あの「岡ちゃん」は今、経営者になっている――。

 サッカーワールドカップ日本代表の監督を2度務めた岡田武史。コーチだった1997年の抜擢(ばってき)に続き、2007年から務めた2度目には、日本代表をベスト16にまで導いた稀代の名監督だ。

 その後、14年に愛媛県の社会人サッカーチーム「FC今治」の運営会社「株式会社今治.夢スポーツ」に出資し、代表取締役に就任した。監督ではなくオーナーという形でチームを引っ張り、会社としてはスタジアム建設に奔走するなど、経営者として7年目の日々を過ごしている。

 なぜ、岡田武史は経営者になったのか。そして経営者として何を考え、“日本というチーム”を引っ張っていこうとしているのか。注目したいのは、岡田自ら考えたという“時代を読んだ”企業理念だ。「これからは物質の豊かさではなく心の豊かさを追う時代」だという岡田。本人に話を聞いた。

●「日本のサッカーはこのままでいいのか」

――まずは、経営者になった経緯を教えてください。

 2010年のワールドカップでベスト16に入り、日本代表の監督を辞めたあとも、日本のサッカーはこのままでいいのかをずっと考えていました。やはり主体的にプレーをする自立した選手を増やしていかなければならないと感じていたのです。そんな時にスペイン人コーチの言葉から、サッカーの原則を作り、それを16歳までに落とし込んで、そのあと自由にするという「守破離」(編注:修業における段階を示したもの)のような方法論を思い付きました。

 そういう話をしていたら、Jリーグのクラブチーム3つほどから「全権をお任せします」とオファーをいただきました。ただ、本当の改革をするためには、今あるものを潰(つぶ)すところから始めなければなりません。現状あるものをゼロにすることにパワーをかけるくらいなら、最初からゼロベースで出発できるところはないかと考えていたんです。

――潰すことにパワーを使うならゼロから始めたほうが早い、と。

 もちろん、ゼロから始めてからは10年といった長いスパンで時間がかかることとは思っていました。そんなときに、今治で会社を経営しているサッカー好きの先輩が、アマチュアのチームを持っていると聞いたんです。

 「こういうことをやらせてください」と言ったところ、先輩は「ぜひやってくれ。ただ、株式の51%を取得してくれ」と。正直、株式の半数以上を取得することが何を意味するのかもよく分かっていなかったのですが、金額を聞いたら出せない額ではなかったので、取得しました。

――気付いたら経営者になっていたわけですね。

 ただ、始めてみたら会社の預金通帳はあるけど、経理もいないという状況で。もしかしたら、2カ月先の社員の給料が払えないのでは……ということに気付きまして(笑)。正直、経営を始めたら他のことをやる余裕はなくて。今もホーム戦の試合は見ていますが、練習には出られていません。

●スポーツビジネスは大きく変わる

――監督ではなく経営者として関わられているんですね。実際にFC今治に関わってみて気付いたことはありましたか?

 今治に家を借りて住んでみて分かったんですが、栄えていないんですよね(笑)。海に続く商店街は、昼間は誰も歩いていないし、街の中心地はデパート跡地のさら地になっている。これでは、もしFC今治が成功しても見に来てくれる人がいない、となってしまう。それに気付いてから、街や街の人々と一緒に元気になる方法はないか、ということを模索し始めました。

――実際にどのような取り組みから始められたのでしょうか。

 まずはサッカーにおいて「今治モデル」というサッカー少年団から中学高校の部活までみんなで一つのピラミッドを作り、そこではわれわれが指導もして「みんなで強くなりましょう」という活動をやりました。「また見に来てください」ではなく、われわれから街に出て行こうということで、1人が5人の友達を作る活動や、ご高齢の方に何でもお手伝いする「孫の手活動」などもやり始めました。

――地域に根差した活動をしていったのですね。経営面ではどんなことがありましたか?

 就任1年目のときに、チームのゼッケンを今治のタオルで作りました。ただ、作ってみて分かったんですけど、タオルって裏に糸が出ていて、文字の印刷が載らないんです。でも既にゼッケンのスポンサーをとってしまっていたので、そのままだとゼッケンを裏返すとスポンサー名が出ない、ということになってしまいました。

――スポンサーの名前が出なくなってしまう……。でも作り直すと費用も掛かってしまいますね。周囲の方はどんな反応をしましたか?

 周りは「裏返すのは半分以下だから、このままで大丈夫では?」という反応でした。そのゼッケンに100万円は使っていて、1年目の僕らにしたらものすごい大きな額でした。ただ、僕はちょっと待てよ、と。

 「目の前の100万円と、お客さんが1回でも見て違和感を覚えてしまう可能性、どっちを取るんだ?」と考えて、作り直しました。周囲の経営者からは「甘い」「そんな経営していたら潰れるぞ」と言われたりもしました。でも、企業理念に立ち戻ると、信頼を重視するのは正しい決断だと思ったんです。

●Jリーグチームの7割が赤字 FC今治は黒字

――確かに企業を経営していくうえで、理念は非常に大切ですね。岡田さんはどんな企業理念を掲げているのでしょうか。

 「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」です。会社を始める時にいろいろな経営者に教えを請いに行ったら、皆さん「ビジョンや理念をしっかり作りなさい」と言われました。それで、いろいろな会社の企業理念を参考にしようと思って見てみたんですが、それもピンとこず、参考にならなくて。

 個人的に45年間、環境問題にも向き合っていますし、そこも踏まえて自分で考えました。

 今、コロナで、Jリーグのチームの約7割は赤字ですが、うちは黒字です。パートナー企業も、それぞれ苦しい状況であろう中、ほとんどスポンサードを降りるところがないんです。「うちも苦しいけどまたやるよ」と言ってくださるのは、最初のあのタオルの決断から間違っていなかった証拠かな、と思っています。

――そこから7年。ここまでやってきて感じたスポーツビジネスの変化はありますか。

 スポーツビジネスというのは、これから大きく変わっていくと思います。今までは、「スタジアムをいかに満杯にするのか」が一番大きなテーマでした。スタジアムが満杯になってチケットが手に入らなくなると、パートナー(スポンサー)さんが持っているチケットの価値が上がる、という好循環があったんです。

 でも、これからは、例えば、家でVRで360度カメラでいろいろな視点から見るほうがいい、という人も出てくるでしょう。家で見て投げ銭をくれる人がたくさんいれば、スタジアムは空いていてもいいのかもしれない。もしかしたら2000人限定だけどスウィートルームを作ったほうがいいかもしれない。

 そうやって、楽しみ方にも多様性が出てくるわけで、それに対応できる形をわれわれは作っていかなくてはなりません。

――確かに楽しみ方は多様になってきていますね。

 そうすると、スポーツビジネスとしてのマネタイズの仕方も多様になってきます。これまでのように、大きく露出すればいい時代でもない。パートナーとのアクティベーションや入場料以外の収入も考えていかなければならない。そういった動きは、ここ数年起き始めていました。コロナが背中を押して、その動きを加速しました。だから色んなものが大きく変わっていくと思いますよ。

●緑豊かになる「里山スタジアム」を構想

――他にサッカー関連でこれは変わっていく、という動きはありますか。

 スタジアムですね。今言ったように、楽しみ方が変わっていくであろう中で、スタジアムだけはコンクリートで作ってしまったから変えられない、というのでは、時代の変化に対応していけません。

 そもそも、コンクリートで豪華な外装のスタジアムを作っても、時とともに朽ちていきますよね。それなら中身に注力して、朽ちていくのではなく、変化していくスタジアムを作りたいな、と。それでうちは緑豊かになっていく「里山スタジアム」というものを構想しています。

――里山(さとやま)スタジアムですか。どんなものなのでしょうか。

 365日、試合がない日も人が行き交うような施設・コミュニティーのようなものを目指しています。もう、スポーツの試合を見に来るだけのハコモノとしてのスタジアムを作っている時代じゃないんですよね。最近では大分緩和されてきたものの、もともと日本のスタジアムは公園の中にあるので、「公園法」という法律によって、スタジアムの中にレストランやショッピングモールを入れる欧州のような複合型はできないんです。

 でも今回われわれがスタジアムを建てる予定のところでは、公園法に引っかからない土地なので複合型ができたのです。

 里山スタジアムの中身に関しては、いろいろ考えてはいますが……例えば、地域で取れたものや持ち寄ったものでフードバンクを作ります。それで今治のレストランのオーナーに月1回ボランティアで来てもらって、誰もが来ておいしいものを安く、子ども食堂のように食べられる場所を作りたいと思っています。

 精神的に疲弊している人も、このスタジアムに来たら人間性を取り戻して帰っていくような場所になったらいいなと思って、今年はその資金となる40億円を必死に集めてきました。コロナのときにそんな資金調達なんかして、とも言われたけど、もうほぼ集まりました。おそらく、みなさんがその必要性を感じてくれたんだと思います。

――そういったお金の集まり方など、周囲の反応からも時代の変化を感じられますか。 

 「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、松下幸之助さんの時代は、貧困をなくさないと世の中はよくならない、そのためにビジネスをして社会を変えていこうとする時代だったのだと思います。でも、今はある程度、物質的に豊かに“なっちゃった”時代です。そうするとこれからは、物質的な豊かさではなく、文化とか心の豊かさを上げていく社会に必ずなっていきます。

●心の豊かさは、数字で表せない

――「物の豊かさより心の豊かさ」という岡田さんたちの企業理念に、だんだんと社会がついてきているんですね。

 物の豊かさは数字で表すことができます。売り上げやGDPなどは数字ですよね。でも、心の豊かさは数字で表せない、目に見えない資本です。実はスポーツや文化って、物質を売っているわけではありませんよね。そこで得られる感動に人が集まってくる。信頼や共感や夢は数字で表せません。でも、そういうものにこそ、お金が回り始めます。

 うちの会社のパートナーになってくれる企業も、共感してお金を出してくれているけれど、決算書に【共感:○○円】とは書けないですよね。そうすると、株主をはじめ、対外的な説明は難しくなってくる。それでも大金を出してくれるところがある。それは、こういった数字に表せないものの必要性に、皆が気付き始めているからだと思います。

――なんだか岡田さんの話を聞いていたら、少しずつ希望が持てるようになってきました。

 「経済が成長しない!」「GDPを上げなくては!」と叫ぶ人もいますが、本当にこれからも経済成長は必要なのでしょうか。もう、かなり豊かになってきて、いいところまで来たよな、って思いませんか?

 いったんGDPを測ること自体への疑念はおいておいても、世界中のGDPは落ちてきています。それなのに高度経済成長時代の“あの頃”に戻ろうとする。戻ることもできないし、戻るべきでもありません。

 『失われた30年』なんて言われ方をしますが、全く失われてなんかいませんよ。むしろ、日本は“最先端の停滞期”にやってきたのではないでしょうか。もう、物質の豊かさではなく心の豊かさを追う時代です。そのことに、コロナで気付き始めた人も多いと思います。これから、どんどんと変わり始めていきますよ。(敬称略)

(霜田明寛、文化系WEBマガジン『チェリー』編集長)