新型コロナウイルスの影響は教育業界にも及んでいる。大学では従来の対面授業からZoomやGoogle MeetなどのWeb会議ツールを用いたオンライン授業へと切り替えるところも多い。

 こうなってくると、懸念されるのがネットワーク負荷の増大だ。1コマ90分の授業を動画によって相互にやりとりするとなると、1人あたり1Gバイト以上のデータ消費量になることも珍しくない。特に学生側の負担は大きく、大学側がモバイルルーターを貸し出すなどの対応策に迫られた。

 一方の大学側にとっては、授業のオンライン化によって一部で当初にサーバがダウンしてしまう問題は起こったものの、すぐに増強され、その後はスムーズにオンライン授業への移行が進んだとみられる。その背景には、日本全国の大学の学術ネットワークを支える基盤である学術情報ネットワーク「SINET」の存在があるのだ。SINETは国の研究組織「国立情報学研究所(NII)」が開発、運営するもので、900以上の大学・研究機関が加入している。同研究所の漆谷重雄副所長に、SINETの現状と課題を聞いた。

●50Gバイトのブルーレイのデータが1秒で転送可能

 インターネットの歴史自体、もともと大学・研究機関同士を結ぶネットワークから始まっていることをご存じだろうか。SINETもこの歴史の流れを受けて形成されたもので、定期的なバージョンアップがなされていて、2016年4月以降は「SINET 5」というバージョンになっている。

 「SINET 5」では、全国で100Gbpsの高速ネットワークを実現している。家庭用インターネット回線の最大が現在は10Gbpsだ。100Gbpsというだけでも規格外である一方、「SINET 5」の東京〜大阪間では何と4倍の400Gbpsの高速通信を実現している。これは50Gバイトのブルーレイディスクのデータが1秒で転送できる速さだ。

 また、「bps」という通信容量の単位は速度だけでなく、回線の太さそのものも表している。20年のコロナ禍の時点で、「SINET 5」による「全国100Gbpsの通信回線」が備えられていたことは、大学のオンライン授業化が円滑に進んだ一因でもあるのだ。

 SINETの強みは高速で大容量のデータをやり取りできるだけではない。あらゆる場所からどのルーターにも接続できる冗長性も備えていて、低遅延も実現している。このため、インターネット回線の遅れによる操作の遅延が許されない医療用手術ロボットによる手術や、ドローンの円滑な操縦の実現にも寄与しているのだ。このように、回線が高速であるだけでなく、データの遅延の少なさもSINETの特徴といえる。

●スパコン「富岳」など最前線の研究で利用

 SINETは、大学のオンライン教育などだけでなく、多様な先端研究にも生かされている。例えばニュートリノやヒッグス粒子といった素粒子の高エネルギー研究、日本が誇る世界一のスーパーコンピューター「富岳」をはじめとする機器の共同利用、核融合研究や地震研究、津波予測など最前線の研究でもSINETのネットワークは利用されているのだ。

 どれも研究のために遠隔地から大容量の観測データを転送する必要がある分野という特徴がある。特に神戸市にある「富岳」においては、その前身「京」の時代から、その卓越した演算能力によって生まれたデータをSINETのフル活用により千葉県柏市にバックアップしていて、東京〜大阪間だけいち早く400Gbpsに回線が引き上げられた経緯があるのだ。

 宇宙分野の研究でもSINETなどによって支えられているところは大きい。最新の天文学では、1つの電波望遠鏡だけで観測するのではなく、複数の電波望遠鏡をネットワークで連携することによって、より高精細な観測をするケースが多くなってきた。

 例えば、国土地理院では、SINETの国際回線を介して世界の望遠鏡をつなぎ地球の地殻変動などを観測している。また、19年4月に世界を賑わせた人類初のブラックホールの撮影・解析も、世界的な望遠鏡の連携によって実現した。このように、あらゆる望遠鏡が高速ネットワークにつながれば、世界的な発見のスピードが速まるだろう。

 また、国内の宇宙分野でも、19年に小惑星「リュウグウ」に着陸して、サンプルを回収し20年に地球に帰還した探査機「はやぶさ2」の運用にもSINETが生かされている。

●クラウド化によって「大学のDX」が推進

 こうした国内随一ともいえるネットワーク網は、大学や研究機関だけで使われているのではない。民間企業との産学連携のプロジェクトでも活用されているのだ。また、SINETは商用クラウドサービスと直結していて、富士通やNTT、IIJ、さくらインターネットなどの国内企業から、グーグルやアマゾン、日本マイクロソフトといった外資系企業まで33社に広がっている。

 SINET上のクラウドの発展は、大学・研究機関のDX(デジタルトランスフォーメーション)にも重要や役割を果たしている。SINET直結のクラウドにデータやサービスがあることで、セキュアに利用できるようになるためだ。NIIの漆谷重雄副所長はこう話す。

 「大学や研究機関は、SINET経由でクラウドと直接つながることによって、キャンパス内にその機能を取り込むような形でクラウドサービスを利用できるようになりました。直結したクラウドサービスには豊富なメニューがあり、全国のどの大学からでも利用できるので、今後はいろいろな分野でデジタル化が進むことでしょう」

 コロナ禍によって大学での対面授業が困難になり、オンライン授業化する際に役立った基盤サービスがLMS(Learning Management System)だ。LMSは各授業で使用する教材を学生と共有するシステムで、その教材にどんな学生が何回アクセスしたか、学生がその教材でどの程度学習したかを教員側が把握できる仕組みになっている。学生の学習指導の可視化、効率化ができるわけだ。まさしく大学授業のDXに一役買っているシステムといえる。

 現在、このLMSを大学だけでなく、高校をはじめ、中学校や小学校にも普及させようとする取り組みが進んでいるのだ。LMSではネットワークにアクセスする端末が必要なため、全生徒にiPadなどタブレット端末を購入させたり、貸与したりする形がとられた。一部の小中高等学校で実証実験が実施されている段階にあり、将来的には全ての学校でLMSを活用した授業が展開されることが期待される。漆谷副所長は話す。

 「以前はあまり目立たない存在だったのですが、コロナ禍によって全国の大学で授業のオンライン化が進み、LMSの重要性が急速に高まっています。LMSの充実化が今後も図られていくことは間違いないでしょう」

●「SINET 6」運用開始へ

 大学・研究機関をはじめとした教育現場でもDXが進むとなると、懸念されるのは学術ネットワークの逼迫(ひっぱく)だ。こうした未来に対応する形で、現在NIIではバージョン6となる「SINET 6」の運用開始を22年度から予定している。

 「SINET 6」では、東京〜大阪間のみで実現している400Gbpsの回線を、沖縄〜九州間の一部を除く全国に拡大する方針だ。拡大によって通信帯域も現状の100Gbpsから4倍になり、余裕を持ったLMSの運用が可能になる。

 さらに、次世代のモバイル通信規格である5G通信との連携も予定されている。これにより、医療資源が乏しい僻地でも、医療用手術ロボットによって遠隔での手術や治療を受けることも夢物語ではなくなるのだ。

 「400Gbps化によって、極端な例だと、フルスペック8Kの画質でリアルタイムに現場を確認しながら、低遅延で装置を遠隔操作することなどができます。ネットワークを介してあらゆるアプリケーションを通せるようになり、高い臨場感の実現により遠隔手術などの円滑な実施も期待されます」(漆谷副所長)

 だが、400Gbps化を近い未来に達成したとしても、通信の大容量化はまだ終わりがないという。漆谷副所長が未来を語る。

 「実は、400Gbpsをもってしてもスーパーコンピューター『富岳』からは早期のネットワーク増強を求められています。以前の『京』が100Gbpsを使い切ったように、『富岳』では早々に400Gbpsを使い切ってしまうことが想定されます。データ量の増加は加速度的に進みますから、将来的には800Gbps、1.6Tbpsといったさらなる回線の増強が必須になると思います」

 まさに技術の進歩には終わりがないというわけだ。コロナ禍を機に、学術機関でもDXが進んだが、その底流を支える技術の進化はこれからも進んでいく。

(ジャーナリスト河嶌太郎、アイティメディア今野大一)