数年前に日本に上陸し、「中国ITすごい」の代名詞になったシェア自転車をご記憶だろうか。

 短期間で中国の道路を埋め尽くしたが、崩れ落ちるのもあっという間で、日本からもいつの間にか撤退していた。

 その後、日本のニュースでシェア自転車が報じられることはほとんどなくなったが、当時は伏兵扱いだったハローバイクが4月下旬、米ナスダックに上場申請し、話題になっている。

●福岡、札幌、和歌山に進出も、過去には「無言」撤退

 中国のシェア自転車は、2016年ごろ突然勃興した。スマホのアプリから近くにある自転車を探し、ロックを解除して利用する。利用時間に応じて決済アプリから自動で支払いが行われ、好きな場所に乗り捨ててOK。ユーザーにとっては便利なことこの上ない。

 北京大学発ベンチャーのofoが“開拓”したシェア自転車市場には次々にスタートアップが参入し、17年に入ると北京、上海など主要都市には色とりどりの自転車が大挙投入された。

 業界の2強だったofoとモバイク(摩拜単車)は16年末、それぞれ世界200都市に進出する目標をぶちあげ、モバイクは17年に福岡に日本法人を開設し、札幌で事業を始めた。対するofoは18年3月に和歌山に進出した。

 だが、この頃すでに中国では、体力のない企業から倒産が始まっていた。各社は競合を潰して市場シェアを高めることを優先し、採算はその後に考えるという姿勢だった。

 収入はシェア自転車の利用料のみだが、それも競争が激しいため上げられない。乗り捨てOKというモデルは、自転車の盗難や破損にもつながる。自転車の製造コスト、メンテナンスコスト、さらに放置自転車の移動や整理で赤字は膨らむ一方で、外部から資金調達できなければ即死する運営体制でもあった。

●海外進出のofo、モバイク横目に地方展開

 中規模企業が次々に破たんし、ofoとモバイクが死闘を繰り広げていた17年当時、ハローバイクの影は薄かった。

 ofoとモバイクは海外に打って出たことで日本のIT業界でも脚光を浴び、メルカリなどが類似サービスを始めるなどちょっとしたブームになったが、今から振り返ると業界全体が酔っぱらっていた状態だった。

 一方、杭州市で創業した後発のハローバイクは、一気に規模拡張できる体力がなく、競合の少ない地方都市にサービスエリアを広げていた。18年に入りofoやモバイクが資金難に直面するのとは対照的に、堅実な運営を続けていたハローバイクは、アリババの金融子会社アント・グループから複数回にわたって資金を調達し、アリババグループの強力な後ろ盾を得ることとなった。

 そして同年3月、同社はアントの信用スコア「セサミ・クレジット(芝麻)」の点数が650以上のユーザーを対象にデポジット(保証金)を免除すると発表した。

 中国は物を借りたりサービスを利用するのに、比較的高額のデポジットを払うカルチャーがある。ホテルでもチェックインの際に宿泊料以上のデポジットを要求されることが多い。

 シェア自転車もデポジット制度を導入していたが、運営企業の管理がずさんで、企業が経営破たんした際に返金されないことが社会問題化していた。

 セサミ・クレジットはAIで消費者の信用を算出し、スコアが高い人にはさまざまな優遇措置を提供してきた。ハローバイクはアント・グループの一員となることで、シェア自転車業界ではいち早くデポジット免除を実施し、他社のユーザーを奪い取ることに成功した。

●電動バイクなど多角化、なお赤字

 では、ハローバイクのビジネスは採算に乗ったのか。答えはイエスでもあり、ノーでもある。

 同社の売上高は、18年が21億1400万元(約350億円)、19年が48億2300万元(約820億円)、20年が60億4400万元(約1020億円)と順調に拡大している。

 一方、純損益は18年が22億800万円(約370億円)の赤字、19年が15億400万元(約250億円)の赤字、20年が11億3400万元(約190億円)の赤字で、依然として赤字が続いている。

 シェア自転車業界はブームの頃から「シェア自転車だけでは採算が成り立たず、別の収益の柱が必要」といわれてきた。

 ハローバイクはシェア自転車事業に「電動自転車」を追加し、19年にはアント・グループ、世界最大の車載電池メーカー・寧徳時代新能源科技(CATL)と共同で、電動自転車向けバッテリー交換ロッカーの運営を始めた。さらに、自動車の相乗りサービスにも進出。

 相乗りサービスは滴滴出行(DiDi Chuxing)の一強市場だったが、同社が19年に重い行政処分を受けたため、その間隙を縫って成長しハローバイクは業界2位まで伸びている。

 そして今年4月、同社は自社製造の電動バイクを発表した。ネットとつながりスマートフォンと連携できるのがウリで、コネクテッドEVのバイク版といったところだ。

 空前のブームと秩序なき大乱戦から5年を経て、シェア自転車は確実に市民の足として定着した。ハローバイクの成長性については賛否両論あるが、とりあえずは外出全般を事業領域とする青写真を描き、実行し、上場までの道筋をつけたといえる。

●モバイクは消え、ofoは事実上の倒産

 ちなみに今のシェア自転車業界は、ハローバイクとDiDi傘下の青桔単車が首位争いをし、美団単車が追う構図となっている。美団単車=旧モバイクだ。モバイクは18年に出前アプリ業界首位の美団に救済され、20年には社名から「モバイク」が消えた。

 業界リーダーのofoはどうしているのか。大手の傘下に入り損ねた同社は19年に何度も倒産説が浮上し、ユーザーからはデポジットの返還を求められながらも何とか存続していた。19年から20年にかけては、シェア自転車企業からEC事業者への脱皮を図っていた。

 今も同社は存続しているが、SNSの公式アカウントやコールセンターは動いておらず、代表者も空白のままで、世間的には「倒産した」と見なされている。

 20代の起業家としてフォーブスのランキングにも掲載された創業者の戴威氏は、ofoが債務を返還していないことから、18年に裁判所から飛行機や列車の上級座席、高級ホテルの利用、不動産の購入などを制限され、今どこで何をしているのかは長らく報道がない。

(浦上早苗)