サラリーマンであれば、誰もが胸が締め付けられるような「社内イジメ」のニュースが飛び込んできた。

 2018年、青森県八戸市の住宅会社「ハシモトホーム」の営業職男性が上司から「お前はアホか」など罵声を浴びせ続けられた挙げ句、侮辱的な「賞状」を渡されて、その後に精神的な病を患って自殺をしていたのだ。

 既に多くのメディアで報じられているのでご存じの方も多いだろうが、あらためてこの「侮辱賞状」の文面をご紹介しよう。

 『症状 第三位 ××殿 貴方は、今まで大した成績を残さず、あーあって感じでしたが、ここ細菌は、前職の事務職で大成功した職歴を生かし、現在でも変わらず事務的営業を貫き悪気は無いがお客様にも機械的な対応にも関わらず、見事おったまげーの三位です。陰で努力し、あまり頑張ってない様に見えてやはり頑張ってない様ですが、機械的営業スタイルを今年も貫き、●●みたいな一発屋にならない様に日々努力して下さい』

 読んでいてへどが出る、怒りが込み上げるという営業マンも多いだろうが、世間一般の「イジメ」と同じで、「いじめていた側」にはまったくそのような罪悪感はない。むしろ、「その場が楽しく盛り上がるように、おいしくイジってあげた」くらいの感覚だ。

 『デイリー新潮』(6月24日)によれば、この公開ハラスメントは、ハシモトホームの関連会社が加入している親睦会の新年会で毎年行われているもので、対象になったのはこの男性だけではなく、「営業成績優秀者」。

 つまり、ハシモトホーム的には、営業でがんばった人をただほめてもつまらないので、イジり倒してみんなで楽しく盛り上がろうという「余興」の一種だった。実際、メディアの取材に対して同社の橋本吉徳社長も、しれっとこんなことをおっしゃっている。

 「行き過ぎた表現だったかもしれないが、他の人にも渡していたので、亡くなった男性の不調の原因になったか疑問に思う」(共同通信 6月22日)

●独特の社内カルチャー

 「いやいや、そんな深刻なものじゃなくて、ただの身内ノリじゃないスか」と言わんばかりなのだ。世間一般の常識とかけ離れた独特の社内カルチャーにドン引きしている人も多いだろうが、この「人権感覚のマヒ」こそが、営業職男性を死に追いやった「真犯人」である可能性が高い。

 「がんばれ」と「みんなで一致団結」を組織カルチャーのど真ん中に据える日本型組織は、「結果」が出なくなってくると、現場の人間に対して「お前らががんばっていないからだ」とか「一致団結の輪を乱すな」などと責任転嫁をして、現場の人権を侵害する傾向が強い。

 分かりやすいのは、スルガ銀行だ。かつて「地銀の優等生」と呼ばれた同行だが、実は近年「結果」が出なくなっていた。第三者委員会の調査報告書(P163)によれば、全社営業目標の達成率は2011年度は114.8%だったが、13年度には83.1%、16年度は48.8%まで低下して、17年度にはついに25.3%にまで落ち込んでいた。そうなると、そのツケはすべて現場に押し付けられて常軌を逸した精神論と、悪質なパワハラが横行する。

 同じ報告書によれば、ある営業マンは、営業目標が達成できなかったとき、上司からものを投げられ、パソコンを殴られ、こう脅された。

 「お前の家族皆殺しにしてやる」

 また、ある営業マンは契約が取れないと「なぜできないんだ、案件を取れるまで帰ってくるな」と、上司に首をつかまれ壁に押し当てられた。さらに、顔の横の壁も殴られたという。このように「結果」が出なくなればなるほど、「現場の人権侵害」が深刻になっていったのである。

 これはあくまで筆者の想像だが、ハシモトホームも同じ問題が起きていた可能性が高い。実は同社も、スルガ銀行と同じでかつては「地方のハウスビルダーの優等生」とうたわれていた。

●ハシモトホームは名門企業

 住宅産業研究所の「約15年間でビルダーが台頭、変化した地域勢力図」という記事の中で紹介されている、「都道府県別着工No.1企業」というデータによれば、02年の青森県内の新規住宅着工数でハシモトホームは1位に輝いている。

 さらに、『サンデー毎日』に連載中の「会社の流儀」の『東北“三冠王”目指す地域No.1ハウスビルダー 揺るぎない経営基盤と信頼で顧客の心を掴む』(2014年10月29日)の中には、同社がこんな風にヨイショされている。

 『株式会社ハシモトホームの願いは地域ビルダー着工棟数・東北NO.1(402棟/2013年4月〜14年3月・リビング通信社発表)、売り上げ100億円(今期/37期)という目標達成とともに結実し、さらに強く、大きくなって顧客のもとへ届けられている』

 このことからも、ハシモトホームが青森県でトップを長く死守してきた名門企業だということが分かるだろう。

 ただ、その栄光にかげりが見えてくる。先ほどの住宅産業研究所のデータでは、18年度になると青森県のナンバーワン企業は一条工務店になってしまうのだ。もちろん、着工棟数がすべてではないが、さまざまなクチコミサイトを見てもハシモトホームに対しては、他社に比べて営業マンの対応が悪いとか、アフターケアへの不満などが多く書き込まれており、かつてほど「結果」が出なくなっていたことがうかがえるのだ。

 ポイントを整理しよう。長く「地域No.1ハウスビルダー」だったハシモトホームは近年、他社の台頭もあって苦しい戦いを強いられており、18年には「首位転落」をしてしまう。営業職男性が上司からの執拗(しつよう)なパワハラの末、自殺をしたのはまさにそんなタイミングである。

 業績の悪化が「現場の人権侵害」につながったスルガ銀行と妙に重ならないだろうか。

●同じ悲劇を繰り返す

 ちなみに、ハシモトホーム社長が「余興」と説明した「侮辱賞状」が始められたのは、「10年ほど前から」(朝日新聞 6月25日)ということだが、実はこのタイミングもハシモトホームが非常に苦しい戦いを強いられたときだ。

 「青森市の人口減少・少子高齢化の進展が青森市に与える影響・課題と対応の方向性〜中間報告〜」(平成27年2月5日 成長戦略研究センター)には「新設住宅着工戸数の推移」について、以下のようなポイントが指摘されている。

 「県、市ともに減少の一途を辿っていたが、平成22年を底に、緩やかな増加傾向で推移」

 実は青森県はずっと住宅着工数が減少の一途をたどっていて、ちょうど10年〜11年あたりが「底」だったのだ。いくら「地域No.1ハウスビルダー」であるハシモトホームとしても当然、苦しい戦いを強いられていたときだ。こういう劣勢に立たされると、「絆」とか「みんなでがんばって、この苦境を乗り越えよう」という精神論がやたらと盛り上がるのが、日本企業のお約束だ。

 そして、「侮辱賞状」というハラスメントが生まれたのである。苦しい戦いになればなるほど、現場に精神論を求めて、常軌を逸したハラスメントが生まれるという「スルガ銀行の法則」通りのことが、ハシモトホームでも起きていた可能性が高いのだ。

 という話をすると、「確かにハシモトホームやスルガ銀行はそうかもしれないが、すべての日本の組織が結果が出なくなるとパワハラをするという話は、さすがに無理があるのでは」と感じる人も多いだろう。

 今回のケースでも、SNSやネットで男性を死に追いやった犯人として叩かれているのが「上司」であるように、パワハラやイジメは組織の問題ではなく、「ヤバい人間による個人犯罪」というのが、日本人の一般的な認識だからだ。

 ただ、仕事柄、さまざまな企業のパワハラの内情を見てきた筆者から言わせていただくと、いつまでもこれを「組織の問題」として捉えていないので、いつまでも同じ悲劇が繰り返されているような気もする。

●伝統的な日本のマネジメントスタイル

 この苦しい戦いになればなるほど、現場を痛めつけてこれまで以上に力を出させようというのは、旧日本軍の「新兵いじめ」にも共通する伝統的な日本のマネジメントスタイルだからだ。

 筆者は今回の営業職男性が自ら命を絶ってしまった18年2月、『大東建託が「ブラック企業」と呼ばれそうな、これだけの理由』(18年2月20日)という記事を発表している。ここでは、大東建託の新卒社員が上司からの叱責を受けて自殺してしまったことや、電通の女性社員の「過労自殺」の根っこに、日本企業の「軍隊気質」があることを指摘させていただいた。

 サラリーマンの多くはまったくそんな自覚はないだろうが、年功序列、定期異動、定時出社、上司の命令には絶対などの日本独特の企業カルチャーというのは、ほとんど戦時体制に定着をした。当時、総力戦をしていた日本では、民間企業は軍隊を真似ろと命じられて、働く人たちも「産業戦士」と呼ばれて、実際に軍隊から指導員がきた。

 戦後も基本的には、同じことが繰り返されている。焼け野原の経済復興をした人のほとんどが、軍隊で復員した経験のある人や「産業戦士」なので当然、戦後のベビーブーマーたちに「軍隊式の教育」を行った。その世代間連鎖が続いた結果が、今の日本企業である。

●「軍隊気質」の呪い

 そういうルーツなので当たり前のように、軍隊と同じ問題が起きる。その最たるモノが「新兵イジメ」など現場へのハラスメントである。前出の記事でこう指摘させていただいた。

 『軍隊は連戦連勝なら士気もあがって風通しもいいが、ひとたび勝ち目のない消耗戦へ追いやられると、旧日本軍のように上層部が現実逃避をはじめて、ガチガチに硬直した組織になる。結果、現場兵士の生命・人権を軽んじた机上の空論みたいな無茶な戦い方が行われる。さらに、規律が乱れて暴力衝動が水のように上から下へ流れるため、「新兵いじめ」などのパワハラもまん延する。1930年代の旧日本軍も、上官からボコボコに殴られた若者たちは「人生修練」だとありがたがったが、敗戦が近づくにつれて自殺者が出るような陰湿なイジメが増えていった』

 筆者は、ハシモトホームでも同じことが起きたのではないかと考えている。もしかしたら12年ごろには、まだ「侮辱賞状」も楽しいイジりだったのかもしれない。表彰された人もバカにされながら「オレって、みんなにかわいがってもらってるな」なんて笑える余裕もあったかもしれない。

 しかし、先ほどのデータを見ても分かるように、競合他社の脅威がジワジワと増して、「地域No.1ハウスビルダー」の座が怪しくなってくる。日本軍で言えば、ミッドウェー海戦やガダルカナルの戦いに惨敗して、流れが変わって防戦一方になっていったときだ。

 こうなってくると、「新兵イジメ」などの現場のハラスメントはユーモアのかけらもなく、ただ陰湿でただ暴力的な、「逆境の責任転嫁」にされていく。

 ザ・ブルーハーツの名曲「TRAIN TRAIN」の中に「弱い者たちが夕暮れ、さらに弱い者をたたく」という歌詞があるが、筆者はこれこそが日本のハラスメントの本質を突いていると思っている。日本の組織は「斜陽」になっていくと、「上」が生き残るために、弱い者から捨て石にしていくものなのだ。

 あとどれぐらいの犠牲者を出せば、日本企業は「軍隊気質」の呪いから抜け出すことができるのか。

(窪田順生)