パソナグループが淡路島で取り組む、地方創生事業が加速している。

 南部靖之代表が2020年9月、新型コロナウイルス感染症の影響でテレワークが広がる中、のどかなリゾート地でテレワークを行うワーケーションを提案。東京・大手町にある本社機能の一部を、兵庫県の淡路島に移転する計画を発表した。

 社員約1200人の移住が予定されていて、着々と進んでいる。22年4月までに約350人が実際に移住したという。

 パソナでは、社員を受け入れるオフィス棟、社宅を淡路島北部の淡路市を中心に増設している。社員がリラックスした雰囲気で働ける環境が、淡路島では実現されているとのことだ。

 そればかりではなく、パソナは淡路島での雇用創出を目指して、物販・レストランなどの観光施設を島内に次々にオープン。主に京阪神からのマイクロツーリズム(近所旅行)需要を喚起している。関西随一の高級住宅地・芦屋のマダムが集まるフレンチレストランもある。

 特に、播磨灘に臨む西海岸は山が海に迫る地形が続き、人口のまばらな地域で未開拓の山林が広がっていた。しかし、海沿いを南北に走る県道31号線は、「淡路サンセットライン」と呼ばれ、海に夕陽が落ちる風景の雄大さが評判だ。パソナはこの西海岸に面した絶好のドライブコースに、次々と海が見えるレストランをはじめとする商業施設をオープン。にぎわいをつくり出している。

 「近年は、弊社以外にも淡路島を盛り上げてくれる仲間が増えて、頼もしく思える」とパソナグループ関西・淡路広報部長の佐藤晃氏は、島の再生を目指すレストランやホテルを造る動きが、他の企業にも広がってきたという手応えを感じている。

 パソナの淡路島活性化事業は、どこまで進捗したかをレポートする。

●都会へのアクセスが良好

 パソナグループでは08年から淡路島で、「人材誘致」による地方創生にチャレンジしている。同社の南部代表は兵庫県神戸市の出身。1995年阪神・淡路大震災の後には、南部氏は神戸の復興に取り組んだ。南部氏の資産管理会社が大株主になって、西武百貨店が撤退した後の神戸ハーバーランドで商業施設「神戸ハーバーサーカス」を運営していたこともあった。この施設は5年間で5万人の雇用創出を目指す、「神戸復興プロジェクト」の一環であった。

 過疎化が進む淡路島の活性化に本気で取り組むきっかけは、神戸の対岸にあるこの地を活性化させたいと南部代表が考えたことだ。ちなみに淡路島北部は、大震災の震源地で大きな被害を受けた地域である。

 淡路島になじみのない人にとっては、辺鄙(へんぴ)な離島と思われるかもしれない。しかし、2つの本四連絡橋で神戸、徳島県鳴門市と結ばれていて、神戸淡路鳴門自動車道を車で走っていると、一続きの陸地に感じられる。公共交通なら路線バスで、淡路インターから明石海峡の対岸、高速舞子まではわずか7分だ。バスと電車を乗り継いで、神戸の中心・三宮までは約40分、大阪のキタの中心・梅田までは約60分でアクセスが可能だ。

 都会まで意外と近いのも魅力で、距離感としては関東ならば三浦半島の先端部、外房あたりを想像してもらえると良いかもしれない。

●社員の働きぶりは?

 社員の淡路島での実際の仕事ぶりが見学できるというので、淡路市内のオフィス「パソナワーケーションハブ鵜崎」を訪問した。淡路市内には同社のオフィスがいくつか分散している。淡路夢舞台のオフィス以外は、20年9月以降に移住してくる社員の受け入れのため開設したものだ。

 こちらのワーケーションハブは、大阪湾に面していて、オーシャンビューが素晴らしい。社員たちは特に決まった自分の席はなくて、カフェのような感じで、思い思いの席に座ってPCを開いて仕事に没頭している。

 服装も全般にカジュアル。特別なゲストと会う時や重要な会議以外は、スーツを着ることもないようだ。

 同所で、パソナのセールスサポート部長、寺岡明晃氏に淡路島での仕事と生活のスタイルを聞いた。

 セールスサポート部は21年4月に発足した新しい部署。寺岡氏は東京のオフィスでそれまでは営業部長をしていた。10月にいよいよ本格的に稼働する段階で、寺岡氏は家族と淡路島に移住する決断をした。パソナが淡路島に本社機能を移していく流れはもちろん知っていたので、新しいチャレンジをするチャンスと寺岡氏は受け止めた。

 部下は120人ほどいるが、ほとんどが現地雇用、つまり淡路島の住民だ。

 セールスサポート部の仕事は、全国のパソナの人材派遣、再就職支援など各部署の営業を支援することだ。パソナを使っていない会社に電話やメールで事業の内容を案内して、ニーズがないかを打診している。

 また、例えば求人サイトなどに書き込むフォーマットの文を、営業部から送られた簡単なメモ書きをもとにヒアリングして完成させるようなことも行う。これまでは、フォーマットを完成させるのは営業部員が行っていた仕事だが、かなりの負担になっていた。それなら、文をフォーマット通りに埋めるのはセールスサポート部に任せて、営業部員は次の営業に行った方が効率的だ。完成した文は、営業部員にフィードバックして、営業部員がチェックして提出する。

 寺岡氏は営業の仕事に手慣れているので、営業部員がサポートしてもらいたいポイントを熟知している。「このような仕事の内容ならば、東京に居る必要がなく淡路島でできる」と、寺岡氏は考えた。

 淡路島に移住してみて、寺岡氏の環境の変化で一番大きかったのは、家族と過ごせる時間が増えたことだ。これまで、1時間ほどかけて満員電車に揺られて通勤していたが、今は車で10分ほどと大幅に短縮されて体も楽になった。東京で働いていると、平日は子どもの顔をほとんど見ないで時間が過ぎていくのがストレスになっていた。

 同様な体験談を聞いて、パソナの社内では特に子育て世代で、淡路島移住に手を挙げる人が増えているという。

 寺岡氏は広島県の山間部の出身で、ワンマン列車が無人駅を走っているような場所で育った。そこに比べれば、淡路島は総合病院もコンビニも深夜まで開いている。そして、ドラッグストアも近くにあって、都会的に見えるのだそうだ。

 このように、淡路島でのワーケーションは、子育て世代を中心に社員から選ばれているのが実情である。

●商業施設を次々とオープン

 パソナの淡路島開発の成果として、西海岸の淡路サンセットラインにレストラン、物販店を点在させてにぎわいを生み出したことは、特筆される。

 パソナが初めて西海岸にオープンさせた商業施設は、12年の「のじまスコーラ」、閉校した野島小学校をリノベーションしたドッグテラスを持つカフェ「カフェ・スコーラ」、淡路島の食材を使うイタリアン「リストランテ・スコーラ」(“地産地消の匠”といわれる山形県鶴岡市「アル・ケッチァーノ」奥田政行シェフがプロデュース)、新鮮な島の野菜や土産物を販売する「のじまマルシェ」、保存料や着色料を使わない焼き立てパン「のじまベーカリー」、ミニ動物園の「のじま動物園」などからなる複合施設だ。農業、製造業、商業を融合した6次産業の拠点としても位置付けられている。

 リノベーションに際して、外観には赤い色をアクセントとして足したが、時計台などのデザインにはほとんど手を加えていない。元から公立小学校にしてはおしゃれな校舎だった。

 以降、西海岸にオープンした商業施設、店舗を列挙してみよう。

14年:のじまスコーラに程近い海沿いに、ハチミツカフェ「miele(ミエレ)」。

16年:のじまスコーラから4キロほど北側の海沿いに、シーサイドマーケット&レストラン「クラフトサーカス」。島に集まった芸術家たちによる工芸品や雑貨、地産地消のレストランを集結させた。

17年:ミエレの斜め前の立地にオーシャンビューのグリルレストラン「オーシャンテラス」。

18年:ミエレから1キロほど北の海沿いに、サンリオと提携したメディアアート&レストラン「ハローキティ スマイル」。ハローキティの世界観を表現したアトラクションや本格中華、創作鍋料理、アフタヌーンティーなどが楽しめるようにしている。

19年:クラフトサーカスのすぐ近くに、ハローキティのショーとヴィーガン料理が楽しめる「ハローキティ ショーボックス」。

20年:クラフトサーカスから1キロほど南側の海沿いに、劇場&レストランの複合施設「青海波」。これは、寿司・天ぷら「青の舎」、洋食「海の舎」、古酒専門のバー&ショップ「古酒の舎」、小劇場「波乗亭」からなる複合施設。「青の舎」はオーシャンビューがどの席からも楽しめるように、海に向かって階段状に座席が並んでいるのが特徴。

21年:オーシャンテラスと同じ建物の2階に、ミエレの姉妹店「ミエレザガーデン」。

22年3月:明石海峡大橋に近い島の北端部に、天然ラドン温泉のホテル「望楼 青海波」。

22年4月:ハローキティ ショーボックスに隣接してハローキティのりんごのおうち、展望シアター「ハローキティ アップルハウス」をオープン。夢の世界をプロジェクションマッピングで表現した。

 このように、毎年のようにパソナは淡路サンセットラインに、島外から顧客を呼び込む施設を新規オープンさせている。まさに、西海岸はパソナが開発した新たなリゾートと言っても過言ではない。

●さまざまなレストランも充実

 淡路島北部、淡路市内でのパソナの商業施設の展開は、西海岸にとどまらない。

 内陸部でも、17年には兵庫県立淡路島公園にアニメパーク「ニジゲンノモリ」をオープン。「クレヨンしんちゃん アドベンチャーパーク」「NIGHT WALK 火の鳥」が設営された。

 ニジゲンノモリはこの後、強化を続けていて、19年に「NARUTO&BORUTO 忍里」、20年に「ゴジラ迎撃作戦」、21年に「ドラゴンクエスト アイランド 大魔王ゾーマとはじまりの島」をレストラン「ルイーダの酒場」を併設してオープン。

 22年は「鬼滅の刃」とのコラボイベントで、日没してからのアトラクション「ナイトウォーク那田蜘蛛山」、日中の「謎解きウォーク 花降る里と幻の絶景」を開催中だ。

 また、淡路島公園利用者の利便をはかるレストランも順次オープン。17年、島の食材を使った「モリノテラス」。18年、ラグジュアリーホテルで、料理は国内外に13店のレストランを持つ山下春幸シェフ監修の「グランシャリオ 北斗七星135°」。21年、前出のルイーダの酒場をオープンしている。

 淡路島公園外にも、21年に野菜が主役の農家レストラン「陽・燦燦」をオープン。古民家風の建物は建築家・坂茂氏によるもので、紙管を使用した地球環境にやさしい建築に仕上がっている。

 同年には、3つのタイプの異なる滞在型フレンチレストランが並ぶ、「オーベルジュ フレンチの森」もオープンしている。宿泊しなくても利用できるランチタイムには、芦屋のマダムたちが外車に乗って食事を楽しみに来る光景がよく見られるそうだ。芦屋からは車なら片道1時間足らずでアクセス可能だ。有閑階級の時間を使うにはちょうど良いくらいの距離感のようだ。

 22年に入って、3月に海賊料理レストラン「はじまりの島 海神人(アマン)の食卓」オープン。

 5月には、座禅やヨガのスポットにして禅坊料理の店「禅坊 靖寧」をオープンした。

 東海岸にはこれまでパソナは商業施設を手掛けてこなかったが、21年4月、「パソナワーケーションハブ鵜崎」の近くにコンテナを活用した「淡路シェフガーデン」をオープンした。これは、全国から約30店のコロナ禍で多大な影響を受けた飲食店を支援する目的でつくられた集合型のレストラン施設。海鮮丼、親子丼、パンケーキ、唐揚げ、フレンチ、イタリアン、ラーメン、きしめんなど、多士済々の飲食店が出店。タマネギなどの地元野菜、地元で採れた魚介や淡路牛といった淡路島の食材を巧みに使った料理が、全般に目立つ。カラフルに着色されたコンテナ店舗に、白いパラソルの座席が並び、海に面した眺めも良い。ここに来るだけでも、なかなか魅力的な食事がそろっていて、選択に迷う。

 このように、パソナが淡路島で手掛ける活性化事業は多岐に及んでおり、本稿では一部を紹介したに過ぎない。

 いわゆる人材派遣のパソナにとどまらない、同社の事業の多彩な側面が見られる。

●転入者が増加

 国勢調査によれば、淡路市の人口は00年には約5万2000人であったが、20年には約4万2000人へと20年間で1万人ほど減っている。しかし、20年における兵庫県の人口動態調査では、転出者と転入者の差を表す社会増減が、05年に5町が合併して市制を施行して以来、初めて増加に転じ、69人増えた。

 この人口増加には、パソナの本社機能移転や活性化事業が多大な貢献をしている。

 コロナ禍は、東京にばかり人口が集中してきた日本のいびつな状況を見直すきっかけになった。パソナが淡路島で取り組む、新しい生活スタイルへのチャレンジは、具体的な成果も出てきている。地域振興や働き方を変えていくモデルケースになり得る、実験的な取り組みと言えるのではないだろうか。実際、地方自治体からの視察も多いそうだ。

 「『淡路島では夜、飲みに行く場所もなくてつまらないでしょう』と、東京に住んでいる人からよく言われます。でも、淡路島には住んでいる人が増えて、新しく居酒屋ができている場所もあります。飲み屋街はなくても、選べるくらいのお店の数はあります。通勤時間が短いので、東京に居た時よりも長い時間飲めるくらいですよ」(前出・佐藤広報部長)

 神戸や大阪も案外と近い淡路島。都会の刺激に触れる機会がないわけではなく、適度な田舎暮らしができる場所と言えそうだ。

(長浜淳之介)