いきなりプライベートな話から入って恐縮だが、私はこれまでに4冊の本を世に出してきた。そのうちの2冊は『ASEAN企業地図』だ。ASEANの財閥を図入りで解説した書籍で、第1版と第2版がある。今回のコラムでは、この本で紹介されている財閥企業について触れながら、日本企業の今後のASEANにおけるプレゼンスについて考察してみたい。タイトルにあるように、日本企業はASEANにおいて現地企業の提携相手として非常に人気が高い。しかし、今後は「モテモテ度が一気に低下するかもしれませんよ」という話だ。

●1万を超す日本企業がASEANに進出済み

 さて前回のコラムでは、日本の人口が、今後大幅に減少することが見込まれていることから、中堅・中小企業に至るまで海外市場でのアクセスを有しないと生き残ることができないと指摘した。

 人口が増大している地域は世界中で見受けられるが、6億人超の人口を擁するASEANは、日本からの距離も近く、日本の企業にとって間違いなく重要な市場である。実際、進出の歴史は長い。少し前のデータになるが、大企業だけではなく、中堅・中小企業も含めて1万1300社の企業がASEANで事業を行っている(出所:帝国データバンク「ASEAN 進出企業実態調査」)。ASEANでは、近年の経済成長で中間層が着実に育ってきている。つまりASEAN市場は、人口と所得がダブルで成長している稀有(けう)な市場なのだ。目下ASEAN各国もコロナで苦しんでいるが、市場の有望性は変わらない。日本の大規模な人口減を見越して、より多くの日本企業がこの魅力的な市場に足場を築くことを期待したい。

 海外で事業を行う場合、完全独資で進出する場合もあるが、現地でパートナーを見つけて共同で事業を手掛けることが多い。合弁会社を設立したり、資本業務提携を行ったりと形態はさまざまだが、いずれにしても現地事情に精通したパートナーと協業関係を築くのである。ASEAN各国には、財閥といわれる企業集団が多数あり、現地の経済に大きな影響力を持っている。日本企業が海外で事業を行う際、パートナーに頼るのは、顧客基盤、効率的なサプライチェーンの構築、労働者の雇用・解雇、規制当局との折衝、事業に必要な不動産の取得と多岐にわたる。財閥傘下の企業は、それぞれのセクターにおける有力企業であるケースが多く、日本企業が求めるこれらの要素をほぼ間違いなく提供できる。

 有力な財閥になると、製造業、サービス業、金融と広範な事業ポートフォリオを有している。『ASEAN企業地図』で紹介したタイのCPグループやフィリピンのアヤラグループなどはASEANを代表する大財閥だ。

 いずれも広範な事業ポートフォリオを有し、そこで提携するさまざまな日本企業や他の外資系企業の名前が目を引くであろう。

 1万を超す日本企業がASEANに進出しているといったが、その多くは現地パートナーを有していると目される。全てがCP、アヤラのような大財閥ではなかろうが、それでも現地の相応に有力な企業と提携関係を結んでいるケースが多い。では、日本企業と組みたくなる理由は何だろうか?

●日本企業がモテる3つの要因

 1つ目は日経企業の製品やサービスの質の高さである。業種を問わず事業の根幹となる製品・サービスの提供は、日本企業が行うというのが基本だ。現地企業は、先述のように顧客基盤、労働者の確保、政府との折衝など、事業のインフラを提供するケースが多い。「安心、安全」とは日本企業の品質の高さを形容する言葉だが、それが世界最高水準であることに異論を挟む人はいないだろう。ASEAN側にしても、クオリティーの低い製品やサービスしか提供できない企業をパートナーに迎えるインセンティブなどない訳で、ここで日本企業がまずアドバンテージを取れるのである。

 2つ目の重要なポイントは信用・信頼である。うそをつかない、約束を守るというのはビジネスのみならず人間としての根源的規範だ。しかし、日本人としては当たり前の価値観が、世界では必ずしもそうでないケースが多い。私は通算で12年に及ぶ海外駐在経験をしているが、「依頼された仕事を期日通りに完了させない」「品質が著しく低い製品を平気で納品する」といったようなシチュエーションに少なからず出くわしたことがある。特に後者に関しては、羊頭狗肉ともいえる悪質なケースもあった。私が中学校でこの故事を学んだ時、羊頭狗肉とは恥ずべき行為だと教わったし、その通りであると思う。多くの日本人も同じ思いではないだろうか。だが羊頭狗肉を平気で実践する人間にとって、これは「行ってはいけない」事の例えではなく、「羊頭狗肉は必ずはびこるものだからだまされる方がばかだ」というメッセージなのであろう。自分のパートナーにこのような考えの持ち主を招きたくないのは当然である。

 3つ目は、提携の際における出資のスタンスだ。欧米企業の場合、株主の声が大きく、経営者は彼らに対して短期間でリターンを上げることを要求される。3年で結果を出そうと思えば事業にスピードが要求されるし、経営へのプレッシャーも大きい。多少の無理も事業計画に織り込まねばならない。そのようなスピード感で事業を遂行するには、どうしても経営権の取得、つまり資本業務提携であれ合弁会社であれ、株式の過半数以上を取得することが必要になってくる。ASEANの企業を見た場合、ファミリーで経営している企業がほとんどだ。財閥傘下の企業では上場を果たしているものも相当数あるが、実態はファミリーがコントロールしている。ASEANにおける上場企業の株主統治とは何か、という問題は今回の主題ではないので触れないが、ファミリーで未来永劫事業を運営していきたい現地企業にとって、経営権の放棄を要求してくるパートナーとはそもそも組むことができないのである。

 翻って日本企業の場合はどうか。投資のスタンスは、ゴーイングコンサーンを前提とする超長期である。いったん提携したら、未来永劫、事業を継続しようとする日本側の投資ホライズン(投資家の想定する投資期間の長さ)は、ファミリーで永続的に事業を行いたいASEAN側の意向と合致する。経営権に関しても欧米企業より柔軟で、何が何でも過半数の取得を前提にしない。総合商社のように、マイノリティーの出資を原則とするところもある。

 このように、日本企業の特性は現地企業からして非常に好ましく、よって提携を求める際には相手に困らない、つまりモテモテの状態となるのである。

●決められない日本企業

 そんな日本企業に死角はないのだろうか? 実はある。そしてそれは、今後のモテ度数に大きく影響を及ぼす決定的なものだ。短的にいうと、日本企業の決断に要する時間の長さだ。もしくは決められない体質だといっても良い。ASEAN側はオーナー企業であり、大株主(つまりオーナー)が経営者を兼ねているケースが多い。事業の遂行に際し、彼らは即断即決で意思決定が非常にスピーディーだ。一方で日本側はサラリーマン体質で、何かにつけて本社決済を取らなくてはならないことが多い。大企業ほどその傾向が強い。現地企業がよく驚くのが、現地法人社長の権限の小ささである。何かにつけて本社におうかがいを立てるので、「彼は社長ではないでのはないか」と疑われるのだ。その本社でもオーナーがいるわけではなく、ボトムアップ方式の稟議制なので、これがまた決断を下すまでに時間がかかる。このような決断の遅さが、提携相手の大きな不満の種なのだ。

 決められない日本。ここに私は大いなる不安を感じる。日本企業の競争力を削ぎ、有望なASEAN市場でのプレゼンス低下を招きかねないという不安だ。それを暗示させるひとつの例をお示ししよう。

 CP、サハ、セントラルという日本企業と非常に関係の深いタイの大財閥が、Eコマースとそれに付随するファイナンスの分野で、ことごとく中国企業と手を組んでしまっている。今でこそこうした分野は、多くの人が利用する「日常」のビジネスとなった。しかし、これらが勃興してきたときは、不確実性の高い新興事業と見なされていた。

 ITやデジタルの世界はとかく動きが早く、いかに早く業界のスタンダードを打ち立てるか、つまり陣取り合戦で勝つかが事業の成否に決定的に影響する。そのためには、事業としての経験値が少なくて不確実性が高い中でも経営判断を行っていく必要がある。デジタル時代の幕開けにあって、ASEAN財閥は新しい事業を求めていた。不確実性が高いこのEコマースの例は、果敢にリスクを取って投資を実行した中国企業とフィットした。そして、このような提携の形に帰着したものだといえる。日本企業はこれらタイの3大財閥と非常に関係が深いのだが、このような新興ビジネスでプレゼンスを確立できなかったことは、非常に象徴的であると私は危惧するのである。

●指数関数の曲線の先を見通せるか?

 私が子どものころに読んだ「ドラえもん」の未来の道具の中に、テレビ電話があった。電話機に画面がついていて相手の顔を見ながら話せるという道具で、そんな将来が来るのかとわくわくしたのを覚えている。今、私は携帯のLINEやFaceTimeのアプリを使い、米国に住む娘と顔を見ながら話をする。子どもの頃に夢見た未来の世界は、私の手のひらの中で簡単に実現している。目下、あらゆる産業でデジタルトランスフォーメーション(DX)が進行しており、テレビ電話のような例は枚挙にいとまがない。

 DXとは何か。テクノロジーにより現実世界のあらゆる事象がネット上の仮想世界に取り込まれ、そこでの事象や経験がシームレスに現実世界にフィードバックされることで、現実の世界の利便性が格段に向上する流れを指す。ここにAIや量子コンピュータによるパワーが加わると、その流れは一層加速する。DXはあらゆる産業で発生するため、これまでにない新しいビジネスチャンスが訪れると期待されている。その機会を捉えようと、多くの企業では「次世代ビジネス開発部」のような名称の部署を立ち上げて、新しいビジネスチャンスの獲得に躍起になっている。

 ただ事はそう簡単ではないようだ。実際、私の元にも次世代ビジネスの構築について相談が多く寄せられる。相談内容は多岐にわたるが、端的にいえば、「何をしていいか分からない」という根源的な悩みであることが多い。つまり、ビジネスモデルの構築そのもので難儀しているのである。

 それも道理である。再びドラえもんのテレビ電話の例で説明しよう。私が見たものは、電話機そのものに画面が付属されていて、リビングの一角に設置されたその機械の周りに皆が集まってテレビ電話を楽しんでいるという図であった。当時の電話機は固定。テレビももちろん固定である。しかし私が娘との会話を楽しむテレビ電話は、手のひらに収まり話す場所を選ばない。しかも費用はWi-Fi環境であれば無料だ。DXがもたらした通信の未来形は、固定電話機の延長ではなく、全く新しい概念のデバイスであった。そう、DXの元では、未来は一次関数の直線の先ではなく、指数関数の曲線の先にあるのだ。DXの進行とともに、曲線の傾きは急になるため、事業環境の予見はますます難しくなり、ビジネスモデルの構築にも難儀をしてしまうのである。

 日本人は模倣と改善は得意であるが、新しい概念を立ち上げてそれで陣取り合戦に勝っていくのは苦手だ。ガラケーの機能強化はできても、iPhoneを生み出すことはできなかった国民なのである。

 そのような弱点がある中、増大する事業遂行上の不確実性の元で、ますます「決められない」事態は継続するであろう。折しも、ASEAN財閥のファミリーも代替わりが進んでおり、創業者の子どもや孫という「次世代」が経営の指揮をとり始めている。彼らの多くは、欧米のビジネススクールで学位を取るような俊英である。DXによる変革とそれに付随する利便性の向上は、場所も所得水準も選ばない。豊かになりつつあるASEANの中間層は、より貪欲に新しいサービスと利便性を求めるであろう。そのニーズに応えるため、ASEAN財閥や現地企業はソリューションをも提供してくれるパートナーを求めるはずだ。品質・信頼・投資スタンスでこれまでモテモテだった日本企業。間違いなく潮目は変わっていることに気付いているだろうか?

(桂木麻也)