国内でも新型コロナウイルスのワクチン接種が徐々に進み、6月21日より職場での接種も可能になりました。大企業を中心に職域接種が検討、実施され始めていますが、心配なのがワクチン接種を巡るハラスメントです。

 今回は、従業員のワクチン接種に関して、法的にも問題になりえるような行為をご紹介し、企業はどのようなことに注意すれば良いのか考えます。

●連載:弁護士・佐藤みのり「レッドカードなハラスメント」:

ハラスメント問題やコンプライアンス問題に詳しい弁護士・佐藤みのり先生が、ハラスメントの違法性や企業が取るべき対応について解説します。ハラスメントを「したくない上司」「させたくない人事」必読の連載です。

 新型コロナウイルスのワクチン接種は、今まで、医療従事者と65歳以上の高齢者を中心に進められてきました。

 そんな中、5月14、15日に実施された日本弁護士連合会の「新型コロナウイルス・ワクチン予防接種に係る人権・差別問題ホットライン」には、208件の相談が寄せられました。

 医療従事者からは、以下のような事実上のワクチン接種の強制、従わない場合の不利益取扱いに関する相談が報告されています。プライバシーの侵害や、事実上、接種の強制につながってしまうようなケースも確認できます。

医療従事者からの相談例

・「ワクチンを打たないならば、過去に予防接種などでアナフィラキシーショックが出たことの診断書を出せ。ワクチンを打ってコロナに罹患した場合には7割の給与を補償するが、受けずにコロナに罹患した場合には自己責任」と言われた

・ワクチンの安全性に疑問があり、都道府県からの接種協力要請に反対したところ、医療法人理事長から病院長を解任された

・職場にワクチンを「受ける」「受けない」にチェックする表が張り出されているため、接種の有無が一目瞭然

 こうした相談は、職域接種が始まれば増えることが予想できます。

 企業の対応によっては、「接種を強制するハラスメントを受けた」として損害賠償請求訴訟を提起されたり、「ワクチン未接種を理由に懲戒処分や配置転換などの不利益処分を受けた」として処分の有効性を争う訴訟に発展したりということが考えられます。

●「自己決定権」をないがしろにしてはならない 

 企業がこのような法的リスクを回避するためには、まず、「予防接種を受けるか否かは、従業員個人の判断に委ねられている」という点を理解する必要があります。

 新型コロナウイルスの予防接種は、法律上、麻しんや風しんなどと同様、「接種を受けるよう努めなければならない」という規定が適用され、努力義務が課されています(予防接種法9条)。努力義務は、接種の協力を求めるものです。接種を受けるか否かについては、あくまでも本人が納得の上で判断するものです。

 ワクチン接種を受けるか否かは、個人の生命や健康のあり方を決めることであり、他者が強制すれば、「自己決定権」をないがしろにすることにもなります。そのため、この問題については非常に慎重な対応が求められます。

 では具体的に、どのように対応すればよいのでしょうか。過去の裁判例をもとに、2つのポイントがあると考えられます。まずは、1つ目のポイントから解説します。

●従業員のワクチン接種対応のポイント

・(1)企業は、接種の「指示」や「命令」はできないが、適切な方法による「勧奨」は許される

・(2)従業員が接種に同意している場合でも、実質的に「拒否することが困難な状況」がないか、注意する

●「一切の説得が許されない」訳ではない

 企業が従業員の自主的判断に委ねるべき事柄について口出しし、裁判に発展するケースというのは多々存在します。

 従業員の個人的な交際関係という自主的判断に委ねるべき事柄について、企業側が口出しした裁判例では、「職場への悪影響が生じ、これを是正する必要がある場合を除き」介入するべきでないと判断されました(男女交際に介入する課長の言動の違法性が争われた事例:福岡高裁2013年7月30日判決)。

 ワクチン接種については、従業員の自主的判断に委ねるべき事柄ではありますが、多くの企業は接種を促進したいと考えていることでしょう。従業員の健康や、業務や職場環境への影響、取引先やお客さんの安全確保などがその理由だとすれば、企業による一切の説得が許されない事柄とは考えにくく、適切な「勧奨」は許されるでしょう。

●どの程度の「勧奨」なら問題ない?

 どの程度の「勧奨」が許されるかについて考える上で、参考になる裁判例も存在します。

 部下の私生活上の問題に対し、上司が一定の忠告や説得をしたケースで、裁判所は、「会社や上司の都合から積極的に部下の説得を試みる場合であっても、それが一定の節度をもってなされる限り、部下に多少の違和感、不快感をもたらしたからといって、直ちに違法と断ずることはできない」としました。

 一法、部下が確定的な決断をした後も、人事上の不利益をほのめかしながら、少なくとも2カ月間前後、約8回にわたって執拗に説得を続けた上司の行為は違法としました。なお、説得の回数や態様を踏まえ、別の上司の行為については、違法性が否定されています(部下の不動産を巡る私的トラブルを解決するため、上司のなした執拗な説得などの違法性が争われた事例:横浜地裁1990年5月29日判決)。

 従って、企業としては、業務上の必要性を踏まえ、ワクチン接種を拒否する明確な決断をしているかどうか不明な従業員に対し、常識に照らし、行き過ぎない範囲で接種を勧めることは可能だと考えられます。こうした裁判例を参考にして、行き過ぎた勧め方をしないよう注意しましょう。

 このほか、ワクチン接種を実質的に拒否できない状況だった場合、法律に触れるリスクも考えられます。後編では、これについても解説します。

【後編】ワクチン接種の有無「職場に○×で貼り出し」はNG? 企業が絶対にしてはいけない対応例

●著者プロフィール

佐藤みのり 弁護士