ぜ、ぜ、絶望感に襲われた――。

 このように感じるジグソーパズルがある。その名は「宇宙パズル」(440円〜)だ。ジグソーパズルといえば、富士山や金閣寺がどーんと描かれているイメージがあるが、宇宙パズルは真っ白である。「ん? それって不良品なのでは?」と思われた人もいるかもしれないが、この業界では売れに売れている商品なのである。

 メーカーの「やのまん」(東京都台東区)が2012年に発売したところ、累計22万個も売れているのだ。「10年間で22万個売れた」と言われてもピンとこないかもしれないが、ジグソーパズル界の常識でいえば“規格外”である。

 売れているモノで2万〜3万個、売れていないモノで500個ほど。商品の寿命は短く、ほとんどの商品が2〜3年もすれば、店頭から姿を消す。生き残ることが難しい世界の中で、なにも描かれていない宇宙パズルはなぜ支持されているのだろうか。

 その話を進める前に、宇宙パズルがどういった商品なのかを簡単に説明する。何も描かれていないことには意味があって、商品名に「宇宙」が入っていることも欠かせないワードである。

 この商品は、実際に宇宙飛行士試験で使われた“ホワイトパズル(白無地)”をモチーフにしている。宇宙飛行士に必要な精神力を鍛えるために使われていて、漫画『宇宙兄弟』でも真っ白なパズルに挑戦するシーンが描かれている。ディスカバリー(2010年)に搭乗した宇宙飛行士の山崎直子さんも、30ピースのホワイトパズルに取り組んでいたとのこと。

 そのことを知った「やのまん」は、「他社から同じような商品はまだ出ていない。であれば、当社が販売すべきでないか」ということで商品開発に至ったのである。とまあ、端折って説明するとこんな感じであるが、それだとコラムとして面白くないので、宇宙パズルができるまでの“歴史”を紹介しよう。

●「モナリザ」が大ヒット

 歴史といっても、商品を発売した10年ほど前の話ではない。時計の針を1974年まで巻き戻す。プロ野球の長嶋茂雄選手が引退した年に、何が起きていたのか。名画「モナリザ」が日本で初めて公開されるということで、ちょっとしたブームになっていたのだ。「やのまん」はそのことに目をつけて、欧州からモナリザのジグソーパズルを輸入して販売したところ、大ヒット。

 当時、日本でジグソーパズルは普及していなかったが、そこにモナリザが登場したことで、新たな市場が生まれようとしていたのだ。会社として「これはいける!」と踏んで、二匹目のドジョウを狙った。欧州の建物やら風景などが描かれたモノを販売したものの、世の中はそれほど甘くはない。お客からは「なんで紙屑を売るんだ」といった声もあったそうで。

 ジグソーパズルの黎明期ともいえるタイミングにもかかわらず、「やのまん」は翌年、社運を賭けた勝負に挑む。なんと、埼玉県に自社工場をつくったのだ。このような歴史を紹介すると、経営に詳しい人から「はあ? 行き当たりばったりでむちゃくちゃな会社だなあ」といった突っ込みが入りそうだが、実は同社には苦い経験があったのだ。

 ジグソーパズルを発売する前、「やのまん」はどんな商いをしていたのか。創業時は国内の雑貨を海外に輸出していたが、1971年のニクソンショックを受けて為替相場は円高に。これをきっかけに輸出ではなく、輸入にチカラを入れる。

 欧州で製造されていたミニカーを国内で販売して、人気を集めていたわけだが、競合他社が国内で生産することに。扱っていた商品は国産車で、しかも価格が安い。となれば、結果は明らかである。大打撃を受けて、新しい事業に打って出る必要があったのだ。

 やや回りくどい説明になってしまったが、そこで白羽の矢が立ったのがジグソーパズルである。「ミニカーのような失敗は二度としたくない」という気持ちもあって、ジグソーパズルを国内で初めてつくることになったのだ。

●1週間で100個も売れた

 先ほど紹介したように、モナリザのあとに新しい商品を投入したものの、売れ行きはいまひとつ。「国内の風景であれば売れるのではないか」と考え、国内工場で富士山、金閣寺、蒸気機関車などが描かれたモノを発売したところ、想定以上に売れた。

 また、テレビドラマ『離婚ともだち』の中で主演の大原麗子さんがジグソーパズルをしたり、ホームランの世界記録を狙う王貞治選手が集中力を養うためにジグソーパズルをしていたり。メディアで紹介される機会が増えたことによって、人気が急上昇したのだ。同社はそうした波にうまーく乗ることができ、事業をどんどん大きくしていったのだ。

 さてさて、お待たせしました。ここで宇宙パズルの登場である。先ほど紹介したように、この商品を発売したのは12年だが、最初の企画があがったのは08年ごろである。

 「2009年が『世界天文年』に定められたこともあって、社内から『宇宙にちなんだ商品を開発することはできないか』といった話がでてきました。地球儀のような形をした『3D球体パズル』を扱っていたので(いまも販売している)、その商品の販促物として、何も描かれていない『宇宙パズル』を用意してもいいのではないかという案がでてきました」(ホビー事業部の大山毅さん)

 しかし、その企画は却下されることに。同社は年に100種類以上のジグソーパズルを発売している。そのためには「どういった絵がいいかな」「やっぱりコレかな、いやアレかな」といったことに頭を悩ませているのに、「はあ? 真っ白だ? ムリムリムリ」といった声が出ていたのかもしれない。

 門前払いとなったので、真っ白なパズルは“白紙”の状態に。それでも、一部の社員はあきらめることができなかった。実はこのころ、他社が真っ白なパズルを販売していた。しかし、それは子ども向けのモノで、完成された真っ白のパズルに絵を描いて、それをバラしてつくるといったコンセプトである。というわけで、「宇宙飛行士試験の過去問題」とは違っていた。

 開発担当者の口から、たびたびこのような言葉がでていた。「つくらせてください」――。この情熱が会社を動かすことに。とはいえ、いきなりたくさんつくるといった話ではなく、試験的に販売することになった。取り扱うのは1店舗のみ。それだと認知が広がらないので、なかなか売れないだろうと思っていたところ、1週間で100個ほど売れた。この数字は、ジグソーパズルの世界では異例である。

●売り上げが凸凹しない

 となれば、正式に商品化が決定! おめでとう! ……となりそうだが、話はそれほどスムーズに進まない。これまで扱ったことがない商品なので、在庫リスクに不安を感じていたのだ。「それって他の商品でも同じでしょ。売れるときもあれば売れないときもあるんだし。在庫のことを考えていたら、前に進まないよ」と新規事業大好き人間からすれば、イライラしてしょうがないかもしれないが、ファンがどのくらいいるのかよく分からなかったので、「ゴーサイン」をなかなか出せなかったのだ。

 例えば、アニメのキャラクターであれば、「ファンはこのくらいいるので、商品はこのくらい売れるでしょ」といった感じでソロバンをはじいて、生産数を決めていく。池に魚は〇匹いるから、エサはこのくらい用意して、といった話である。しかし、宇宙パズルの場合、市場規模がどのくらいなのかさっぱり分からなかった。1週間で100個ほど売れたが、それはたまたまかもしれない。

 モヤモヤモヤモヤ。そんな気分でいたものの、意を決して販売したところ、1年目は2万個弱売れた。先ほど紹介したように、2万〜3万個売れればヒット商品の仲間入りなので、ロケットスタートに成功したのだ。

 というわけで「2年目はもっと売るぞー」と前のめりになっていたが、結果は2万個ほど。「いやいや、3年目はもっと売れるはず」とチカラを入れたものの、結果は2万個ほど。この商品の特徴のひとつに、売り上げが凸凹しないことが挙げられる。この10年間、ずーっと2万個前後で推移しているのだ。

 なぜ、そのような現象が起きているのだろうか。「売り上げが凸凹しないことを考えると、時代の影響をあまり受けていないのではないでしょうか」(大山さん)と分析している。富士山フェチであっても、同じ絵であれば、2枚目は買わない。となれば、会社としては、静岡側から見たモノ、山梨側から見たモノといった感じで、2枚目、3枚目、4枚目…を投入しなければいけない。

 キャクターモノも同様である。昔から人気があるキャラでも、ファンは同じ絵を何枚も買わない。となれば、2枚目、3枚目を発売しなければいけないし、人気の浮き沈みが激しいキャラについては、タイムリーにどんどんつくっていかなければいけない。

●“合格”するのはどっち?

 このような感じで入れ替わりが激しい世界なのに、宇宙パズルは違う。買ったことがある人が「2枚目、3枚目……」ということはちょっと考えにくいが、「宇宙飛行士ってカッコイイなあ」と感じる層は、毎年のように生まれてくる。そうした人たちのハートをガッチリつかんでいるのが、この商品の特徴のようである。

 話はちょっと変わる。一般的なジグソーパズルの場合、購入したものの、うまくできなかった人から「ちょっとコツを教えてくれませんか?」といった話がよくくるという。なんとしても完成させたいという強い想いがあって、ワラにもすがる気持ちで、製造元に連絡しているのだろう。

 では、宇宙パズルの場合はどうか。「お客さんからの問い合わせはほとんどありません」とのこと。完成させることが目的ではなく、宇宙飛行士と同じ問題を解いている――。そのことにワクワクしている人が多いのではないだろうか。

 最後に、気になったことをひとつ。何も描かれていないパズルが売れているとなれば、他社からも出てきそうだが、どうなっているのか。以前から真っ白なパズルはあったが、商品名に「宇宙」「試験」といった文言はなかった。が、しかしである。今年、出てきたのだ。

 真っ白の世界をめぐって、両社のバトルが繰り広げられるわけだが、“合格”するのはどっちなのだろうか。生き残りをかけた“試験”が始まろうとしている。

(土肥義則)