新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、人々は外出を控えるようになった。それと比例するように、自販機業界全体の売り上げも下がっている。

 出掛けるとしても、なるべく電車よりも車を選ぶという人が増えたため、駅ナカの自販機の売り上げはさぞかし下がったことだろう――そう思いきや、実はJR東日本の駅構内にある「Acure」ブランドの自販機は売り上げを伸ばしているという。

 その要因は、JR東日本ウォータービジネスが2020年12月に導入したAIシステム「HIVERY Enhance」(ハイバリーエンハンス)だという。同システムの正体は? そして、どのような効果があったのか? JR東日本ウォータービジネスの東野裕太さん(営業本部自動販売機事業部)に話を聞いた。

●最大39.5%の売り上げアップ

 JR東日本ウォータービジネスは、JR東日本の駅ナカに設置してあるAcureの自販機の運営やそこで販売する商品の開発などを行う会社だ。

 選定できる商品は季節ごと決まっていて、130種類。大きな自販機でも42種類しか陳列販売できないため、選定は慎重に行う。一つの自販機にバリエーション豊かな商品を組み合わせると売り上げが伸びそうであるが、成功の秘訣は真逆だった。

 鶴見駅にある自販機では、それまでもブラック缶コーヒーを3種類並べていたが、さらに2種類追加して5種類にした。また、横浜駅ホーム上のある自販機では「青森りんごシリーズ」を1種類から3種類まで増やした。

 近似環境でAIシステムを使用しなかった自販機と比べた結果、売り上げはそれぞれ11.6%増(鶴見)、8.9%増(横浜)と無視できないほどの増加率であったという。この成果をもたらしたのが、HIVERY Enhanceシステムだ。

 一つの自販機に陳列できる商品数には限りがある。そのため、いくら売れるからといって5種類もの缶コーヒーや3種のりんごジュースを入れておくということに、人間であれば抵抗感を覚えてしまう。しかし、AIにはそのような感情がなく、データが全て。データによって導き出されたAIからの指示に従ったところ、売り上げアップという結果につながったというわけだ。

 売上増が顕著だったのは、東京駅構内にある自販機だ。コールドからホット商品に切り替える際、「じっくりコトコトとろ〜りコーン」と「1本でしじみ70個分のちから」を加えたところ、なんと39.5%も売上率が増えたのだ。

 これは、そもそも東京駅構内にある自販機の売り上げが他の設置場所に比べてひときわ高く、回転のよい商品を入れることで、販売効率が高まったという極端な例といえるが、全体をとしても短期間で成果が出ている。HIVERY Enhance導入からわずか1カ月半で、全体で1.8%、金額にして400万円売り上げが増加した。

 HIVERY Enhanceとは、どのようなシステムなのだろうか。

●属人的なオペレーター業務を改善

 HIVERY Enhanceについて紹介する前に、Acureの自販機がどのように運営されているかについて簡単に説明する。運営・商品開発するのはJR東日本ウォータービジネスだが、実際の運用はオペレーション企業に任されている。任せているのは、商品の補充、現金やごみの回収、機体の交換などの業務だ。

 陳列・販売する商品の7割はJR東日本ウォータービジネスが指示するが、残り3割は現場のオペレーターが選定する。オペレーターは自販機が持つ特徴――どのようなエリア、ロケーションに置かれているか、何が売れているかなどを考慮して商品を決める。

 経験豊富なオペレーターであれば、適切な商品選びを行える。その反面、属人化しやすい。そのため担当者が変わってしまうと、途端に売り上げが落ちるなどの課題を抱えていた。

 HIVERY Enhanceは、1台1台の自販機の売り上げ実績データを取得する。さらに設置場所の気温や天候の長期予測情報をそのデータに加味したうえで、各飲料の売れ行きを予測し、売れそうな販売商品の選定、最適な陳列順や適切な補充回数などを導き出し、その情報をオペレーターに案内する。

 同システムの導入により、「自販機の特徴を捉えて、3割の商品を選定する」という作業が、経験の浅いオペレーターにもできるようになり、経験豊富なオペレーターであっても時間短縮につながった、というわけだ。

●本格導入まで3年──長い歳月が必要だった理由とは?

 JR東日本ウォータービジネスが豪ベンチャー企業HIVERYに出会ったのは16年のことだ。豪コカ・コーラが採用している、とのことで社内で検討を重ね、17年夏にデータをExcelや帳票という形で出力したものの提供を受けるところから始めた。システムそのものを導入しなかったのは、コストを考えてのことだった。

 当初、オペレーション企業3社を選び、定期的にExcelデータを渡して現場に反映してもらっていた。その後、東野さんは上長らと一緒に現地視察に行き、現場に定着するまでコカ・コーラでも2〜3年かかった、という話を聞いた。

 「できるだけ早い時期に本格展開したかったが、結局20年度になってしまった」と東野さん。18年度に課題の洗い出しとエリア選定を始め、19年度もエリア選定に注力した。

 エリアを選定しなければならなかった一番の理由は、費用対効果だ。

 自販機の商品を入れ替えるのにはかなり手間がかかる。すでに入っているものを取り出し、新しい商品を入れる。見本となるモックアップを取り換え、売価をハンディターミナルで変更。さらに実際に正しい金額で買えるかどうかを、お金を入れて確認する「コインチェック」もある。設定した売価そのものが間違っていないかを確認してもらうため、設定後の自販機の写真を撮り上長に送信する。そのような何重ものチェックを経て、ようやく入れ替えが完了するのだ。

 AIの指示のもと複数商品を入れ替えたものの、上がった売り上げが、例えば1日500円程度であれば、その手間に見合わない。

 また、システムは自販機ごとに導入コストがかかるため、もともと売り上げのあまり多くないエリアに入れても費用対効果が悪い。そのようなわけで、システム導入に適したエリアを判断し、絞る必要があったのだ。

 検討のうえ選定したのは、必ずしも売り上げが大きい自販機だけではない。都心ほど売り上げが立っていない自販機でも、HIVERY Enhanceが有効だとして導入しているエリアもある。

 その理由は、当初の導入目的であった「最適なオペレーション」の実現だ。もちろん最適なオペレーションによる売り上げアップの期待もあるが、人手不足の中オペレーターが働きやすい環境を作るために「無駄を減らしたい」という思いがあったという。

 何かしらの商品が売り切れてしまったまま放置されてしまうことを防ぐため、売り上げの大きくない自販機でも2日に1回など、補充の頻度を決めて対応している。商品選定や配置を最適化し、売り上げの予測結果から、売り切れるまでの日数を計算するなどして、補充を3日に1回に減らせることができれば、効率は上がる。特に1駅に1台の自販機しかない場合などは、訪問頻度を減らすことが大幅な業務効率の改善につながる。

 また、周辺にある自販機をグルーピングして、A自販機よりB自販機のほうが○○商品は売れるから、Aからそれを抜いてBで2列分の棚を確保する、といった調整も提案する。売り上げアップだけではなくそのような効率化にもHIVERY Enhanceは有効だという。

 「この件に限らず、例えば現金処理を減らすため交通系ICカードによる決済機能を自販機にもたせているように、会社全体で業務効率化を目指しています。システムの導入には、自販機に関係したオペレーションを少しでも楽にしたいという思いがありました」

●グループ全体の業務効率化により課題を解決していきたい

 本格導入まで3年間の軌跡の中で、JR東日本ウォータービジネスとHIVERYはともに意見を出し合いながら、はじめは日本語対応もしていなかったシステムを実際に運用するところまで改善してきた。実際に使用するオペレーション企業の担当者が直感的に使いやすいインタフェースにこだわり、改善を積み重ねているという。

 しかし、東野さんはこれで終わりではないと考えている。自販機運営には「話し切れないほど多くのオペレーションルール」があり、それらを加味した提案ができるようにしたいためだ。現在は、商品のポスターが掲出されている自販機には必ずその商品を入れておく、ホットドリンクを入れられるのは最大半分までで場所も決まっている──などのルールは、オペレーターが判断して、対応している。

 さらに、商品選定への活用も期待している。現状は過去の実績を読み取って、指定した商品の中から売れるものを推測する形だが、需要予測の要素を伸ばしていきたいという。そうすることで、「シーズンごとに指定している130商品を決める際にも、適切なものを選べるようになるのではないか」と考えている。

 「JR東日本グループにはさまざまな会社があります。コンビニやキオスクなどもあります。そういったグループ全体でAIを活用できたら、もっと無駄をなくせます。そしてそれが働き方改革につながり、業界が持つ課題解決にもつながっていくのではないかと思います」(東野さん)