CX-5はマツダにとって重要なクルマ。稼ぎ頭であり屋台骨だ。そのCX-5が年次改良を受けた。

 というクルマの個別の話に入る前に、今のマツダの状況を整理しておかなくてはならない。というか申し訳ないが、話のほとんどはそれに終始する。

●コモンアーキテクチャー

 マツダはSKYACTIV技術を全面的に投入したモデルを第6世代と位置づけ、2012年にデビューした初代CX-5から展開をスタートさせた。これは別の角度から見れば「コモンアーキテクチャー戦略」でもある。

 マツダはラインアップの全モデルの着地点をあらかじめ想定し、それらに共通の基礎技術をSKYACTIVとして開発する。コンピュータでいうならば、これがOSだ。その上にブロックを積み上げるような形で、個別のモデルの要素を加えて個性的な車種を開発していく。これがアプリケーションに当たる。

 OSが進化すれば、アプリでできることも一緒に進化する。ラインアップ全モデルを一斉にアップグレードすることができる。それによって何を狙っているのかといえば、効率よく優れた製品を生み出し続け、それを進化させ続けることである。

 旧来のやり方であれば、ベース車両を1台作って、それを変奏曲のようにアレンジすることで数車種の派生モデルを作る。それでラインアップ全体を作るにはベース車両を複数作らねばならないので、開発コストがかかるし、そうやってできたクルマのアレンジで変えられる範囲は限られてくるから、派生車種同士に差異が少なくなる。

 コモンアーキテクチャーでは、OSとして、基礎的な設計の数理モデルを完成させて固定する。この固定部分は動かさないし、動かさないでいい部分をあらかじめ徹底的に考えて決めておくのである。その上で、大きな振り幅をもって個別車種に変化を与えられる部分を事前に設けておく。

 例えば、バルクヘッドの構造とフロントフレームの関係、あるいはキャビンのつながり方の大法則を決めておく。その上で、車幅やピラーの角度ボンネットの高さなど、クルマによって変えたい部分をあらかじめ織り込んで開発しておく。こうすると衝突安全や、ハンドリングの基礎的傾向を同じにそろえることができる。

 例えばCX-30とMX-30は基本的に同じシャシーを使いながらも、Aピラーの角度が全く違う。そこを変えられると室内空間の仕立てが根本的に変わる。シャシー全体を固定してしまうとこういうことはできないが、バルクヘッドと他の構造体とのつながり方の原則だけ決めておけば、ピラーの角度の変更が可能になる。コモンアーキテクチャーはこのように、変えたいところを変えるために、固定部分の要素を決めておくやり方なのだ。

 さて、では固定部分を全モデル共通にすることができたらどんなメリットがあるだろうか? 例えば従来、ファミリア、カペラ、ルーチェの3つのベースモデルとそのバリエーションによってラインアップが構成されていたとしたら、この3車種をゼロからスクラッチで作るチームとそれぞれのバリエーションを作るサブチームが必要になる。

 しかしコモンアーキテクチャーにすれば、OSを開発するチームは1つでいいし、そのチームの人的・コスト的リソースを厚く用意できる。分散させるよりも良いモノができる可能性が当然高くなる。しかもこのチームはずっとこのOS部分の改良に従事し続ける。

 となると、これは一つの例えだが、OSによってすでに50%でき上がっているクルマは、そこから先の50%を開発すれば完成できるし、基礎部分はすでにできているので、個性を磨き上げる部分に集中できる。もちろん現実はそんなにカンタンではないだろうが、コモンアーキテクチャーの狙いはそういうことである。

●ラージプラットフォームの延期

 さて、マツダはコモンアーキテクチャー戦略がスタートした12年の翌年、13年から18年にかけて、順調に生産台数を伸ばし、200万台メーカーへ届く流れに見えていた。実際は19年に下降に入り、20年にはコロナの影響でさらに厳しいことになっているのだが、そこは計画立案より後の話だ。

 200万台になると少し話が変わってくる。もともとコモンアーキテクチャーの推進に際しては一つの前提があった。単一車種専用の製造ラインを作るには車種あたりの生産台数が少なすぎたという点だ。1ラインをフル稼働させると、必要台数以上ができてしまう。だからラインをフレキシブルにして、混流生産が可能な方向を探った。これはつまり、ファミリアをまとめて作り、ある台数でカペラに切り替え、しかる後にまたセッティングを変えてルーチェを作るというやり方ではなく、全ての車種を順不同で流してしまえるやり方だ。

 一切の切り替えなしで、Mazda2の次にロードスターが、その次にはCX-5が流れてくるという具合に、何でもござれの生産を行えるようにした。そのために基礎部分を同じにして、ラインでシャシーやエンジンを固定する台座の固定用アンカーの形状と位置を全車種共通にしたのである。

 ある時、トヨタの生産技術者にこの話をすると「ライン側はいいのですが、部品を供給する棚は一体どうなっているんですかね?」といぶかしんでいた。これはそのうち取材しようと思っている。

 さて、話は元に戻って、つまり生産台数が少ないが故に苦肉の策として考案された側面もあるコモンアーキテクチャーなのだが、200万台規模になると少し話が違ってくる。何も全部混流生産でなくても良くなってきたのだ。全てを共通化するためには、やはり窮屈(きゅうくつ)になっている部分もある。それはやむを得なかったのだが、せめてラインを大小2種に分けられれば、窮屈さを緩和できる。

 さらにいえば、燃費モードがWLTCになったことによって、ダウンサイジングターボがあまり燃費向上に役に立たなくなってきた。特に北米マーケットは4気筒エンジンをバカにしているところがあるので、本来は6気筒が欲しい。世界のCO2規制が厳しさを増し、ダウンサイジングターボがトレンドからこぼれ落ちていく中で、マツダはどうしても3リッター級の6気筒エンジンが欲しい状況を迎えた。

 こういう状況下で、従来の常識でいえば、V6ユニットへ流れそうなものだが、マツダは直6を選んだ。それはまたコモンアーキテクチャーの影響でもある。直4と直6は、吸気や燃料噴射の数理モデルをある程度共有できるのだが、V6となるとモデリングも解析もゼロからやり直しである。それには膨大なコストがかかる。マツダが直列4気筒の基礎研究をそのまま当てはめられる直列6気筒を選ぶのは当然の流れでもあった。

 となると、長い直列6気筒は横置きFFと相性が悪すぎ、当然縦置きFRシャシーということになる。つまり4気筒系FF用のスモールシャシーと、4/6気筒系FR用のラージシャシーへと、大きく分割されることになる。ならば、コモンアーキテクチャーも上下に2分割して、それぞれに最適化すべき。生産台数的にもそれは理に適った流れであった。

 しかしCAFE規制のロードマップを考えれば、直近数年以内には、この6気筒クラスもハイブリッド(HV)化あるいはプラグインハイブリッド(PHV)化は避けられない。幸いFRはスペース的にメリットがあるので、バッテリー搭載には有利である。そういう結論のはずだった。

 しかし、MX-30のEVモデルを開発してみて、マツダは思い知ることになった。「EVの設計に必要な要素を理解していなかった」。その内容は明確には語られていないが、基本的にはバッテリーの冷却に必要なノウハウだと考えられる。そしてそれが判明した時にはすでにFRシャシーはある程度開発が進んでおり、問題点の解決のためにはFRシャシーの開発を一度ご破算にするしかないことが判明したのだ。

●CX-5で第6.5世代の実力を検証する

 マツダはこのFRのラージプラットフォームの開発をやり直す決意をして、発表予定を1年遅らせた。こういう変化にコモンアーキテクチャーは弱い。同じOSを採用する全てのモデルが後倒しになってしまう。

 ではその期間をどう戦うのか? マツダは第6世代に第7世代の一部構造を投入してレベルアップさせながらこの遅れ分をカバーしようとしている。最も難しいのはシャシーの環状構造の見直しだ。リアドアの後部からボディーエンドまでにかけての環状構造をつなげ、対角線上の剛性を向上させるのが第7世代最大の特徴である。

 しかし、そこまでの大がかりなシャシーの改良は、凄まじい工数がかかる。という場面で最もキーとなるのが、17年に第6世代の最終モデルとして登場した、マツダ自身が6.5世代と呼ぶ2代目CX-5である。このクルマのレベルを今再検証すると、マツダの第6世代延命計画の勝算がある程度見えてくると筆者は踏んでいるわけだ。

 実は筆者はちょっと今回の試乗会に行くのに気が重かった。第7世代に散々乗った今、6.5世代に乗って絶望的な古さを感じてしまったら、マツダの未来を明るく予測することが不可能になる。あくまでもフラットに書く姿勢を変えるつもりはないが、厳しい環境の中でマツダが果敢な取り組みを続ける様子を見守って来たひとりとして、個人としてはやはり辛いのだ。

 肝心のCX-5はどうだったか。心配は杞憂(きゆう)に過ぎなかった。インテリアデザインはやはり少し古くなっているが、それ以外は、全く色あせていなかった。

 改良のポイントはとてもマニアックだった。アクセルペダルのリターンスプリングを20%強くしたのだ。それは何を意味しているのか?

 クルマは走行中揺れる。当たり前の話だが、ドライバーはそれに応じて揺すられる。そこでアクセル開度を正確に保つためには足首がシーソー的に動かないように筋力でバランスを取ってやらなくてはならない。

 さて、脚と足は医学的に別の部位だそうだ。分岐点はくるぶし。くるぶしから下は足、その上、鼠径(そけい)部までは脚になる。

 ペダルを踏み込む動作は、狭義には「足」の仕事である。足首から先のシーソー運動を生むのは主にふくらはぎにある「下腿三頭筋」である。しかしペダルを戻す作業は、前脛、つまりスネの外側にある「前脛骨(ぜんけいこつ)筋」の仕事なのだ。

 長時間デリケートな操作をすると疲労するのはこの前脛骨筋である。もっと疲労を抑えて操作を自然にするためにどうするかを考えれば、アクセルペダルのリターンスプリングの強さを上げるのは当然のアプローチだろう。

 重いペダルだと踏み込みに下腿三頭筋の筋力を使って疲れそうに思うだろうが、この筋肉はそもそも歩行でメインに使う筋肉の一つ。力もあるし持久力もある。しかも、SUVのようなアップライトな姿勢であれば、踏み込みに脚全体の重さを使うことも可能だ。もっといえば、脚全体を動かす操作で太ももの筋肉を使うこともできる。

 つまり、いろいろと余力のある下腿三頭筋の心配をするよりも、普段あまり使わない前脛骨筋の負荷を軽減した方が、疲労は減らせるし、操作の精度も向上する。マツダでこの開発を担当したエンジニアによれば、これらの筋肉は最終的に腹筋とも連動しており、スプリングの反力を上げて前脛骨筋の負荷を減らすことは、すなわちドライバーの全身疲労の軽減につながるのだそうだ。

 そして脚と足の筋肉はそもそも負荷の小さい領域で微細な操作をすることに向いていない。普段体全体の体重を支えて動かすことを担当しているのだから、負荷が大きい時の方がやり易いのは直感的にも分かる。

 つまりはこういう人体のメカニズムを理解すれば、ペダルを軽くするのは間違いで、程度問題ではあるが重くした方が良いことになる。

 利点はそれだけではない。筆者はマツダの2.2ディーゼルユニットはマツダのベストユニットだと常々いっているのだが、これはかなりトルキー、つまり力のあるエンジンである。そういう力のあるエンジンと、ドライバーのイメージを近づけるためには、ペダルの重さが効いてくる。重いペダルの方が、よりトルクの大きい機械を運転している感覚とシンクロしやすいのだ。

 ということで、17年にデビューした時に乗って、W124型のベンツを思い起こさせたCX-5は、アクセルペダルの重さもまた往年のベンツみたいになった。それは当然褒め言葉である。

 そしてコモンアーキテクチャーにアクセルペダルの重さに関するノウハウが追加された。この最も第7世代に近い二代目CX-5をもって、第6世代全部が大丈夫と決めるのは早計だと思うが、裏返せばこれがダメなら状況は絶望的になってしまう。ひとまず第一関門はクリアした。筆者はそう思っている。

(池田直渡)