「筋トレ市場」が盛り上がっている。

 富士経済の調査によると、2020年のプロテインパウダーの市場規模(見込み)は前年比17%増の680億円となった。コロナ禍でさまざまな業界で消費の低迷が見られたが、外出自粛による運動不足解消のため、「家トレ」による需要が増しているという。

 また、筋トレ愛好者に欠かせない「フィットネスクラブ」も復活の兆しを見せている。

 多くのマシン、インストラクターを擁するいわゆる「スポーツジム」は「三密回避」のために退会者が増加して倒産や廃業する企業も出てきているが、「無人」「24時間」をウリにした「エニタイムフィットネス」の会員数は昨年5月を底に持ち直している。21年3月期決算説明資料によれば、総合型クラブに比べ売上高の落ち込みは小さく、営業利益はコロナ前を上回っているという。

 インストラクターからリモートで指導を受けるオンラインフィットネス市場も活況で、調査会社Report Oceanによれば、世界のオンラインフィットネス市場は20年から25年にかけて年平均成長率33.1%で伸びていく。既に米国や中国ではテクノロジー企業が次々と参入して新しいサービスの提供を開始しており、この流れは日本にもやってくるはずだ。

 要するに「大きなスポーツジムに会員をたくさん集める」というビジネスモデルが打撃を受けているだけで、筋トレそのもののマーケットはコロナの逆風の中でも力強い成長を続けているわけだ。

 これはちょっと考えれば当然の結果だ。「健康志向」という世界的なトレンドに加えて、コロナによって日本人が「体を鍛える」ことを、真剣に考えた1年はなかったからだ。

 ピップが20年2月、日本全国47都道府県の有職者4700人に対して、自身の健康に関する意識調査を実施したところ、「健康意識が高まった」人が7割もいた。

 しかも、注目すべきはそこで「新たに始めたケア・対策」として、「筋トレ」を挙げた人がかなりいたことだ。20代男性では「筋トレ」(33.1%)がジョギング・ランニングを抑えて1位、20代女性でも「筋トレ」は24.4%で、人気のヨガ・ストレッチ(27.4%)とそれほど変わらない。

 つまり、コロナ禍によってさらに高まっている「健康意識」もあって、「筋トレ人口」が急激に増えている可能性があるのだ。だからというわけではないが、コロナ後の日本経済を考えたとき、「筋トレ」を成長戦略の柱に置くことを真剣に検討してもいいのではないか、と個人的には思っている。

●国の成長戦略の柱に

 ご存じの方も多いだろうが、実は日本以外の先進国はコロナ禍でも経済成長を続けている。ロックダウンで経済を止めたこともあったが、着々と経済を持ち直しているのだ。

 しかし、日本は「世界が驚く脆弱(ぜいじゃく)な医療体制」のせいもあって、この1年ズルズルと経済活動自粛を続けていた。以前から日本は先進国で唯一経済成長をしていない国だったが、コロナでさらにその傾向が強まってしまったのである。

 このアリ地獄のような低成長は、これまで半世紀続けてきた「日本のものづくり技術は世界一」みたいな手垢(てあか)のついた成長戦略では、いつまでもたっても抜け出すことができない。国の基幹産業にまで成長した「観光」と同様に、これまでと異なる視点で、ほとんど手がつけられなかった分野を成長のドライバーとしていくべきだ。

 「まあ、それはいいとして、なんで筋トレ?」と首を傾げる方も多いだろうが、実は筋トレ市場はこの条件を満たしているだけではなく、国の成長戦略の柱にするだけの「国益」があるのだ。ポイントを以下にまとめよう。

(1)市場として大きな「伸びしろ」がある

(2)少子高齢化の中で競技人口が右肩あがり

(3)ウォーキングやジョギングと異なって産業が活性化する

(4)うつ・自殺の対策・医療費削減効果

(5)日本型組織の「不正体質」の改善に役立つ

 まず、(1)の「市場として大きな『伸びしろ』がある」から説明しよう。IHRSA(国際ヘルス・ラケット・スポーツクラブ協会)2018のグローバルレポートによれば、日本のフィットネスクラブ会員数は424万人で人口比の参加率は3.33%。アメリカは6086万人で20.3%、イギリスも972万人で14.8%、フランスも571万人で8.5%という感じで、G7の中でダントツに低いのだ。

 ただ、これは裏を返せば、まだまだ大きなポテンシャルがあるということなのだ。日本の従来のスポーツジムは会費が高いうえに、仕事などで時間がなくて通うのが面倒くさくなってしまう問題があった。しかし、オンラインンフィットネスが普及していけばこれらの問題が解決される。

 それはつまり、未成長のこの分野が一気に活況するということだ。

●経済効果に期待

 そんなうまくいくかねと懐疑的な人も多いだろうが、筋トレには(2)の「少子高齢化の中で競技人口が右肩あがり」という強みがある。

 ご存じのように、日本は少子高齢化がすさまじいスピードで進行している。そのため、スポーツを産業とした場合に、競技人口・実施人口の減少という頭の痛い問題に必ず直面する。子どもの数が減っている、野球やサッカーなどはその代表だが、人口が減るイメージが少ないエクササイズ系のスポーツも同様の問題があるのだ。

 笹川スポーツ財団の調査では「ウォーキング」や「ジョギング・ランニング」の実施人口は02年から18年まで増加傾向にあるが、年によっては前年よりも減少している。どうしても「ブーム」に影響されるのだ。しかし、唯一、右肩あがりで増えているエクササイズがある。

 そう、筋トレだ。

 「推計実施人口は02年の856万人から18年には1566万人と約2倍に増加している。他の種目と違い、06年以降、実施人口が一度も減少することなく継続して増加している」(種目別にみた運動・スポーツ実施状況 その1)

 このような市場の安定性に加えて、成長戦略に推すのは(3)の「ウォーキングやジョギングと異なって産業が活性化する」こともある。

 ウォーキングやジョギングは、手軽さが魅力で初期費用が少なくて済む。トレーナーも必要ない。それは裏を返せば、経済効果が少ないのだ。マラソン大会などのイベントを開けばいいのだという話になるが、新たなウイルス・パンデミック時代には、五輪が巨額の大赤字を垂れ流しているように、リアル大規模イベントはリスクしかないのだ。

 一方、「筋トレ」はどうかというと、まずさまざまなマシンもいるし、プロテインもいる。1人で自己流でやる人もいるが、間違った方法ではなかなか成果が出ないので、リモートでもリアルでも、トレーナーの出番が多いのだ。

 また、リアルイベントにこだわる必要もない。リーボックがやっている「クロスフィット」のように、テクノロジーを介して遠く離れた人と記録やパフォーマンスを競う方法を活用すれば、パンデミック下でも普通にイベントを行える。実際、これまでもオンラインでのボディビル大会などが開催されている。

 つまり、筋トレはウォーキングやジョギングなどに比べてはるかに「ビジネス」としての広がりがあり、経済効果が期待できるのだ。

●「処方せん」としての役割

 ここまで「カネ」のことばかりに言及をしてきたが、筋トレを成長戦略の柱に据えるのはそのような経済的メリットだけではない。日本が抱えている深刻な問題に対する「処方せん」としての役割が期待できるのだ。

 スポーツアパレル「アンダーアーマー」の日本総代理店・ドームの安田秀一CEOが近著『「方法論」より「目的論」「それって意味ありますか」からはじめよう?』(講談社+α新書)のなかで、一流のビジネスエリートになればなるほど、筋トレやトライアスロンなどストイックに自分の体を鍛えている理由について以下のように述べている。

 『一般的によく言われるのは、筋トレやランニングをすることで、ビジネスエリートとして必要不可欠なマネジメント能力が鍛えられるということです。ストイックに、そして継続的に自分の身体を鍛えることは、目標に向かって何をすべきかという計画の立案と、それを実行に移すことに他なりません。それを日常的に続けると、ビジネスパーソンとしてのスキルも向上していくというのです』(同書)

 そこに加えて、トレーニングを通じて得る「自信」の獲得も大きいという。安田氏はこれまで世界で活躍する一流アスリートと実際に会ってきたが、競技に対する自信だけではなく、コンプレックスがなくて自然体で生きている人が圧倒的に多い印象だという。その理由を分析した結果、日々の過酷なトレーニングを乗り越えて、「昔の自分」を超えたことを繰り返すことによって獲得した「自信」があるのではないかという結論に至ったそうだ。

 つまり、筋トレなどのフィジカルトレーニングは、「計画立案」「実行」「目的達成」というスキルを身に付けさせるだけではなく、困難を乗り越えることでコンプレックスを克服し、それが人間としての「自信」にもつなげることができるというのだ。

●「筋トレ」の出番

 このような筋トレの効果を踏まえれば、(4)の「うつ・自殺の対策になる」も納得だろう。日本人が仕事や日常で常に不安やストレスにさらされているのは、今さら説明の必要はないだろう。18年のWHOデータをもとに厚生労働省自殺対策推進室が作成した、「先進国の自殺死亡率」を見ると、男性も女性もG7の中でダントツに高くワースト1となっている。

 他国では「将来への不安」などを理由に自ら命を絶ってしまう人が多い傾向があるのに対して、日本では「職場の人間関係」などを苦にする傾向がある。毎日、普通に生きているだけで不安で押しつぶされているのが、われわれ日本人なのだ。

 そこで、「筋トレ」の出番だ。ご存じの方も多いかもしれないが、実は筋トレを継続すると、うつや適応障害の予防になることが、さまざまな研究によって報告されている。

 良い効果は「心」だけではない。17年、シドニー大学が30歳以上の男女8万306人を対象に、トレーニングと死亡率の関係を調査したところ、週2回以上のトレーニングと週150分以上の有酸素運動によって、がんによる死亡率は31%減少し、すべての病気による死亡率は23%減少することが明らかになったという。

 「筋トレ」を成長戦略にすれば、日本人が抱える「心」の問題の解決だけではなく、医療費削減効果も期待できるのだ。

 また、(5)の「日本型組織の『不正体質』の改善に役立つ」ことも言うまでもない。この1年のコロナと五輪のゴタゴタを見れば明らかだが、日本型組織の失敗は、本来の「目的」を見失い、「方法論」ばかりに目を向けてしまう時に起きがちだ。

 コロナ死で亡くなる人を抑える「目的」があるのなら、真っ先にやらなくてはいけないのは、先進国の水準ではあり得ないほど脆弱なコロナ医療の体制に手をつけることだが、日本医師会の政治的配慮からそこはノータッチで、焼石に水的な国民の行動抑制の呼びかけを繰り返す。

 アスリートファーストで、多様性と調和を示す「目的」があるのなら、無駄な虚飾を取り払って純粋なスポーツイベントとしての体制を整えればいいのに、「国家の威信」や「支持率アップ」というスケベ心のほうが強くなって方針が迷走。とにかく予算165億円が消化できればいいと言わんばかりに、多様性のかけらもない「サブカル人脈」へイベントを丸投げするなどして、結果としてアスリートの足を引っ張っている。

 このような「目的軽視」は、「筋トレ」の世界ではあり得ない。

●「筋トレ」が必要

 「筋肉をつけたいけど、めんどくさいから今日のトレーニングはテキトーでいいか」とか「筋肉にはタンパク質がいいって話だけど、甘いものが食べたいからケーキとかでも大丈夫だろ」というような「なし崩し的にルールを変える」ことや、「自分の都合のいい解釈」はしない。なぜここまでストイックなのかというと、筋トレ愛好者がよく言うように「筋肉はうそをつかない」からだ。

 しかし、政府や大会組織委員会は、「なし崩し的にルールを変える」「自分の都合のいい解釈」を山ほどしてきた。そして、それを突っ込まれると、「私が決めたわけじゃない」「現実的にはすべてをチェックすることなど不可能だ」「なんでも批判するのはアホな国民だ、粗探しばかりをするな」など、悪事がバレた子どものような逆ギレをしている。

 「ストイック」という言葉と無縁の「自分にやたらと甘い人」が組織のトップに山ほどいるのだ。

 日本を立て直すにはそういう甘っちょろい考えを根本から叩き直していく必要がある。「筋トレ」を成長戦略にすれば、経済効果だけではなく、そのような「目的軽視カルチャー」を変える効果も期待できる。

 五輪のメダルラッシュでお祭り騒ぎも楽しいかもしれないが、スポーツは自分でやるほうが何倍も楽しい。今こそ、日本人は心と体を鍛えるべきなのではないか。

(窪田順生)