クルマの電動化について、本質を理解して本気で立ち向かっている人は、果たしてどれだけいるのだろうか。そもそも現況の厳しさを本気で理解している人は、どれだけいるのだろうか。

 そう思ったのは、トヨタ自動車の豊田章男社長が自工会会長として3回に渡って、日本の自動車産業の危機を訴えた会見を見たからだ。ここまで悲痛なメッセージを発信しているのは、それだけ事態が深刻だからという見方もできる。

 目標を掲げることは誰でもできる。問題は「正しい方法で、その目標に向かってどれだけの努力ができるか」ではないか。

 緊急事態宣言のように、「発令すれば国民が従ってくれる、大した罰則がなくても自粛してくれるだろう」という、能天気とも思えるような政策しか打ち出せない政権だからこそ、コロナ対策においてもワクチン確保や接種において世界から遅れてしまうのでは、そんな思いさえしてしまう。

 我々は、電動化=脱エンジンだと思い込んでしまう、短絡的な発想しかない指導者たちを嘆くしかないのだろうか。それとも日本の政治家たちは、日本の産業構造を一気に変えるようなことができると思っているのだろうか。

 しかしながら落ち着いて考えてみれば、確かに変革は必要だ。豊田章男会長も、「自動車産業は100年に1度の大変革に見舞われている」と断言している通り、今ここで日本の産業構造を変えなければ、かつての半導体の二の舞いになる。そこで自動車産業を日本の基幹産業として存続させるためには何が必要なのか、ここで考えてみたい。

●日本国内生産の問題点は解消できるのではないか

 日本の製造業が弱体化した理由の1つは、人件費の負担が大きかった。日本製品は高品質だがその分高価であり、新興国の安価な製品に押されて価格競争となり、収益を圧迫して業績が低迷した。

 日本製品が高価な理由の1つとして、人件費が高いとよくいわれた。しかし、果たして本当にそうだろうか。

 今振り返ってみれば、それは正確な情報ではなかったように思える。正しくは開発の工数が多く、人件費も十分にかけて製品化していたから、販売価格もそれなりに高くなった。それくらい日本のモノづくりは慎重であり、長年の試行錯誤や実績を積み重ねて高品質な製品作りを行ってきたのだ。

 また別の見方をすれば、日本はバブル崩壊以来20年近く、ほとんど賃金は上昇していない。かつては世界の工場といわれた中国では、その間に2倍以上に上昇している。アパレルなどは中国ではコストが合わなくなり、カンボジアやミャンマーへと工場を移転したのは、記憶に新しいところだ。つまり日本と中国での生産コストは確実に縮まっている。

 それに生産工場では自動化が進んでおり、そもそも作業員の数を必要としなくなっているところも多い。産業ロボットも日本のお家芸であるから、人員の適正配置を追求して生産をより効率化することにより、さらに生産コストは圧縮されつつも日本製ならではの高品質なモノづくりを行なえる。これにより人手不足の解消と生産技術の継承、そして国内生産による経済の活性化という一石三鳥さえ狙えるのである。

 それを実現するためには国を挙げてのバックアップが不可欠である。クルマを主体とした製造業の国内回帰を高め、産業の空洞化を食い止めると共に、再び製品の輸出で外貨を稼げる体質に改善するために、規制緩和や補助金の新設、工場用地の斡旋(あっせん)など、やれることはたくさんある。工場用地の問題にしても、現在メガソーラーを展開している場所に工場を建設し、工場の屋上に太陽光パネルを装着すれば、従来の発電量を維持することができるだろう。

 日本の工場のほとんどに補助金を出して太陽光パネルを取り付けさせれば、生産時の電力によるLCA(ライフサイクルアセスメント=生産時からリサイクルまでを含めたCO2排出量)の問題による炭素税などの課税問題はクリアできる道筋ができるハズだ。

 関税の問題で現地生産を余儀なくされる部分は残っているものの、LCAによって関税自体が緩和されれば、日本からの自動車輸出、すなわちクルマの国内生産は維持できるようになる。

 実際、日本メーカーの国内生産の高品質な製品は、世界でも見直されつつある。デニムやタオルなどの紡織製品だけでなく、時計や光学機器などの精密機械製品に続き、クルマも日本メーカーの日本製が世界中で評価されるようになるだろう。テスラが中国生産のモデルで品質問題を起こしているのは、テスラ自身の問題と中国工場における品質管理の問題が複雑にからみ合っている。

 クルマは、環境性能や安全性も非常に需要だが、その根底には個体差の少ない安定した生産技術が保証されるものでなくてはならない。急ごしらえのEVベンチャーには、まだその部分の熟成や必要性について認識の甘さを感じさせる。ホンダやマツダが中国の電池メーカーとも交渉しつつも、まずは日本製のリチウムイオンバッテリーを搭載したように、安全性や信頼性を最優先している日本メーカーの姿勢は、これからも世界で評価されるだろう。

●国内における水素の利用はどうあるべきか

 このところ再び水素利用に対する議論も熱くなってきた。燃料電池による電動車としての利用だけでなく、ガスタービンの燃料利用、そしてクルマの内燃機の水素燃料化など、エネルギーとしての水素利用が、いよいよ本格化しそうな気配さえ感じられる。

 水素は地球に無尽蔵にあるエネルギーなどという触れ込みは眉唾モノ(水素は燃料にはなるが、作り出すにはそれ以上のエネルギーが必要だ)だが、電力を作り有効活用しようという考えの中に、水素を蓄電デバイスとして利用するのは理に適っている。水素燃料電池がそもそも水素を蓄電に利用しているものだからだ。しかも作られた水素は発電用エンジンで燃やしても、走行用エンジンで燃やしても、エネルギーとして利用できる価値は変わらない。

 川崎重工が液体水素運搬船の造船を進め、オーストラリアで褐炭(低質な石炭)から取り出される水素を輸入しようという動きもある。だが海外で作られた水素を輸入するのは、炭素クレジットを購入するのと意味合いは同じだ。水素はクリーンなエネルギーという触れ込みを利用するなら、海外から購入したり、天然ガスから取り出したりする(この時にCO2が発生する)だけでは意味がなく、あくまで国内でグリーン電力によって水素を生産するようにすべきだろう。

 再生可能エネルギーについては、今は地熱発電を進められる機会ともいえる。日本はプレートの境界が集まることで地震が発生しやすい地域となっているが、その一方で海洋資源や地熱資源は非常に豊富だからだ。

 コロナ禍で観光客が激減した温泉地帯に、その既得権益の一部を譲渡してもらう、あるいは長期にわたって貸与される形で、これまで頓挫した地熱発電設備の建設を進めるのだ。温泉街には長期間安定した収入が得られることになり、しかも実際には温泉が枯渇するわけではないのだから、再び観光客が戻れば温泉街は活気づいて、国内景気を底上げすることにつながるだろう。

 温泉によっては源泉の温度が高過ぎて、湯畑で冷ましている。これも温泉街の名物ではあるが、現代で考えればエネルギーの無駄遣いともいえる。その前の源泉で温泉発電に利用することもできるが、地熱発電により温泉の圧力や温度が下がれば熱を捨てる必要がなくなり、一挙両得になることも考えられる。

 地熱発電や潮流発電によって水素を作り、それを他の動力機関で利用するのが、日本の水素利用のあるべき姿ではないだろうか。

●中小企業の地道な努力は、日本の見えない財産だ

 エンジン車から電動車への変換を余儀なくされる中で、日本の自動車産業が危機に立たされていることを肌身に感じたのは、群馬県に本社を持つサンデンが中国企業に買収されたことも大きい。

 かつてサンデンはカークーラーでは一世を風靡(ふうび)したブランドである。しかし独立系の自動車部品メーカーは、このコロナ禍により一気に業績が悪化し、2018年からの3年間で黒字から赤字へと営業利益がひっくり返ってしまった。

 中国のハイセンスからは200億円以上の資金援助を受けるとはいっても、日本の金融機関が630億円もの債務を免除し金融支援もするのは、群馬県の地場産業をこれからも支えてくれるという期待を込めてのこと。ハイセンス側にそうしたサンデンや地元銀行の期待がどこまで伝わるか、見守っていきたいところだ。

 気候変動により、空調機器はクルマだけでなく家庭や店舗、工場にとっても必要不可欠なものとなっている。サンデンはコロナ禍による減産がトドメを指した格好だが、同社の高い技術力は、自社のノウハウだけでなく、小さな部品の一つ一つに込められた下請け企業の努力によっても支えられている。それらを抜きにして技術だけを継承しようとしても、ほころびが生じることになる。また元請けの買収により、日本の中小企業が消滅してしまったら、そうしたモノづくりの伝統も失われてしまうのだ。

 ちなみにハイセンスは、東芝のテレビ事業も買収して家電製品においては着実に売り上げを伸ばしている。昨今の自動車電動化の流れで、自動車事業も強化する狙いでサンデンへの出資を決めたようだ。

 どちらにせよ外資に日本の製造業を売り渡し、第2第3のサンデンを生むことは、日本の自動車産業が決定的なダメージを負うことにつながるから、避けるべきは明白だ。日本政府は声だけでなくアクションを起こし、日本の産業界を守り活性化するために最大限の支援を行うべき状況にある。

 台湾はそうした政策をすでに実施しており、着実に成果を上げている。日本にも優れたところはたくさんあるのだから、今ならまだ間に合うと、筆者は思っている。

(高根英幸)