ミャンマーでクーデターが起きてから、早くも2カ月半になる。

 2月1日にクーデターが発生した朝から、筆者は現地の知り合いたちに取材を続けてきた。今振り返ると、当初はまだ、まさか10年前まで続いていた暗黒の軍事政権時代に逆戻りするとは現地の人たちも思っていなかったようだ。しかし、国軍側からの取り締まりが暴力的になり、徐々に死者数が増えるにつれ、「戦意喪失」といった感じになってきている。

 メディアで先日、ミャンマーでは死者数が合計700人を超えたと報じられた。悪化の一途をたどるミャンマー情勢のなかで、実は日本企業も対処に苦慮している。本連載でミャンマーを取り上げた際にも触れたが、2020年末の段階でミャンマー日本商工会議所に加入している日系企業は433社に上るという。ただこうした企業も、国軍の締め付けが強まり、欧米諸国から非難の声が高まっていることで、難しいポジションに置かれているのだ。

 そもそも、なぜ国軍がクーデターをしなければならなかったのか。また、ミャンマーに進出している日本企業は、どんな状況に置かれているのかなどについて見ていきたい。

●なぜこのタイミングで

 今回のクーデターでいまだに疑問なのは、なぜ国軍がこのタイミングでクーデターをしなければならなかったのか、だ。表向きは20年11月に実施された総選挙で、民主活動家でもあるアウンサン・スーチー国家顧問が率いる与党が圧勝したが、国軍はそれが不正選挙だったと主張してクーデターを行なったというものだ。だが、現地で暮らす知人らに聞いたところ、話はそれほど単純ではなさそうだ。

 メディアでよく言われているのが、民主活動家だったスーチー国家顧問の政治的な影響力が強くなりすぎたために潰そうとした、というものだ。だがそれなら16年に行われた前回の選挙でも、スーチー側が圧勝していることを考えると、それが理由だと結論付けるには違和感がある。

 またスーチー国家顧問の経済のかじ取りがダメすぎたので、国軍が権利を奪い、ミャンマー経済を握ったという説も聞かれる。だが国軍がクーデターのようなことを行えば、国際社会から非難され、経済制裁が課されるのは明らかで、国軍が国内経済を向上できる可能性は限りなく低い。それは独裁政権時代のミャンマー経済のひどさを見れば容易に想像できるし、そもそも主要産業は国軍の影響力が残ったままになっている。

 では、なぜクーデターが行われたのか。現地の元国軍関係者などに見解を求めたところ、理由はいくつもあるだろうが、次の要因が大きのではないかという。

 国軍のトップであるミン・アウン・フライン司令官の保身である。フライン司令官は今年7月に65歳で定年を迎える予定になっていたが、トップから離れたくないというのがクーデターを引き起こした理由の一つだという。彼は16年に本来の定年である60歳を迎えているが、5年間延長をしている。これは、軍事独裁政権でミャンマーを率いていた悪名高い独裁者のタン・シュエもやらなかったことだ(彼は終身国家元首になったが、司令官の職は辞して、権力を手放している)。

 しかしフライン司令官が任期を延ばした5年間、特に国際社会からミャンマーへの批判が一気に高まった。同国で迫害されているイスラム教徒のロヒンギャ族をめぐる問題が、国際司法裁判所(ICJ)や国際刑事裁判所(ICC)などで国軍の犯罪行為が協議されることになった。さらにジュネーブに本部を置くミャンマーの重大犯罪を調査する国連の「ミャンマーに関する独立調査メカニズム(IIMM)」でも、フライン司令官をはじめとする軍幹部らは、「ジェノサイド(大量虐殺)」の罪で起訴されるべきだとも指摘している。

●一方的に不透明な理由を公表

 こうした罪の責任者は、フライン司令官にほかならない。彼は現在、国軍トップであるため国際機関などの手は届かないが、定年を迎えて軍トップの地位から離れ、国内でスーチー率いる民主化勢力が影響力を高めていくと、フライン氏が戦争犯罪で逮捕され、裁かれてしまう可能性もある。

 それを避けるために、クーデターを行なったというのである。この元軍関係者によれば、「そういった思惑の可能性は高く、軍の内部でも密かに同様の認識が広がっている」という。現状、国際社会がフライン氏に手出しすることは不可能になった。

 とにかく、一方的に不透明な理由を公表して、権力を再び奪い返した国軍は、国際社会から強い批判を浴びている。特に国軍との親密な関係や、国軍に利益をもたらしているような外国企業は、国際的に厳しい批判にさらされている。大手ビールメーカーのキリンは、クーデターを受けて国軍と関係のある地元複合企業との連携を解消した。

 ロイター通信は3月25日に、「ヤンゴン市内都市開発(Yコンプレックス)」と呼ばれる事業が、ミャンマー国防省の利益につながっていたとして、批判されたと報じている。国軍につながりのある企業は国際的な非難を受けるため、この事業もやり玉に上がっている。そして同事業には「日本政府が95%を出資する海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)」や日本の民間企業なども参画していたが、国軍の人権蹂躙を理由に、つい最近、一時中止に追い込まれたという。

 またAFP通信は3月1日に、北東部シャン州で水力発電用ダム建設事業を進めていた国際企業連合が、国軍によるクーデター発生を受け、プロジェクトを一時中止したと報じた。理由は、国軍と関わるプロジェクトだからだ。同記事によれば、このダム建設事業には、日本の丸紅も参加していた。そんなことから、丸紅も批判の対象になった。

●ミャンマー市場と距離を

 米国のアントニー・ブリンケン国務長官は、国軍を支援する事業や外国企業に、事業などへの関与を「見直すべきだ」と発言しているため、欧米諸国はこの流れには逆らえないかもしれない。

 英監視団体の「ビルマリポート」は、国軍と関係している企業を名指しで公開しており、日本企業も数多く登場する。そこにはここまでに触れた、キリンや丸紅、さらに中小企業も批判の対象になっている。

 もちろん、11年の民政移管の際に開かれた市場として、世界からの期待は大きく、これまで日本企業が進出してきたことは批判されるべきことではない。しかもミャンマー国内で大きな事業をするとなれば、国軍の存在は無視できないため、軍との関係が避けられない場合もあったはずだ。

 だが、クーデターで状況は一変した。そして、クーデター前のような状況に戻る可能性は当面ないだろう。ミャンマーでビジネスを展開すれば、国際社会からの批判がついて回る。またこれから、米バンデン政権や欧州各国が、対中政策などで人権問題を取り上げる場合が増える。そうなれば、ミャンマー国内の人権問題も俎上(そじょう)にのせるだろう。

 日本企業は、残念ながらミャンマー市場と距離を置いていくしかないだろう。国軍が引き起こしたクーデターによる混乱はあまりに大きいということだ。

(山田敏弘)