「ワンワンワン」――。

 いつもはこのように鳴いているのに、今日は「ワンワン……ワン」。ちょっとした違いだけで、「あれ? 様子がヘンだぞ」と異変を感じとって、病院に連れていったことがある人もいるかもしれない。

 筆者は犬や猫を飼ったことがないので、動物病院に行ったことはないが、ビジネス誌の記者として気になっていることがある。病院数や医師の数は増えているのだろうか、減っているのだろうか。ペットフード協会が行った調査を調べてみると、飼育されている犬はやや減少していて、猫は横ばい。

 サラリーマンの在宅時間が増えて、「ペットを飼い始めた人が増えたのかな」と思っていたものの、変化はほぼなし。であれば病院の数は減っているんだろうなあと思っていたら、施設数は年々増えていて、2019年は1万2000ほどに。獣医師も伸びていて、同1万6000人ほどに(農林水産省調べ)。

 ちょっとイジワルな見方をすると、“微減の市場を奪い合っている”とも言えるわけだが、そんな状況の中で、個人的に気になっているサービスがある。「アニホック往診専門動物病院」(東京都港区)だ。

 「ん? 往診でしょ。それほど珍しくないのに、どこがニュースなの?」と思われたかもしれない。事実、「動物病院 往診」と検索すると、でるわでるわ。3年前の記事になるが、こんなデータがある。「東京都に『飼育動物診療施設』として届けられた施設のうち、往診専門は昨年、183施設に上った。10年前(2007年)は83施設だった。このうち個人名や公の施設などを除き、動物病院とみられるものだけ抜き出すと85施設で、10年間で2.6倍になった計算になる」(sippo 2018年11月23日)

 往診を手掛けている病院が増えている中で、なぜアニホックが気になっているのか。理由は2つあって、1つはクルマの中で診療をしていること。これは珍しい。もう1つは、血液検査ができること。通常結果がでるまで2〜3日かかるが、当日その場で結果を出せるので、病気の早期発見につながる。これも珍しい。こうした点がウケているようで、往診は5月に始めたばかりなのに、実績は右肩上がり。9月末時点で、1630件(予防接種+往診)を診察しているという。

●往診車のナカ

 それにしても、なぜアニホックは往診サービスを始めたのだろうか。金銭的な話をすると、クルマで来てもらうよりも、ペットを病院に連れていって、医師に診てもらったほうが安い。にもかかわらず、このビジネスを始めたということは、「往診で診てもらいたい」と思っている人が「たくさんいる」と判断したからだろう。

 ちょっと調べたところ、「往診で診てもらいたい」人がたくさんいるのではないか、と感じられるデータが出てきた。その一つに「犬猫の高齢化」がある。ペットフード協会の調べによると、医療技術の発展や飼育環境がよくなって、ペットの“長寿化”が進んでいる。例えば、お年寄りの大型犬を病院に連れていくのは、想像するだけで大変である。電車やバスに乗せるわけにはいかず、歩いて連れていこうとしても体調によってはなかなか前に進んでくれない。

 また、猫を連れていったものの、待合室には犬だらけのこともある。そうした状況に、ペットがストレスを感じてしまうかもしれない。さらに、新型コロナの影響で、飼い主も「密なところで、長時間待ちたくない」という気持ちもあるはず。

 このほかにも、さまざまな理由で「往診車」を選ぶ人がいる。夫婦共働きで診察時間内に連れていくことができなかったり、飼い主が高齢で病院に行くことが難しかったり。そうした人たちが往診を選んでいるようだが、クルマのナカはどうなっているのだろうか。使用しているのは、トヨタのタウンエース。後部座席に診察台を置いていて、照明を設置。診察に欠かせない機械が並んでいて、さながら「小さな診察室」といった感じだ。

 クルマのナカでもソトでも、基本的にできることは同じ。血液検査や超音波の検査などを行うことができるが、手術はしていない。「簡単な手術はやろうと思えばできますが、その後、入院する必要があるので、クルマのナカではやっていません」(アニホックの獣医師、藤野洋さん)とのこと。

 往診の場合、クルマのナカまたは家のナカ、どちらを希望する人が多いのだろうか。いまのところ、圧倒的に「家のナカ」が多いそうだ。「『往診=家のナカ』と考えている人がまだまだ多いからではないでしょうか。あと、クルマのナカで診てもらうことは、ペットにとって環境が変わることになりますよね。飼い主さんは『できるだけストレスを与えたくない』という気持ちが強いので、家のナカでの治療を希望する人が多いのです」(藤野さん)

●ミスマッチが解決すれば

 アニホックには医師3人がいて、診療エリアは1都3県(東京都内23区を中心に、東京都下、神奈川県北部、埼玉県中部・南部、千葉県西部も一部往診可能)である。収益が上がれば、規模を拡大させることも考えていて、「特に地方都市で往診をしている動物病院は少ない。そうしたところでニーズがあると思っています」(藤野さん)

 現在の単価は、1万5000円ほど。1件で複数のペットを診ることもあって、そのときには5万円ほどになることも。往診の場合、効率よく回ることが難しく、移動のことを考えると、「1日5件ほどは回りたい」という。その数字が見えてくれば、今後の事業拡大も視野に入ってくるようだ。

 ここまで見てきたように、ペットの往診サービスは、まずまずの滑り出しといえそうだ。とはいえ、課題もある。たくさんの人に知ってもらうことだ。「ペットを家で診てくれる。クルマのナカでも診てくれる」ことを知ってもらうには、まだまだ時間がかかりそうである。

 先述したように、「わが家のペットを診てもらいたい」といったニーズはある。にもかかわらず、なぜ広がりを見せてこなかったのだろうか(筆者の知人・友人に聞いたところ、「往診で診てもらったことがある」人はいなかった)。その要因の一つとして「個人で運営されているところが多いからではないでしょうか」と、藤野さんは指摘する。「いますぐ、ワンちゃんを診てもらいたい」という思いで連絡をしても、医師が往診をしている(またはなんらかの仕事をしている)と電話がつながらないといったケースが少なくないようだ。

 診てもらいたいのに、診てもらえない。診たいのに、診ることができない。もちろん、診察の予約であればインターネットを使えば解決できるわけだが、人手不足を解決することは難しい。こうしたミスマッチという課題に対して、組織として解決することができれば、新しいビジネスとして大きくなるのかもしれない。

(土肥義則)