5月31日に開催された、国土交通省鉄道局と佐賀県との九州新幹線西九州ルートに関する「幅広い協議」において、佐賀県側から「フル規格にするなら3ルートを検討してほしい」という意見が出た。

 6月14日の与党新幹線プロジェクトでは西九州ルートの検討委員会から「並行在来線はJR九州が運行を維持」と報告された。JR九州はこの審議を受けて「必ずしも経営分離を前提とせず」とコメントした。これでフル規格の着工へ進みそうに見えるけれども、そうはいかない。肝心の「建設の合意」ができていない。

●「フル規格新幹線押し売りお断り」は地方自治の根幹の問題

 佐賀県側から持ち出された「3ルート」は、提案ではなく検討の要請だ。議事録を見ると「九州の発展のために別のルートを検討したらどうか」であり、「佐賀県にフル規格は要らない」という主張は変わらない。

 佐賀県の主張の根拠を理解するために、これまでの経緯を知っておきたい。

 九州新幹線西九州ルートは福岡市〜佐賀市付近〜長崎市とし、福岡市から筑紫平野分岐点までは鹿児島ルートと共用する。建設主体は日本国有鉄道である。これが1973年に運輸大臣が決定した計画だ。国策だから佐賀県は反対しない。むしろ歓迎だっただろう。しかし87年に国鉄が赤字問題の果てに分割民営化されると事情が変わる。

 新生JRにとって新路線の建設は慎重だ。「第二の国鉄を作らない」ために、いったんフル規格新幹線の整備は見送られた。しかし整備新幹線は国策であり、JRに継承してもらわないと困る。

 そこで運輸省は88年に建設コストを下げるため「ミニ新幹線方式」「スーパー特急方式」という新たな方式を提案する。「ミニ新幹線方式」は在来線を改良して線路設備を対応させる仕組みで、山形新幹線や秋田新幹線で実施された。「スーパー特急方式」は新規路線を建設するけれども、線路設備は在来線規格のままとする。

 しかし、長野オリンピック開催を契機に北陸新幹線(長野新幹線)の高崎〜長野間が全線フル規格に変更された。この時に建設費負担について新たな枠組みが作られ、JRが新幹線収益などから最大50%を負担、国が35%、地方自治体が15%を負担すると決められた。地元のメリットがある部分は受益者が負担しなさい、という意味だ。併せて、並行在来線はJRから分離するとも決められた。

 地方自治体は、在来線の維持、建設費の負担があるなら「まがいもの新幹線ではなくフル規格にしてほしい」と考える。北陸新幹線のフル規格着工をきっかけに各地からフル規格化の要望が高まった。東北新幹線の盛岡以北、九州新幹線鹿児島ルート、北陸新幹線の未着工区間はフル規格となった。

 そこで96年に新たな枠組みが作られた。「JRは受益の範囲内で線路設備の貸付料を支払う」「JR負担分を除き、残りの3分の2を国、3分の1を地方自治体が負担する」。地方負担分のうち90%は地方債の起債が認められ、元利合計の50%〜70%に対して国が地方交付税として補てんする。つまり地方の実質負担は約12%〜18%となる。

 九州新幹線西九州ルートも長崎県側からフル規格の要望が出された。しかし佐賀県はフル規格新幹線を求めなかった。フル規格化の利点と県の負担分が見合わないし、新幹線が開業すれば赤字必至の在来線まで負担できないという判断がある。佐賀県の合意は「在来線を活かし、一部で高速走行用線路を建設する」という「スーパー特急方式」までだ。ここから先へ進む必要はない。

 長崎県側はフル規格で全線開通してほしい。JR九州もフル規格にしたい。そこで国などから「フリーゲージトレイン」が提案された。高速走行用線路区間をフル規格新幹線として建設し、在来線はそのままとする。両方を直通する列車を開発する。博多〜新鳥栖間はフル規格となった鹿児島ルートと共用し、新鳥栖〜武雄温泉間は在来線を走り、武雄温泉〜長崎間はフル規格区間を走る。これなら佐賀県も異存はない。

 ところが、フリーゲージトレインを開発してみると、高速走行時の負担が大きく、部品交換等の整備コストが大きい。軸重(車輪にかかる重さ)が大きく、最高速度もフル規格より遅い。JR西日本からも「山陽新幹線直通はできない」と拒否され、フル規格のメリットのひとつ「新大阪まで直通」は不可能となった。開発費も膨大で、これ以上カネと時間をかけても、新幹線の必要条件、最高時速260キロメートルを達する目途が立たない。そこで国はフリーゲージトレインの開発を断念した。

 しかし、すでに武雄温泉〜長崎間はフル規格で建設していた。ならば、全区間フル規格で建設しよう、という機運が高まった。さて、経緯を見ておわかりだろう。ここに佐賀県の同意がない。佐賀県にしてみれば「何で未完成のフリーゲージトレインをアテにしてスーパー特急区間をフル規格で作っちゃったんだ」である。

 佐賀県の同意がないまま、フル規格新幹線建設費の見積もりが出され、佐賀県の負担金が算出され、並行在来線分離が前提となった。勝手に外堀を埋められて「これでいいよね、フル規格にしなさい」である。佐賀県は上品だから私が代わりにいうけれど、これは「フル規格の押し売り」である。

 「そもそも佐賀県の同意がない」という重要な事実をすっ飛ばして、「佐賀県は建設費を負担したくない」とか「在来線でも十分だからフル規格はいらないんだ」と解釈された。だから政府プロジェクトチームは「負担金を下げてフル規格を受け入れてもらおう」「並行在来線問題を解決しよう」「佐賀県にもフル規格の利点があると説明しなければ」とばかり話し合っている。つまり押し売りの打ち合わせだ。

 話のスジとしては「佐賀県にしっかりプレゼンした上で、佐賀県が主体的にフル規格を選択する」としなくてはいけない。負担金や並行在来線の話の前に、だ。

 この流れに対して、佐賀県は一貫してフル規格拒否の姿勢を貫いてきた。筆者もフル規格にしてほしいけれども、佐賀県の姿勢は正しいと思う。なぜならこれは、大げさにいえば、整備新幹線の問題だけではなく「地方自治体と政府」の問題だからだ。地方自治体の合意なしに国の政策をゴリ押しして良いのか。沖縄の米軍基地移転問題にも通じるレベルだ。そこに政府側は気付いていないかもしれないが。

●佐賀県の3ルートは広域な利益のため?

 そして佐賀県側から「フル規格で3ルート」という話が出た。歩み寄りに見えて、しかし同時に「フル規格に同意したわけではない」とする。どういうことだろうか。

 佐賀県はずっとフル規格拒否という姿勢だった。しかし最近はすこし軟化して「幅広い協議」を求めている。すでに合意した「スーパー特急方式」「フリーゲージトレイン方式」のほかに、武雄温泉駅で対面乗り換えと決まった「リレー方式」の継続、そして「フル規格新幹線」「ミニ新幹線」だ。この5案について、もっとも佐賀県にとってメリットがある方式を決めたい。フル規格新幹線も候補のひとつであり、拒否ではなくなった。

 しかし、現段階で佐賀県は「政府側の議論がフル規格前提で進めていて、その他の方式は検討が不十分」と考えている。

・佐賀県内をフル規格で建設する費用と、すでにフル規格で作った線路を在来線軌間に戻しスーパー特急とする費用はどちらがよいか。

・フリーゲージトレインは最高時速260キロメートルで耐久性に難ありというけれども、実際に時速260キロメートルで走行できる区間が短いのであれば、最高時速200キロメートルであらためて耐久試験を実施してはどうか。解決策が見出せれば、フリーゲージトレインを再評価し、対面乗り換えを解消すればよい。

・フル規格で対面乗り換えを解消できるというけれども、佐賀県内の主要駅からはフル規格新幹線停車駅で乗り換えが発生するから、乗換駅が変わるだけ。全ての駅で対面乗り換えができるはずもなく、佐賀県内の利用者は不便な乗り換えを強いられる。

・フル規格のメリットとして、佐賀駅から山陽新幹線方面に直通できるというけれども、すでに佐賀県民は県内の新鳥栖駅を利用しており、山陽新幹線直通は実現している。新鳥栖駅は佐賀駅から25分程度だ。政府が言う佐賀県の山陽新幹線直通の利点は過大評価だ。

 つまり佐賀県は、政府側がいったん諦めた他の選択肢もあらためて検証してほしいわけだ。ただし、幅広い協議の中にはもちろん「フル規格」もある。つまり、佐賀県が納得できれば、フル規格の可能性はゼロではない。こうした経緯による佐賀県の主張が「フル規格なら3ルートを検討してほしい」であり、決して「フル規格として3ルートを提案」するのではない。

 ちなみに3ルートとは、既存の長崎本線に沿って佐賀駅を通るルート(佐賀駅ルート)の他、佐賀市の北部、長崎自動車道沿いの「北ルート」、佐賀空港沿いの「南ルート」だ。どちらも佐賀県内の与党議員から意見が出たという。

 北ルートは高速道路と接続すれば、西九州全体の交通結節点として活用できる。新幹線と高速道路を平行させれば、高速バスより圧倒的な速度で長崎へ直行できる。

 南ルートは佐賀空港と福岡空港の連携が可能となる。福岡空港は国内線、国際線とも発着回数が多く、これまでもチャーター便を佐賀空港で受け入れた実績がある。佐賀空港は佐賀県が運営していて赤字経営だから、新幹線発着で経営を改善できるという意味で佐賀県にもメリットがある。

 福岡空港は2本目の滑走路を建設中だけれども、2つの滑走路の間隔が狭いため同時発着はできない。せいぜい発着間隔を短くする程度で、発着回数は2倍にならず、3割増し程度だ。例えばラオス航空は福岡空港発着を希望していたけれども、福岡空港の発着枠を獲得できず熊本空港に発着予定だ。熊本空港を選んだ理由として、新幹線で福岡へ行ける要素もあったかもしれない。

 佐賀県が3ルートの検討を求めた理由は「どうしてもフル規格を国が進めるというなら、佐賀県というより、西九州全体や九州の首都福岡のメリットを考えたらどうか」である。「佐賀県にこだわらず、国策として勝手にやっていただきたい」という意味にも取れる。佐賀県の負担割合も減るだろう。いや、佐賀空港案なら積極的になってくれるかもしれない。

●並行在来線分離方針はフル規格「候補」にプラス

 6月14日、政府与党新幹線プロジェクトチームにおいて、西九州ルートの検討委員会が「並行在来線の経営分離を前提とせず、JR九州が運行を維持することが不可欠」「佐賀駅を通るルートが適当。しかし佐賀県が示した3ルートは別途検討する」などと報告した。

 これでひとまず並行在来線問題はJR九州が維持する方針に定まった。JR九州も即日コメントを発表し「必ずしも経営分離を前提とせず、佐賀県等から具体的な課題認識のご意見等を拝聴しながら、真摯に議論を深めたい」とコメントした。

 佐賀県は「フル規格の前提がないので並行在来線問題は検討できない」としていたけれども、少なくとも「幅広い協議」の議題の1つであるフル規格については懸念が解消され、5案の中で有力な位置についたといえそうだ。

 注意深く報道や発表を追っていくと、佐賀県は「『幅広い協議』の結果、納得できればフル規格に合意する」とも読める。しかし、結果としてフル規格になるとしても、フル規格前提の議論ではなく、比較検討の結果であることが重要だ。まずはスジを通して議論を進めるべきだ。

 そのためには、まずは政府側のしかるべき責任者が、これまでのフル規格押し売り姿勢を謝罪し、ゼロから丁寧に佐賀県にプレゼンテーションして、納得できる結果を得ればいいと思う。フル規格新幹線の実現に向けて、政府と佐賀県の交渉力に期待しよう。

 私の営業経験でいえば、頭を下げようがプライドをズタズタにされようが、互いの利益が最大となる結果を出せれば“勝ち”だ。

(杉山淳一)