5月17日、日本全国の「働かない50代おじさん」を震かんさせるショッキングなスクープが飛び込んできた。

 なんと、日本を代表するものづくり企業、パナソニックが「成果の乏しいロートル社員」(ダイヤモンド・オンライン 5月17日)をターゲットとした大規模なリストラに踏み切る、とダイヤモンド編集部が同社の社内資料を入手してスッパ抜いたのだ。

 これは正確には既存の早期退職制度の退職金を割増した「特別キャリアデザインプログラム」と呼ばれるもので、50代は割増度合いが高く、その上限は4000万円にもなるという。ここまで大盤振る舞いをしてでも早期退職を募るのは、バブル世代を中心とした「働かない50代」が社内に居座り続けることが問題視されていることの裏返しだ、とダイヤモンド編集部は報じている。同社には早期退職制度があったものの、ここまで全社的なものは珍しいという。

 ご存じのように、パナソニック創業者の松下幸之助氏は戦前の世界大恐慌時、従業員のクビを切ることなく危機を乗り切って会社を成長させた“偉人エピソード”から、「日本の終身雇用の生みの親」などと評されている。そんな「ザ・日本企業」までがついに「働かない50代」を排除する動きが加速してきたことには、ネットやSNSでは賛否両論ある。

 「さすがに4000万円ももらえるのは一部だろうが、もし自分がこれだけいい条件を示されたら二つ返事で応じるよ」とうらやましがる声もあれば、「働かない50代を問題視というが、社員の力を引き出せないのは経営者の責任だ、理不尽すぎる」なんて批判的な見方もある。確かに、勤続30年なんて感じで人生を捧げてきた企業側から「そろそろ第二の人生を」なんて言い渡されてしまうことは、気の毒としか言いようがない。

 が、これは日本経済にとっては悪い話ばかりでもない。パナソニックのように誰もが知る名門企業が「働かない50代」に厳しいスタンスを世に示せば、日本社会にいまだにビタッとこびりついている「終身雇用は日本文化」という「妄想」を打ち砕くことが期待されるからだ。

●「勤続30年」はマイノリティー

 なんてことを言うと、「はあ? なにバカなこと言ってんだ!」と怒りでどうにかなってしまう人も多いだろう。日本人の一般常識では、戦後に日本企業が成長できたのは、終身雇用・年功序列という、いわゆる「日本型経営」のおかげということになっている。実際、「終身雇用があったから日本の労働者はクビの不安がなく一致団結できた」「日本の技術力が高いのは終身雇用で企業内にベテランが多くいたからだ」といった“自画自賛”を皆さんも一度は耳にしたことがあるはずだ。

 ただ、残念ながら、これは事実ではない。先進国のGDPは人口に比例するので、米国に次いで人口が第2位の日本が、米国に次いで第2位のGDPになるのは当然である。そんな数字に基づいた科学的な現象を、日本人が喜びそうな精神論・根性主義的なストーリーで後付け的に説明してしまっただけだ。

 データを客観的に見れば、実は大多数の日本人労働者は「終身雇用」の恩恵を受けていない現実が浮かび上がる。内閣府の「日本経済2017−2018」によれば、学校卒業後に就職して会社に定年まで勤める、いわゆる「一企業キャリア」を歩む人がどれほどいるかを以下のように紹介している。

 『就業経験のある男性の79%は初職が正規であるが、そのうち一度も退職することなく「終身雇用」パスを歩んでいる男性(退職回数0回)は、30代で48%、40代で38%、50代で34%である』

 「退職回数0回」の正社員男性に対して、「退職回数2回以上現在有業」「退職回数2回以上現在無職」など、転職を繰り返している男性は同じくらい存在している。また、最初の会社を非正規で働き始めた男性にいたっては、「退職回数2回以上現在有業」が圧倒的なボリュームを占めている。

 つまり、強みだ文化だというわりに「勤続30年」なんてのは日本の労働者の中でマイノリティーなのだ。

 また「我が国の構造問題・雇用慣行等について」(平成30年6月29日 厚生労働省職業安定局)の「賃金が低迷している背景(3)ー1:日本的雇用慣行の変化」というページには、『若年期に入職してそのまま同一企業に勤め続ける者(以下「生え抜き社員」)の割合をみると、2016年時点で大卒正社員の5割程度、高卒正社員の3割程度を占める』と記されている。これは裏を返せば、大卒の半分、高卒の7割は厳密には「終身雇用」を歩んでいないということだ。

 もちろん、この傾向は業種・学歴によって大きな「格差」がある。前出ページのグラフを見ると、「金融業・保険業」の大卒の「生え抜き社員」(正社員)は8割近くいるが、これが高卒だと3割強まで落ち込む。また、「製造業」は大卒・高卒ともにそれほど変わらず50%程度だが、「医療・福祉」になると大卒でも40%を下回り、高卒などは10%強にとどまっている。

●早期退職に4000万円も払える会社

 われわれは何かとつけて「終身雇用は日本文化」「終身雇用が日本を強くした」と叫んでいるが、実はその理想通りのキャリアパスを歩んでいる労働者はほんのひと握りしかいないのだ。

 というと、「昔は違った」「日本が輝いていた時代は企業も終身雇用を守っていた」とか言い出す人も多いが、このような「理想と現実のギャップ」は実は高度経済成長期から存在していた。口では「終身雇用は日本文化」を叫びながらも苦しくなると、言い訳を並べてサクッとクビを切っていた。

 25年前のデータからも、それがうかがえる。旧労働省が約6000社を対象に、1996年1月時点で調査をした「平成8年雇用管理調査結果速報」によれば、「終身雇用慣行を重視する」と回答した企業はなんと18.9%にとどまっており、それに対して「終身雇用慣行にこだわらない」は50.5%もいた。

 このような企業のスタンスは40年前も50年前もそれほど大きく変わっていない。確かに、バブル期は企業も業績がいいので失業率は下がったが、それ以前はオイルショックなどの不況がくるたび企業は人員削減に踏み切っていた。「終身雇用」はスローガンとは別に水面下では、本音ベースのリストラが行われていたのだ。

 では、なぜこんな「本音と建前」の乖離(かいり)が起きてしまうのか。まず大きいのは産業構造だ。実は「日本企業」といっても、早期退職に4000万円も払えるパナソニックのような大企業は、日本にはわずか0.3%しかない。

 日本企業の99.7%を占めて、日本人労働者の7割が働いているのは、中小零細企業である。

 大企業は松下幸之助が言ったように終身雇用をキープできるが、資金力もない中小零細企業では難しい。大企業ならば、仕事をしないでふんぞりかえっている管理職を食わせてやることができるが、中小零細企業では露骨に肩たたきにあってしまうのだ。

 と聞くと、「ウチは小さな会社だが、定年まで面倒を見てくれるぞ」と気分がを害された方も多いだろうが、そのような個別の話ではなく、日本企業の99.7%を占める「中小零細企業全体」を見た場合、「そもそも終身雇用をしていない企業がかなり存在する」という事実を指摘したいだけだ。

 それがうかがえる調査もある。東京都が中小企業1407社を対象に行った「令和2年 中小企業の賃金・退職金事情調査」によれば、退職金制度があるのは927社で65.9%。つまり、残りの35%近くは、大企業にお勤めの方のような退職金制度がない恐れがあるのだ。

●旧ソ連の「計画経済」に憧れ

 「終身雇用」という制度において、退職金が非常に大きな役割を果たしていることは説明の必要がないだろう。新卒から30代くらいまでは薄給でも、50代から高給になって定年時の退職金でガッポリもらえる「報酬の後払い」が、終身雇用というシステムを機能させてきたのだ。

 しかし、今見たように、中小企業にはその退職金がない会社もある。あったとしてもパナソニックのような大企業とは比べ物にならないほど少ない。そんな中小企業で労働者の7割弱が働いているこの国で、「終身雇用は日本文化」と言えるのか。労働者の中で転職を繰り返している人がかなりボリュームを占めているこの国で、「終身雇用のおかげで技術力が磨かれた」というのは事実なのか。

 ぶっちゃけ、かなり眉唾な話だと思わないか。

 さて、そこで皆さんが気になるのは、「だったらなぜ日本人は終身雇用が日本の強みというストーリーを無条件に信じ込んだのか」だ。

 これには、いろいろな意見があるだろう。「日本が欧米と比べものにならないほどコロナ患者が少ないのは、要請だけでも自粛やマスク着用に従う日本人の生真面目さのおかげだ!」という戦時中のタケヤリ理論をほうふつさせる精神論がいまだに政府やマスコミが唱えていることからも分かるように、日本人は「根性」「気合」で困難を乗り越えるストーリーが大好物だ。

 また、大坂なおみさんが活躍すると「日本のテニスは世界レベル」などと騒ぐように、一部の人の功績を日本全体の功績にすり替える悪いクセもある。このような国民性が、一部大企業のシステムを「日本文化」だと誤解させた可能性もあるのだ。

 ただ、筆者はそれだけではなく、日本の戦後経済を牽引した人たちが抱いた、旧ソ連の「計画経済」への強い憧れも大きいのではないかと思っている。

●ソ連の計画経済をアレンジ

 実は現代のわれわれからすれば、旧ソ連はインチキ統計や国営企業の腐敗だらけの崩壊した国家というイメージだが、戦前から1970年代あたりまでは「資本主義の限界を超えたイケてる国」というイメージがあった。日本のマスコミが昔、北朝鮮を「地上の楽園」と持ち上げたように、経済的にも成功モデルだと思われていた。

 だから、戦前・戦中の指導者層やエリートはソ連のシステムを好んで真似た。実はその最たるものが「終身雇用」だ。これは松下幸之助氏が発明したものではなく、旧ソ連のスターリンが28年から始めた「計画経済」の必要不可欠な政策だった。国が経済発展を計画的に進めるためには、国民が自由に動き回られたら困る。そこで労働者を一つの企業に縛り付けて、一生涯同じ仕事に従事させるシステムもつくった。つまり、計画経済と終身雇用は表裏一体の関係なのだ。

 世界大恐慌を乗り切ったことで、この計画経済は高く評価され、そこに食いついたのが、日本の軍部だった。

 39年に制定された「国家総動員法」のなかにある「会社利益配当及資金融通令」や「会社経理統制令」で株主や役員の力が剥奪され、国のコントロールのもと、とにかく生産力をあげるために企業という共同体に国民を縛り付けておく手段は、ソ連の計画経済を日本流にアレンジしたものだ。

 もちろん、民間の経済人もこのトレンドに乗った。それが松下幸之助氏だ。終身雇用を唱えたのは29年、「計画経済」という最先端の経済政策を進める旧ソ連の影響があったと考えるのが妥当だ。

 「そんなのは貴様の妄想だ」と御立腹の松下信者も多いだろうが、松下幸之助が「計画経済」の影響を色濃く受けている動かぬ証拠がある。それは「5カ年計画」だ。日経新聞の「私の履歴書」を引用しよう。

 『松下電器の再建もようやく軌道にのってきた昭和31年(1956年)、私は松下電器の5カ年計画を発表した。会社は5年後、こうなるのだ、このようにするのだ――と目標を定めて経営のカジをとっていくことは、いまでは当たり前のことになっているが、そのころ、国や行政官庁ならともかくとして一企業体で、将来の目標を外部に堂々と発表するようなところはなかった。しかし私は"向こう5カ年間に売り上げを4倍にしよう"と1月10日の経営方針発表会の席上で発表したのである。これにはみんなびっくりした。"ほんとうにそんなことができるのだろうか"とみんな半信半疑であった』(日本経済新聞 2011年11月24日)

 この後、松下幸之助氏は、1世代が事業に携わることができる25年を一区切りに、10回繰り返すことで素晴らしい世の中を作っていく「250年計画」という壮大な計画を立てたことで知られている。さすが「経営の神様」とうなる人も多いだろうが、実はこの「5カ年計画」という組織マネジメントを国家として最初に掲げたのが、ほかでもない旧ソ連なのだ。

●「50代狙い撃ちリストラ」は象徴的な出来事

 断っておくが、松下氏を否定しているわけではない。戦前の革新官僚、戦後の鳩山一郎内閣など日本の指導者層が旧ソ連の「計画経済」の影響を受けているのは、歴史家が認めていることで、それ自体はなにも問題ない。

 ただ、「終身雇用は日本文化」「終身雇用こそ日本の強み」という感じで日本オリジナルのものだと思われていることが、実は旧ソ連の「計画経済」をベースにしたものだと指摘したいだけだ。

 松下氏らに大きな影響を与えた「計画経済」が時代の変化で通用しなくなったことは、旧ソ連の崩壊が全て物語っている。そう考えれば、「計画経済」と表裏一体の「終身雇用」が立ち行かなくなってしまうのも当然のことなのだ。

 しかし、残念ながら人はどうしても「これまでのやり方が通用しない」という現実をなかなか受け入れられない生き物だ。原点に立ち戻るべきだ、若い人間のやり方が悪い、なんて感じで「古いシステム」に固執する。

 これを打破するには、多くの日本人に「もうこの旧ソ連型経済システムは通用しないんですよ」ということを理解していただく必要がある。終身雇用の父・松下幸之助のDNAを引き継ぐパナソニックが「50代狙い撃ちリストラ」するなんてのは、まさしく象徴的な出来事ではないか。

 実はわれわれが意識していないだけで、日本企業には終身雇用以外にも「計画経済」を引きずっている慣習が山ほどある。

 過剰なノルマ主義、帳尻合わせ的な統計不正、仕事の成果より無欠勤が評価されるカルチャー、定時出社への異常なこだわり、そして「上級国民」などと呼ばれる一部の特権階級が低賃金労働者を搾取する……など日本企業の問題は、すべて旧ソ連の国営企業で起きた問題を忠実に再現している。

 いいかげんそろそろ、日本企業は戦前から続く「社会主義の呪い」を断ち切らなければいけないのではないか。

(窪田順生)