日産自動車が2030年までの長期計画の中で、今後5年で電動化技術に2兆円を投資し、28年にも自社開発中の全固体電池を搭載するEVを発売する計画を明らかにした。

 その資金調達や、今から7年も先の商品計画の具体性に疑問を持たないわけではないが、全固体電池を自社で開発しEVに搭載して発売するという計画は、かなりのインパクトを感じさせる。

 だが、そもそも電池の開発は電池メーカーや研究機関の仕事で、自動車メーカーが開発するモノなのだろうか、と思われる方も多いのではないだろうか。

 しかしトヨタも全固体電池の開発には、かなりのリソースを注いでいる。かつてトヨタの豊田章男社長は、全固体電池を自動車産業界のゲームチェンジャーになり得る材料だとも表現した。

 それほどまでに期待が集まる全固体電池だが、パワーワードとして独り歩きしている感も否めない。DXなどと同様、トレンドワードに躍らされ過ぎな傾向もある日本において、全固体電池に期待し過ぎるのは危険ではないのか、考えてみたい。

●リチウムイオン電池は高性能だが危険でもある

 かつては繰り返し充電して使える二次電池としては、ニッカド電池やニッケル水素電池(乾電池型では現在も主流だ)が使われており、起電力(そのイオンが作り出せる電圧)の問題から、単一セルの電圧は1.2ボルト程度と低く、安全性は高かった。

 ところが吉野彰教授がリチウムイオン電池を開発、その他の電池メーカーの技術者も追従したことによって、電池の持つエネルギーは飛躍的に向上を果たした。リチウムイオン電池の起電力はおよそ3.7ボルトと、従来の3倍にも高まったのだ。

 大きなエネルギーを蓄えて、一気に放出できるようになるということは、それだけ危険性も高まっていることだと考えていい。

 「乾電池」といわれているモノですら、実際には放っておくと液漏れする通り、内部には電解液をしみ込ませる形で使われている。金属イオンを利用して電位差を起こし、それによって電気の流れを作るにはイオンが活発に動ける液体を利用するしかなかったのである。

 リチウムイオン電池は、リチウムを利用するために電解質に有機溶剤を用いている。有機溶剤といっても厳密にはいろいろ種類があるが、ともかく水よりも燃えやすい可燃性の高い物質であることは想像がつくだろう。そのため特に急速充電時にはバッテリーを冷却するなどの温度管理が、安全面からも耐久性の面からも重要だ。

 例えば、中国では電動自転車の発火事故が年間1万件以上も起こっているという報道もある。それに対して、日本でも電動アシストサイクルの発火事故は起こっているがせいぜい数十件だ。中国では3億台もあるらしいから、母数が異なるとしても確率はずっと小さい。少なくとも日本のメーカーが使用しているリチウムイオンバッテリーは信頼性に関してはトップクラスだ。

 そして日産のEV、リーフは10年かけて50万台の販売を達成している。その規模はともかく、発火事故がゼロであるということは特筆できるものだ。

 前述のように電動自転車でもボンボン燃えているかの国では、EVバスやEVの充電中の発火、全焼しかも隣に停めていた車両にまで延焼するような動画がネット上にはあふれている。それらは当然のごとくリチウムイオン電池を使い、それなりの出力の充電器を使っている。

 この原因にはバッテリー内部の異物混入やBMS(バッテリーマネージメントシステム)の不具合による過充電などもあるが、リチウムイオン電池自体にも高エネルギーゆえ熱暴走しやすいという弱点がある。こうした熱暴走を防げるのが、全固体電池なのである。

●固形なのにリチウムイオンが動ける! 全固体電池

 全固体電池とは、電解質を固形の物質とすることで、熱に強い特性を得ることができる電池のことだ。以前は理論上では考えられていただけであったが、固体電解質でリチウムが素早く移動できる物質が見つかったことで、開発は加速している。

 それでも実際に電子を運ぶのはリチウムであれば全固体リチウムイオン電池となり、起電力などは従来のリチウムイオン電池と変わらない。

 しかし安全性が高まれば、電解質内のリチウムの量を増やして大容量化することができるし、急速充電を行っても冷却装置を簡素化できるので軽量化にも結び付く。大容量化と急速充電の高電圧化、さらには軽量化でBEV(バッテリーEV、電池の蓄電だけで走るEV)の走行性能を高めることができる、というのが全固体電池に熱い視線が集まっている理由だ。

 ただし全固体電池という構造は同じでも、実は電解質に何を使うかによって、その特性は変わってくる。現在開発されているのは酸化物系、硫化物系、窒化物系の3種類に分類されている。トヨタが開発しているのは硫化物系といわれており、出力特性が高いが発熱時には硫化水素ガスを発生させる可能性もあるため、安全対策も万全にする必要がある。

 今回、日産は全固体電池の新たな電極素材に目星がついたとして、24年度中に試作生産ラインを稼働させるという。目指す性能は液系リチウムイオン電池に比べて容量2倍、充電時間は3分の1らしい。これが実現できれば凄いことだ。

●バッテリーの争奪戦が今後激化していくことは確実

 冒頭で述べた疑問の通り、多くの自動車メーカー、EVベンチャーは自前でバッテリーを開発するようなことはせず、電池メーカーから供給を受ける構造をとっている。理由は簡単で、バッテリーの開発は専門メーカーに任せ、リソースをEV本体の開発に集中させたい(といってもモーターやインバーターもサプライヤー任せだったりするが)からだ。

 それでは他車との差別化が難しくなり、価格競争に巻き込まれるだけだ。こうなると人件費が安く国を挙げてダンピングさえ仕掛けてくるメーカーには、日本メーカーは太刀打ちできない。

 そのため安全、安心、高性能をアピールできる材料として、独自のバッテリーや電動化技術を搭載する姿勢をとっているのだ。トヨタや日産がバッテリーを自社開発する理由は、ここにある。トヨタの場合、グループ内でバッテリーを生産している豊田自動織機の存在も大きい。

 もちろんトヨタほどの規模となればバッテリーの供給を1社に集中させることはなく、状況に応じて使い分けることやリスクヘッジのために分散させることもある。実際、ほとんどの自動車メーカーはEV用のバッテリー供給元として複数の電池メーカーと契約している。

 こうしたEVのバッテリー技術において、最も先端を突っ走っているのが、前述の全固体電池なのである。このあたり、テスラのようなまだ身軽なEVメーカーにとっては心配は杞憂(きゆう)なのだろう。技術面でブレークスルーを起こしたバッテリーメーカーに供給を迫ればいいのだ。そのためには素材の権利を握っておくことが必要だ、ということもあってか最近のテスラは原料のリチウムを直接購買する動きをみせている。

 それでも全固体電池になれば、すべて解決するのかといえばそんなことはないし、従来の液系リチウムイオン電池でも、やれることはある。パナソニックはテスラの要望で大容量の円筒型を開発したし、不燃性の電解液を採用したタイプも開発されている。

 ともあれ、トヨタは20年代前半にハイブリッド車に全固体電池を採用して発売することを明言しており、日産も24年度に試作とはいえ生産ラインを作る以上、少量生産でも実用化を図れる可能性はある。エンジンを捨てる宣言をしたホンダも20年代後半での採用を目指すと目標をブチ上げている。

 中国やフォルクスワーゲンなどの欧州メーカーとも開発競争を繰り広げている分野だけに、「EVで遅れている日本勢」などというレッテルを払拭できる。そうした期待も含めて、早期実現を果たしてもらいたいところだ。

(高根英幸)