「このままじゃ、遅刻してしまうっ!」――。

 映画やドラマなどでパンをくわえながら、出社(または通学)するシーンを目にしたことがあるのでは。よーく見ると、パンの枚数はだいたい1枚である。

 「そー言われてみると、確かに。で、それが何か?」と思われたかもしれないが、多くの人は朝食に食パン2枚ではなく、1枚しか食べていないのでは? そんな疑問をきっかけに製品を開発し、大ヒットにつなげたホットサンドメーカーがある。その名は「ホットサンドソロ」だ。

 開発したのは、新潟県燕市の金属メーカーである杉山金属が県内のデザイン会社などと立ち上げた「燕三条キッチン研究所」。2019年10月に販売したところ、巣ごもり需要やキャンプブームなどの影響を受け、売れに売れている。工場は休日返上で稼働しているものの、注文数に追いつかない状況が続いているのだ。

 ホットサンドソロの使い方は簡単である。フタを開いた状態のままにして、焼き型の上に食パン1枚を置き、ハムやタマゴといった好みの具を載せたら、折り畳んでフタを閉めるだけ。あとはコンロなどの火にかけて、片面2〜3分ずつ焼けば、食パン半分サイズのホットサンドができあがる。

 たい焼きを一匹ずつ焼くことを「一丁焼き」「天然もの」などと呼ばれているが、このホットサンドソロも同じような形状をしている。一般的なホットサンドメーカーの場合、使うパンは2枚である。焼き型の上下に食パン1枚ずつをセットするわけだが、なぜ同研究所は“一丁焼き”のような商品を開発したのだろうか。

 開発を担当した杉山金属の小川陽介さんに話を聞いたところ、「朝食の量として、食パン2枚は多いのではないか。周りの人にも聞いても、1枚派がほとんど。1枚のパンを使うホットサンドメーカーはなかったので、つくってみたらおもしろいかも」といった発想からスタートした。

 ド素人の筆者はこの話を聞いたとき、「ま、2枚焼きのところを1枚にするだけなので、簡単でしょ」と思ったが、試作品をつくってはダメ、試作品をつくってはダメを繰り返すことに。むむ、プロが手を動かしても、そんなに難しいことなのか。

 「一号機として、3枚のハネの上に食パンを載せ、それを折り畳んでセットするモノをつくりました。いわゆる“観音開き”のような形なので、見た目のインパクトはあり。しかし、そのフタを開ける際、取っ手の部分が熱くなるので、トングなどを使わなければいけません。この試作品でつくったホットサンドの味はよかったのですが、使いやすさの点で問題があったので、製品化を断念しました」(小川さん)

●開発に苦労

 その後もいろいろ試したものの、一般的な「上下2枚構造で開発しよう」という結論に。しかし、パンを折り畳むところで、困難が待ち受ける。畳んだ際に、パンがちぎれたり、具がこぼれ落ちたり。この問題をなかなか解決できなかったので、「食パンを半分に切って、挟んでみるのはどうか」といった意見も出てきた。

 しかし、その案は却下。2枚焼きホットサンドメーカーは、1枚ずつ挟んで焼く。同じように1枚のパンを半分に切って、具を挟んで焼けばそれなりのモノはできるだろう。しかし、である。「それだと、開発する意味がない」(小川さん)ということで、次の案を考えることにした。

 ありそうでなかったモノを開発するのは、簡単そうで難しい。「ああでもない、こうでもない」とさまざまなアイデアが浮かんでは消えていくなかで、ある意見に耳を傾ける。「ロールケーキの生地のように、パンを丸めてみるのはどうだろうか」と。開発メンバーからも「それは、おもしろそう」という声が出て、早速つくってみることに。

 丸めるためには、焼き型の深さをどうすればいいのかという問題があった。深すぎるとうまく焼けなかったり、浅すぎると中身がこぼれてしまったり。深さを0.1ミリ単位で調整していき、何度も何度も折り畳んで、食パンがちぎれにくくうまく焼ける構造を見いだしたのだ。

 残る問題は、フタを閉めたときに中身がこぼれること。「フツーにフタをパタンと閉じれば、具はこぼれずにうまく焼けるのでは」と思われたかもしれない。大阪名物「イカ焼き」のように、鉄板の上にイカと生地を流し込んで、上からプレスするアノ構造である。イカ焼きの場合、この方法でうまく焼くことができるが、ホットサンドメーカーになると、話が違ってくる。ロールケーキのように丸めているので、チカラを加え過ぎるとパンはちぎれてしまい、弱すぎるとパンが元の形に戻ろうとする。

 ちょうどいい塩梅を見つけるのは難しく、開発チームはチカラ加減ではなく、形状に着目する。「波型」だ。たがい違いに重なる波型によって、閉じ口がストッパーの役割に。パンのフチを波型に焼くことができるので、具をしっかり閉じ込めることに成功したのだ。

●“ホット”な人気は続きそう

 さて、商品は完成した。2019年10月に発売したわけだが、売れ行きはどうだったのだろうか。「まったくダメでした。月に数台しか売れないことも」(小川さん)。そんな状態が半年ほど続き、翌年4月、購入者がTwitterでホットサンドソロを紹介したところ、大量の「いいね」がついた。

 その後、店頭でもECサイトでも注文が殺到し、400〜500台の在庫があっという間になくなってしまう。現在は数量限定で予約を受け付けているものの、すぐに完売してしまう状況で、この“ホット”な人気はしばらく続きそうだ。

 ところで、大阪出身の筆者として、気になることが一つある。全国的に食パンは「6枚切り」が主流だそうだが、関西は違う。厚めのパンを好む傾向があるのだ。敷島製パン「超熟」の売り上げを見ると、関東では「6枚切り」が57%を占めているが、関西では「5枚切り」が46%で最も多い。

 Jタウンネットが実施した調査でも、興味深い結果が出ている。何枚切りのパンが好きですか? という質問に対し、「5枚切り」(28.7%)と「6枚切り」(26.3%)は拮抗しているが、筆者が気になったのは「4枚切り」である。なんと、19.4%もいるではないか。

 ホットサンドソロで「分厚い4枚切りのパン」を焼くことができるのかどうか聞いたところ、「新潟県民の多くは6枚切りを食べているはず。個人的に4枚切りを食べたことがなくて、商品はその厚さに対応できる設計になっていません」(小川さん)とのこと。

●「身近にあったらいいな」という発想

 ちなみに、杉山金属では「たこ焼き工場 トントン」という商品がある。たこ焼きの生地をつぼの中に流し入れて、スイッチを入れると「自動返し運転」によって、まん丸のたこ焼きができるというものだ。「新潟県ではたこ焼きをつくる食文化がないので、地元でたこ焼きパーティーをやっても、みんなうまく焼くことができないんですよね。関西人のようにうまくつくるにはどうしたらいいのか、といったところからスタートして、商品を完成させました」(小川さん)

 「ありそうでなかった」ところから、商品が次々に生まれてきたわけだが、さて次は? 大阪の人が「お、これおもろいやんけ」と思わず手にとってしまう一品を期待してまっせ(関西弁で失礼)。

(土肥義則)