郷は18年春から観光大使として、モーニング娘。メンバーの加賀楓さんを起用している。18〜19年は加賀温泉郷協議会からの任命を受けていたが、20年からは加賀市からの任命を受け、加賀市にある3つの温泉の観光大使となった。実は加賀さんは石川県が地元というわけではなく、名字が「加賀」という不思議な縁から観光大使を務めている。そのきっかけは、モーニング娘。ファンがSNSで盛り上がったところにあった。

 11年から10年以上にわたって加賀温泉郷の広告プロモーションを手がける、株式会社REACH(東京都港区)代表でクリエイティブディレクターの大久保浩秀氏に話を聞いた。

 はじまりは、17年秋、加賀温泉郷が例年11月末〜12月ごろにJR東日本の駅に掲示している「その疲れに加賀が効く。」というコピーが添えられたポスターだった。

 「このポスターが加賀さんだったらいいのに……という投稿がTwitterを中心に多く寄せられて。それを発見した僕が『次回の加賀温泉郷ポスターに加賀楓さん出てくれないかな』と投稿したらファンの方が食いついてきて、そこから加賀さんの写真を使ってこの『その疲れに加賀が効く。』のポスターを作ってみた画像なども出てきて、かなり盛り上がったことがきっかけです」

 ファンの間での盛り上がりを受け、公式に加賀さん本人を広告キャラクターとして起用したいと所属事務所に打診するときも、「怒られるんじゃないか」と恐る恐る行ったという。加えてきっかけとなったポスターも、実は旅館の従業員をモデルとして使っていたほど、そこまで予算があるプロジェクトではなかった。しかしモーニング娘。の所属事務所であるアップフロントグループは、もともと「SATOYAMA&SATOUMI movement」と名付けた地方創生プロジェクトに力を入れていることもあり、その流れで正式に18年春、加賀さんが観光大使になることが決定した。

●限られた予算の中で

 約10年にわたって加賀温泉郷のプロモーションを手がけている大久保氏。プロモーションを始めた11年当時の加賀温泉郷は「2015年の北陸新幹線開通までもたないのではないか」というほどの停滞感があったという。

 その中で大久保氏は、当時連日のように音楽番組やワイドショーをにぎわせていたレディー・ガガをもじり「Lady Kaga」というプロモーションを提案。その際は反対されたというが、うまくいく予感があったことから説得を重ね、なんとかこの企画を決行した。その結果、限られた予算の中で作ることができたのは動画とポスターのみだったが、いわゆる「バズり」を起こし、すべてのキー局や新聞社から取材が殺到し、観光庁長官の表彰を得た。そこから毎年のプロモーションを担当している。

 加賀さんを起用した加賀温泉郷のプロモーションが特徴的なのは、ただ単に広告ビジュアルにアイドルを起用するだけでなく、かなりアイドルファンの文化や心情に寄り添い、ファン心理をくすぐるような企画を展開していることだ。

 大久保氏の中では「発起人はモーニング娘。ファンだというリスペクトがあります」という意識が一貫している。例えば、最初に加賀さんを起用したビジュアルが出たのは「#加賀四湯博2018」のパンフレット。使用する写真は「ナチュラルなかわいさを求めるファンが多い」ことをくみ取り「本人の素っぽさだったり、素材の良さが出るものを意識して作りました」とファンが求めるものを意識した。

 この配布時期など細かな点についても意識を巡らせ「せっかくだったら初出しは、モーニング娘。のコンサートでサプライズで配ったほうが喜んでいただけるんじゃないか」と感じ、本当はもう少し後だった予定を前倒し、18年5月26日に開催された石川・金沢本多の森ホールでの公演で入場時に配布を行った。

 また、モーニング娘。を擁するハロー!プロジェクトが展開しているグッズに「フィギュアスタンドキーホルダー(通称FSK)」と呼ばれているものがある。これは近年各界隈のアイドルや漫画・アニメ好きの間で話題の「アクキー」ことアクリルキーホルダーのこと。ただコレクションしたり飾るだけではなく、持ち歩いて食事や風景とともに写真を撮ってSNSにアップして楽しむ文化が広まっている。

●「SNSで共有したくなる」仕組み

 大久保氏はこの「キーホルダーを何かと撮って、SNSにアップして楽しむ」という文化に目をつけ、加賀温泉郷オリジナルデザインのキーホルダーを発売する際は、対象を指差すポーズのものを複数回登場させ、案外「これまでになかった」とファンの間で好評を博した。

 ほかにも「写真を撮って、SNSで共有したくなる」仕組みが多数ある。加賀温泉駅にはたくさんのポスターが貼られ、各温泉地には等身大パネルが置かれている。もちろん加賀さんがパンフレットの撮影を行った地をめぐる「聖地巡礼」もファンの間では頻繁に行われている。これらは過去にポスターに使われたキャッチコピーから「#加賀は引力」というハッシュタグを使用し、多数の写真がアップされている。

 さらに奇しくも「赤瓦」が有名な加賀市も、モーニング娘。における加賀さんも、双方のイメージカラーが赤ということで、Tシャツやトートバッグなど「赤」を取り入れたグッズを多数制作し、これも売り切れが相次いだ。

 どこまでもファン心理に寄り添いながら「基本的なビジュアルなどはモーニング娘。や加賀さんを知らない人が見ても成立するものにしています」とバランスを取って制作している。しかし、ここまでアイドルファン文化に寄り添うプロモーションを展開するにあたり、温泉郷の人たちは、抵抗感を示さなかったのだろうか。

 「2012年から『加賀温泉郷フェス』という、温泉と音楽の融合をテーマに行うフェスを行なっていることもあり、いわゆるサブカルやアイドル的なものにも抵抗がなく、今回のプロモーションについても完全に任せてもらっています。それに加えて加賀の方はおおらかな方が多く、経営者が代替わりをして若い方が多いこともあり、少々突飛でも面白いことを受け入れてくれる傾向にあります。

 僕が担当したものではありませんが、北陸新幹線関連のプロモーションで『加賀停太郎』という絶妙なおふざけ感がある動画があったり、山代温泉観光協会は『山代ゆげ太郎』というおじさんをPRキャラクターにしていたりと、結構ゆるくて面白いものが多いんですよ」

●旅館や飲食店が協力的に

 加賀さんを観光大使として起用して以来、旅館だけでなく付近の飲食店もどんどん協力的になっていった。これまで温泉郷のプロモーションが恩恵を受けるのは主に旅館だったが、温泉郷の街歩きを誘発すべく、20年1月から加賀温泉郷の飲食店50店が参加した企画『加賀温泉郷ナイトバル』が始まった。これは2枚2000円のチケットを購入することで、各店でお得なオリジナルメニューが味わえるというもの。

 「責任感が強いのか、とにかくたくさんお金を使いたいというファンの方が多い。加賀温泉郷の間でも、モーニング娘。ファンの人は本当にみなさん礼儀正しくてお金を使う方が多いということが浸透しています。いろんなことを面白がってくれるお店の方が多いので、じゃあこんな商品があればもっとファンの方は喜んでくれるんじゃないかと新商品を開発するお店もあります」

 コロナ禍で「温泉郷にお客さんを呼ぶ」ことが難しくなるタイミングがあっても対応していけるよう、加賀温泉郷のECサイト「かいねや加賀」を立ち上げ、こちらにも加賀さんがイメージキャラクターとして就任した。加賀温泉郷の名産品はもちろんのこと「楓」をモチーフとしたマスクや、前述の「赤」を使用したグッズなど、さまざまなものが売られている。女性アイドルのファンと聞くと男性を連想するかもしれないが、購入者の約8割は女性だという。

 11月14〜15日には加賀温泉駅開業50周年を記念して、加賀温泉駅50周年フェスタが開催された。その際にも限定で「カエデの葉をあしらい、メープル(楓)シロップでいただくプリン」など、各店が率先して開発したさまざまな商品販売なども行われた。

 この日は加賀さんも加賀温泉駅1日駅長として加賀の地を訪れ、グッチ裕三さんとのトークイベントや現地の小学生との出発式に臨んだ。

●「SNS発」プロモーションの循環

 SNSから始まったこのプロモーションの中で、この日初めて加賀さんとファンが加賀の地で邂逅(かいこう)することとなり、県内外から何百人ものファンが詰めかけた。会場には長蛇の列ができ、加賀温泉郷の旅館はほぼ満室となっていた。

 そんな「SNS発」プロモーションの循環は続き、加賀温泉郷側が呼びかけた企画にはファンは必ず反応し、それのみならずファンの中から発生している働きかけも多数発生している。

 例えば、首都圏のJR各駅にポスターが貼り出された際は、どの駅のどこに貼られているかを「ハロー!プロジェクト」からもじり「#貼ろうプロジェクト」というタグをつけて投稿することを温泉郷側が提案し、それに応じたファンが掲示されているすべての駅をまわり、詳細な位置の一覧やマップなどが作られた。

 モーニング娘。ファンのイラストレーター、こもりあやみさんは自作で加賀温泉郷の良さやお店を紹介するイラストマップを作成したりと、さまざまな取り組みをしている。

 過去に仙台市でも同様のイラストマップを制作したというこもりさんに話を聞くと「『東京拠点のアイドルと地方観光』という視点でもっと作品を増やしたいと思っていたところ『#加賀四湯博2019』の際にファンの方が何やら盛り上がっていると加賀温泉郷が目にとまりました。その時点でキャンペーンについてはそこまで詳しくなかったのですが、『なんだか楽しそう』という空気感が取材の引力に。

 宣伝ポスターや等身大パネルを撮影しているのがすごくインパクトがあり、季節ごとにどんどん新しいポスターが出て、それにファンが反応して……。そこでイラストマップを作ってみたら飲食店の方がお店に掲示してくださってありがたかったです」と、現地飲食店とファンの信頼関係も見られた。

 飲食店の方など、地元の方と話をした際は「キャンペーンがきっかけでファンの方が何回も訪れてくれるのが本当にありがたい」「加賀温泉でこういった有名人を起用したキャンペーンは、女優の樋口可南子さんが山中温泉の観光ポスターモデルをして以来約30年ぶり」と喜びの声が多数あったようだ。さらにこれをきっかけに飲食店の方がハロー!プロジェクトやモーニング娘。のコンサートを見に行くという相互交流も生まれているという。

●「なんだかここ、楽しそう」と感じられる場所

 最後に大久保氏に今後の展開を聞くと、予算面や現実性など、さまざまな検討事項はあれど、今後も進めていきたいプランがいくつかあるようだ。

 「モーニング娘。は、約20年前の安倍なつみさんたちがいたころから、綿々とつながる歴史があるグループ。加賀温泉郷でもそんな歴史を感じられるような企画ができたらいいなと思います。これは本当に例えばの話ですけど『加賀楓さんと一緒に、加賀に楓の木を植える植樹祭』があったりしたら面白いし、その木が遠い未来まで、ずっと聖地になる。

 ファンの人が年を重ねて、いつか自分の子どもや孫を連れて加賀温泉郷に行く日があったら『この木はね、お母さんが昔好きだった人の思い出の木なのよ』なんて話をして、何十年越しで楽しんでもらえたら……そんな企画ができたら素敵ですよね」

 大久保氏は「僕は地元が石川県ということもあり、地域活性化にも貢献していきたい。加賀さんを起用した企画については、そこまでお金のことを考えすぎず、温泉郷の方やファンの方とみんなで一緒に楽しもう、という考えでやっています」と語る。

 その結果「楽しむ気持ち」が伝わり、温泉郷に訪れる人が増え、その気持ちは温泉郷の旅館や飲食店のスタッフにも伝染し、循環していく。

 「なんだかここ、楽しそうだ」と感じられる場所に人は集まる。その幸福の循環を作れる観光地が、根強く「ここに行きたい、ここを支えたい」というファンを作って生き残っていくだろう。

(後藤香織)