5月13日、マツダの決算が発表された。もったいぶらずに書けば、大躍進の決算であった。その成果が端的に現れているのは営業利益で、前期の88億円から当期は1042億円へと1184.1%という飛躍ぶりだ。ミスタイプではないセンヒャクハチジューヨンテンイチパーセントである。驚いていい。というか驚くべきだ。

 マツダ自身も、決算資料の冒頭で「足場固めの3年間で、稼ぐ力の取り戻しに一定の進捗」と成果をまとめるなど、自信を覗かせる結果となった。

 この記事を読んでいただいてる方は、マツダの決算記事を期待しているかもしれないが、今回は直球の決算分析記事ではない。ベースとして決算を踏まえつつ、2010年以来マツダが取り組んできたことをひも解いてみるのが狙いだ。

●フォード傘下からの離脱と苦しみ

 マツダは直近2回の中期経営計画で、高付加価値販売を目標に掲げてきた。かつてのマツダは「新車が売れず大幅値引き→中古車価格が崩壊→トヨタや日産で下取りを断られてやむなく再度マツダ車に乗り換え」が常態化しており、一度マツダ車に乗るとマツダ車から抜け出せない状態を「無間地獄」をもじって、俗に「マツダ地獄」と揶揄(やゆ)されてきた。

 100年にも及ぶマツダの歴史を振り返ればキリがないので、「フォード傘下からの離脱」あたりから説明を始めよう。2010年に、提携関係にあったフォードは、リーマンショックの後処理の一環として所有するマツダの株式の大半を売却。フォードとしても止むに止まれぬ事情があってのことだが、グループの一員として主要コンポーネンツの共用を進めて来たマツダにしてみれば、それらを引き上げられることで、結果的に2階に上げてハシゴを外された形になった。

 会社を残したければ、自力でコンポーネンツ開発を頑張るしかない。しかしながらマツダは日米欧中に、そこそこバランスよく市場シェアを持っている。それはフォードグループの中で、小型車部門をグローバルに任されてきた結果である。マツダは、巨人フォードの物量を背景に、身の丈以上のラインアップで、身の丈以上に広範なマーケットでビジネスを展開していたわけだ。「シナジー効果があった」という意味ではそれは正しいが、今後はそれを失うということでもある。

 いずれにしてもフォード製のコンポーネンツはもちろん、フォードから有償で開発委託を受け、自社で設計したコンポーネンツも全て引き上げられてしまうことになる。のたれ死にしたくなければ、必要なプラットフォームとパワートレインを自力で開発するしかない。

 今さら慌てて他のグループ傘下に入ろうにも、持参金となるオリジナルコンポーネンツを一切持たない状態では、会社ごと吸収されてブランドが消滅しかねない。そうでないとしても交渉は極めて不利だ。そりゃそうだ。具体的な商品をろくに持たない会社は、買う側からみれば、人と設備を買うことになる。買収先のために、わざわざ自社に計画もない新商品群の開発費を出してくれるお人好しはいない。いくらロードスターがブランドだといっても、所詮(しょせん)は少量生産の2座スポーツカー。ビジネスとしての旨味は知れている。元々自社が推進中の事業計画に買収先の人と設備を投入するのが常識的だ。

 つまりマツダには、事実上独立独歩の道しかなかった。マツダの看板を掲げる世界各国の販売店網に信義を通し、全部食わしていこうとすれば、フォード時代と同等のコンポーネンツ群を全部自力で展開しなければならない。ちなみに余談だが、同じフォード傘下にあったボルボもまた全く同じ苦難を味わっている。

●SKYACTIVの誕生

 苦難の果てにマツダがひねり出したのがSKYACTIVである。一括企画で全車種のベースを作り、それを展開しながらバリエーションを作っていく。

 そう書くと部品の共用化のように聞こえるだろうが、マツダが目指したのはそこではない。数理的な基礎データの共有である。スーパーコンピュータを使ったシミュレーションで、エンジンならエンジンの燃焼特性を解析し、その理想値が再現できるようにハードパーツを設計していく。それがマツダのコモンアーキテクチャーである。

 狙いは「基礎特性を相似形にそろえる」ことであり、物理的なパーツの使い回しではない。同じ原理原則を採用することで、性能のブレを防ぎ、全製品のレベルを高める。試作を繰り返すようなトライ&エラーが減って、行きつ戻りつしないで製品が作れる分、結果的にコストが下がるはずだ。

 そうやって基本となる特性の部分を完全に固定して使い回し、それ以外を変動させて「商品ごとの個性」を出して行く。マツダが繰り返し主張してきたMBD(モデルベース開発)の「固定と変動」とはそういう意味である。

 こうして「MBDで基礎特性を相似形にする」ことでコンポーネンツ群を一斉開発したマツダに対し、同じくフォード傘下にあり、これもまた同じく独立を余儀なくされたという局面にあったボルボもまた、マツダ同様にコモンアーキテクチャーを採用した。しかし、当時は各社ごとに「コモンアーキテクチャーの解釈」が異なっていた。よくよく聞いていくとボルボのコモンアーキテクチャーの中身は「部品共用化を徹底追求する」モジュール化のことだった。ボルボは、マツダでいう「SKYACTIV」にあたる「DRIVE-E」を開発した。

 当時は、モジュール化はモジュール化で合理的な考えであり、筆者もマツダとボルボの定義の違いを理解しつつも、どちらが正解か判断が付きかねていた。しかし今となってはマツダ方式が正しかったと言える。

 ボルボは、同一ブロックを使う4気筒のガソリンとディーゼルの双子エンジンを、自然吸気、ターボチャージャー、スーパーチャージャーなど、デバイスの追加でシステムアップすることで、小さいクルマから大きいクルマ、ベーシックモデルからプレミアムまで、出力グレード別のエンジン群を構築し、一時的には売り上げを伸ばし、成功に導いた。

 しかし、排ガス測定モードがWLTPになったことで、テストモードのプログラム中で、従来より高い加速度を長時間求められるようになる。ボルボの出力追求型の過給システムでは、燃焼効率の最適化を追究したマツダほどCO2排出量が減らせなくなった。さらに、ブロックの共用を大前提にすれば、燃焼室の設計が自由にできない。ボア寸法に縛られ、燃焼効率が理想化できないのだ。だからおそらく、ボルボが後に「オールBEV化」を宣言し、内燃機関からの撤退を発表したのは、自ら「DRIVE-E」の失敗を悟り、今さら第2世代の「DRIVE-E」を開発する余力がない故の戦略だと筆者は思う。

 さて、マツダの話に戻る。製品の魅力向上を果たしたとしても、単独になったマツダは以前のように規模の大きさでは戦えない。冷静に見れば自動車メーカーとしては販売台数は多い方ではなく、しかしながらグローバルな商品展開のためには車種はどうしても多くなる。宿命的に多品種少量のビジネスから逃れられない。

 何よりも手元に金がないのに、たくさんの車種を作らなければならない事情があるので、コストは掛けようがない。しかし、金が無いからといって、競争力のない凡庸なコンポーネンツを間に合わせで作っても生き残れるはずがない。だから必死で、コストダウンと良品を両立するブレークスルーを考え抜き、針の穴を通すようにして見つけた答えこそが、先述のMBDによるSKYACTIVだったということである。

●高付加価値による良品適価

 さて、そうして15年に、「クルマを構成する全てがSKYACTIV化された」モデルとして「初代CX-5」がデビューした。この世代のクルマをマツダは第6世代と呼ぶ。結果を見れば、第6世代から、ハードの性能は狙った通りよくなった。究極的な理想は遙かな高みにあるが、現状のベストエフォートとしてハードウエアとしては十分戦えるものができた。それは多くの読者の知る通りである。

 次はブランドイメージの向上だ。最終的なゴールはブランドイメージを上げて「良品適価」で売ることだ。小規模メーカーとして生きて行かざるを得ないマツダには、大量生産による薄利多売の選択肢は初めからない。

 フォード傘下にいた時は、親会社から「この性能はクラス平均でいい」などという指示が普通に飛んで来た。規模の大きいフォードグループは数の力で戦える。同じコンポーネンツをフォード傘下の数多くのブランドでシェアして、廉価で売れば勝ち抜ける。

 だから、金を掛けないことは重要な競争力の源泉だ。しかし、本能的に良いものを作りたいというエンジニアにとって「クラス平均でいい」とは冷や水を浴びせる言葉だ。並みの製品で良いから安く作れといわれて、モチベーションを高く保てるエンジニアはいないだろう。

 だから独立後のマツダのエンジニアたちの中には、そうした過去の仕打ちへの反骨心もあった。エンジニアとして最良を目指す開発をして、良心に恥じぬ良いクルマを作りたい。ただし、フォード傘下で非プレミアムなブランドとしてイメージを定着させて来たマツダの立場は案外難しい。すでにしつこく書いてきた通り、絶対的な販売台数が少ない中で、多品種少量を成り立たせるためには、薄利多売による良品廉価は不可能である。かといってプレミアムを自称したところで、パブリックイメージとのズレが大きい。だから目指すとすれば良品適価しかない。

 良いものを作れ。ただし高級品ではなく、アフォーダブル(手頃)であることを忘れるな。手頃かつ良いクルマ。新生マツダは、それを安売りしないでキチンと売る。それこそがマツダが目指した良品適価である。

 その第一歩は製品がよくなければ話にならない。だからSKYACTIV導入で商品力を向上させた。その上で値引きをしない正価販売を打ち出す。実際には1円も値引かないわけではないが、値引きを武器にしてクルマを売らないということだ。一人一人の顧客に、ちゃんとクルマの良さ、魅力を分かってもらって適正な支払いをしてもらう。だからこそ顧客が実感できるクルマの良さは絶対に必要なのだ。

 その道のりは長かった。少ないリソースの中で、時間を掛けて1車種ずつフルSKYACTIVの車両を増やしていき、それが行き渡ってからは、第2ステップとなる第7世代SKYACTIVへとさらに商品力の向上を進めた。その第2ステップの後半こそが、今注目を集めているラージプラットフォームの直6縦置きFRを主軸とした商品群である。

 さて、こうして長い時間を掛けてマツダは、一歩一歩高付加価値販売の実現に歩みを進めてきた。戦術の具体的目標は中古車価格の維持にある。マツダ地獄を脱出すれば、全ての回転が良い方に回る。その地道な活動の詳細は過去の記事「自動車を売るビジネスの本質 マツダの戦略」に書いてあるので、気になる方は参照していただきたい。主要部分だけ箇条書きで書いておこう。

・新車を値引かない

・地域価格差を利用して中古車を高く売れるエリアで売るためのWeb活用

・残価設定クレジットの残価率の引き上げ

・メンテナンスパックの活用により記録簿の整った筋の良い中古車を増やす

・自社運営のスカイプラス保険の特典で、年1回の板金修理サービス(条件あり)によって美観を引き上げる

・販売店の内外装リニューアルと人材育成によるサービス向上

●一気に下がった損益分岐台数

 さて、過去の話はここまでだ。決算資料に戻ろう。高付加価値販売が上手くいったかどうかは、中古車相場に明確に表れる。2つの図には米国における残価の推移が描かれている。上のグラフはCX-5とCX-50の残価率推移を示したもので、比較対象はグレーの線が示す「クラス平均」の残価率だ。下は同じことをCX-30で比較したもの。一目瞭然だがどちらも残価率は平均をしっかり上回っている。

 もう1点、決算資料から抜き出そう。「中期経営計画 主要施策の成果」の図中に示される左のえんじ色の棒グラフが、年度ごとの損益分岐台数で、右隣の濃紺のグラフは同じ年度の営業利益となっている。

 下図、当期決算のグラフには記載が無いが、各年度の販売台数を抜き出しておこう。20年3月期は141.9万台、21年3月期は128.7万台、22年3月期は125.1万台である。

 20年3月期を見ると損益分岐台数が100万台を大きく越えており、141.9万台の販売で利益は436億円。一度これを基準に置こう。

 21年3月期には損益分岐台数の低減は進んだものの、販売台数の落ち込みが利益を直撃して、128.7万台に対して利益はわずか88億円まで下がっている。ところが22年3月期には、損益分岐台数を一気に押し下げ、前期よりさらに台数を落とした125.1万台にもかかわらず利益を1042億円に押し上げている。

 ちなみに参考までに台当たり利益を算出してみると、それぞれ3万726円、6838円、8万3293円となる。台当たり利益は単純に営業利益の台数割だ。そしてその営業利益は、損益分岐台数を上回った台数にひも付く。さらに損益分岐台数は、商品の付加価値と原価で決まる。つまり高付加価値販売とコスト低減が進むことによって、損益分岐台数が下がり、その結果逆境でも利益が出しやすくなるのだ。

 長期的な取り組みの結果としては、これは驚くべき改善だといえる。もちろん当期は部品不足で車両の生産が滞り、受注残を抱えていた状況に鑑みれば、値引き要求も少ないだろうし、売る側も商品が足りない以上、無理して売らなくて良かったという事情もある。

 しかし、部品不足による生産停止で、需給の逼迫(ひっぱく)という「追い風」を受けたとはいえ、マツダが長年取り組んで来た目標に、一気に到達したのもまた事実である。

 筆者がマツダの人に「これから受注残が解消された時、また値引きの誘惑に駆られて、せっかく成し遂げた高付加価値販売ができなくなったりはしないんですか?」と聞いたら、マツダの人は「マーケットの競争の中で、そういう要素が全くないとは言いませんが、苦労してやっと辿(たど)り着いたものですから」と言葉を選びながら言った。

 マツダはどうやら新しいステージに王手をかけたといえる。今後リーマンショック級、あるいはコロナ級の災厄に見舞われても、この損益分岐台数を維持していかれる限り、十分に戦えるだろう。あとはラージ商品群でキッチリ結果を出すだけだ。それが叶えば、マツダは長年の目標についに辿り着いたことになる。

(池田直渡)