KDDIの大規模な通信障害を受けて、危機管理を生業(なりわい)としている人たちにとって、非常に興味深い問題が持ち上がっている。

 それは「KDDIの会見、やらなくてよかったんじゃね」問題である。

 実はこれまでこのような通信障害が起きた場合、まずはしっかりと事態を収束させて、原因も判明した後に会見を開く、というのが通信業界の「暗黙のルール」だった。しかし、今回は発生翌日、原因もまだ分からない中で、高橋誠社長自らが登壇して会見を催した。背景には、「天の声」がある。会見での、高橋社長の言葉を引用させていただこう。

 『会見も周知もお客様目線であるべきだと、官邸のほうから指示があったと総務大臣もおっしゃっていたが、そのような中で、我々のお客様対応、非常に申し訳ないなと思っています』

 『今回、総務省からのご意見もあり、影響範囲も大きいのでいち早く社長の私から伝えた方がいいというお話もありました』

 この露骨な「お上にやらされている感」を受けて、一部のメディアは苦言を呈している。例えば、CNET Japanではあの会見で、不具合の原因が語られなかったとしてこう伝えた。

 『それらの検証は障害の解消後に進められ、改めて説明するとのことだが、なのであればなぜ障害発生の真っ最中に、障害対応の指揮を取るべき企業のトップが、障害の詳細が分からない状態で説明会を開くのか?――という部分には疑問が残る。実際、会場に訪れた記者からは「詳細が判明してから説明した方がよいのでは」という声も少なからずあった』(CNET Japan 7月4日)

 今回はできていなかったが、通信障害をユーザーに周知させることは、なにも会見を開かなくてもできる。そういう仕組みをしっかりと整備しておけば、障害対応に集中している社長に“意味のない会見”などやらせなくていいのではないかというわけだ。

●180度逆の意見

 一方で、180度逆の意見もある。ネットやSNSでは、KDDIの通信障害中会見に対して、「早ければ早いに越したことはない」「現時点で分かっていることを説明するのは当然」など好意的な意見が多い。それどころか、専門的な技術を分かりやすく解説する高橋社長の姿に、「トップが迅速に対応して、しかも有能なことが分かって、KDDIの信頼感が爆上がりしている」なんて称賛の声が寄せられているくらいだ。

 かたや「あんな会見ならばやらないほうがいい」と冷ややかな反応で、かたや「KDDI、見直したぜ」と大絶賛。果たしてどちらの言い分が正しいのだろうか。

 「そんなもん、SNSの反応を見て分かるように、1秒でも早く会見を催すのが正解に決まってんだろ」という声が聞こえてきそうだが、厳密に言えば、実はどちらの見解も間違いではない。

 なぜかというと、これらの2つの見解は、それぞれ自分が属している組織にどんなメリットがあるのか、という視点に基づいているからだ。つまり、自分の「立場」に基づいて「正しい」ことを主張されているだけなのだ。

 まず、「会見やらなくてよかったんじゃね派」の人たちを見てみると、IT情報を扱う専門メディアやITジャーナリスト、さらには実際に通信業界で働いている方が圧倒的に多い。言うなれば、「通信ムラ」で生きる人々だ。

 このような「中の人」たちは、通信業界内のメリットになる情報をやり取りするという基本的なスタンスがある。特に業界メディアの場合、読者の多くは通信業界や関連する職種の人々なので、彼らが興味のあることを、知りたいと願う情報を正確かつ詳細に伝えることにこそ存在意義がある。

●最大の関心事は何か

 では、今回のような通信障害が起きたとき、通信業界としては何が最大の関心事になるのかというと、「なぜこんなことが起きてしまったのか」という原因だ。技術や機器のトラブルが原因だとしたら、それは自分たちの仕事にも関わってくるので、まずはそこが明確になる情報がほしい、というニーズが高まる。

 そうなると、業界メディアや専門性の高いジャーナリストが企業側に求めるのは、一刻も早く事態を収拾して、原因を特定してもらうことになるのは言うまでもない。つまり、この業界で通信障害が発生しても、すぐに会見を開かないことが「暗黙のルール」になっていたのは、これが「通信ムラ」の利害に関わっている重要なイシューだからなのだ。

 だから、業界メディアや専門性の高いジャーナリストは今回の会見にイラっとしている。長い時間座って待っても、彼らを納得させるような原因の話はちっとも出てこない。一般人は、高橋社長が技術をしっかりと把握して説明をしたことを称賛しているが、業界メディアや専門ジャーナリストからすれば、そういう基本的な知識は既に持ち合わせているので、特に目新しい話はない。つまり、彼らにとって、原因が特定できていない段階の社長会見など「時間のムダ」なのだ。

 一方、SNSやネットの声に代表される、一般ユーザーたちを見ていると、KDDIの会見に「原因」をそれほど求めていないのは明白だ。分かりやすいのは、「産経新聞」が運営する「イザ!」の『KDDI社長謝罪会見に「逆に信頼できそう」「安心した」の声も…不通続きで困惑するユーザーも多数』(7月4日)の中で紹介された声だ。

 「こういう苦しい時の説明や対応で信頼が変わりますね トップが迅速かつ有能な事を確認できて、逆に信用できそうです」

 「auユーザーとして困ったのは事実だけどちゃんと原因からなにから事細かに説明してるとこ見て安心した」

 「KDDI社長の記者会見を見て戦々恐々な社長たち多いのでは。現場上がりの社長の強さは信頼性に繋がると再認識」

●「安心を伝える」ことが大事

 お分かりだろう。このような人々が注目しているのは、この会見によって、KDDIという会社の「イメージ」がどうなったのかということだ。

 高橋社長が会見で語った「情報」より、高橋社長があの場で見せた「ムード」によって、KDDIという会社にジャッジを下している。付け焼き刃的な感じではなく、知識があるのかという雰囲気、にじみ出る人柄や誠実さを見て、「信用できそう」「安心した」「信頼性に繋がると再認識」と判断を下している。

 つまり、一般のユーザーは、ルーターがどんな風に不具合を起こして、どんな技術的なロジックで通信障害がなかなか復旧しないのかという「原因」より、「全力で取り組んでいるのか」「悪いと思って反省しているのか」という感じで、KDDIがこの問題に対してどう向き合っているのかという「企業の姿勢」に関心があるのだ。

 このような人たちの「立場」に基づけば、原因が特定できていない段階の社長会見も「やるのが当たり前」「早いにこしたことはない」というのが正しい結論になる。業界メディアや専門ジャーナリストの皆さんとは、目に映っている「世界」がハナから違うのだ。

 さて、このようにそれぞれの「立場」を理解すれば、「原因分かってからやれ」「早いにこしたことない」という双方の言い分を、こっちが正しくて、こっちが間違っている、と単純に割り切れるものではないことが分かっていただけただろう。

 では、企業の危機管理的にはどちらが適切だったのか。こちらも「これが正解」とスバッと言い切れるような話ではないが、もし筆者がKDDIの危機管理に関わっていたら、やはり「社長会見」をお勧めしただろう。問題が長期化する兆しが見えた段階で、業界の「原因が分かるまで会見しない」というルールは無視すべきだと。

 実は多くの人が誤解をしているが、企業危機管理的には、この手のアクシンデントが起きたときにやる会見は「正確な情報を伝える」という目的でやっているのではない。「安心を伝える」ことが実は主な目的だ。

 情報が錯綜(さくそう)して、ユーザーや社会が不安に陥ってパニックになりかけているとき、「私たちはちゃんとこの問題に取り組んでいますよ」という企業のスタンスを世に示して混乱を収めていく。それは、部長レベルや役員では残念ながら力不足であって、トップが出てきて言うからこそ「効果」がある。

●企業のトップから聞きたいセリフ

 「社長が会見したり、その準備で時間がとられたら事態の収拾が遅くなる」などの反論があるの重々承知だが、極端な話、事態収拾のための陣頭指揮は社長じゃなくてもできる。そのために大企業は平時から危機管理の体制を構築しているはずなのだ。

 しかし、「KDDIの顔」として日本社会全体に混乱を引き起こしたことへの謝罪と復旧や賠償という企業の姿勢を示すことは、社長以外にはできない。担当役員の言葉と、社長の言葉では重みがまったく違う。まさに「余人を持って代え難い仕事」なのだ。

 「安心を伝える」ことが目的なので、「原因」はクリアになっていなくてもいい。「まだ分かっていませんが、原因を特定するために全社をあげて調査中です」とか「本日中にはまだ特定できない見込みですが、また状況が変わり次第、皆さんにお伝えします」とアナウンスをするだけでも、一般ユーザーの不安はそれなりに解消される。

 「原因」に価値がある業界メディアや専門ジャーナリストにとっては、なんの意味もない言葉の羅列でしかない「ノイズ」だが、先の見えない不安に襲われている人々からすれば、「企業トップから聞きたいセリフ」なのだ。

 「今回は高橋社長がうまかったが、普通の社長だったら、話せることもないのに会見を催したらマスコミからボコボコに吊(つる)し上げられておしまいだ」という意見もあろうが、筆者の経験では、そういう発想で会見を先延ばしにした企業のほうが最終的に、ボコボコに叩かれることが多い。

●もし会見を開かなかったら

 もうずいぶん昔の話だが、ある大企業の工場が火災を起こしたことがある。幸い死者はでなかったが、化学薬品を扱っている工場だったので、近隣住民の間に不安が高まっていた。工場としては、マスコミの問い合わせに対して、「消火活動などを優先しているので事態が収集したら会見を開く」と説明、広報車などで近所を巡回させて、火災現場に近づかないようにと注意喚起をするとともに、体調不良を訴える人がいたら連絡するように呼びかけた。

 そんな中、この会社の関係者から、今後のマスコミ対応をどうすべきかという相談が寄せられ、筆者は住民の不安を解消するため、消火活動に区切りがついたら、なるべく早く会見を催すべきだと進言した。

 だが、その案は却下された。まだ火元や原因も特定できていないし、これから現場検証など行われるのだから、会見を催しても説明できることはほとんどない。謝罪コメントに関しても、Webサイトやマスコミを通じて既に言っている。急いで会見をしなくていけない理由が見当たらないという。

 そこに加えて、懇意の業界紙記者からのアドバイスもあったという。これまで人が亡くなっていないような火災で、迅速に会見など催しているケースは少ない。火災の原因を特定して、事業への損害額や再発防止策などをしっかりとまとめてからの会見のほうが、メディア的には「価値」があるという。

 こんな意見がメディアから聞こえてきている中で、社長を会見の場などに出すわけにはいかないというわけだ。筆者は「そう決められたのならば、それでいいんじゃないですか」とだけ答えて、その後は何も関わっていないのだが、数日後にその会社は「炎上」してしまう。地元の新聞とテレビ局が「火災から3日も経つのに会見をしない」などと批判を始めたのである。

 なぜこんなことが起きたのかというと、火災が落ち着いたことで、住民の間から「被害」や「不安」、さらに企業側の対応への「不満」を口にする人が現れたことで、「ムード」がガラリと変わったからだ。

 火災当初、マスコミは会見を催していないことなどまったく問題視をしてなかったのだが、鎮火してから、マスコミに喉(のど)の痛みなどを訴える声が寄せられた。このような被害が発覚したことを受けてスタンスをコロっと変えて、「なぜすぐに会見を開かなかった」と糾弾を始めたというわけだ。

 なんとも不条理だと感じるだろう。しかし、もし今回のKDDIの通信障害のせいで、119番通報できずに亡くなった人がいたなんてことが分かったら、どんなことになるか想像していただきたい。そこでもしKDDIが、通信業界のこれまでの慣例に従って原因究明まで会見していなかったら――。「なぜすぐに会見を催してもっと注意喚起しなかった、人殺し!」などと事実が発覚した途端、すさまじいバッシングが始まった恐れもあったのだ。

●社会の混乱を抑えるためにも

 このように世間の「ムード」は、ちょっとしたことでガラリと変わる。だからこそ、企業危機管理というのは、「ムード」を味方につけることが大事になる。そこで最も有効なのが、実は企業トップによる会見なのだ。

 正確な情報を迅速に伝える会見はもちろん大切だが、その前に社会に「信用できそう」「安心した」という心証を与えなくてはいけない。それは実は危機発生時、社長がやるべきもっとも大切な仕事のひとつなのだ。

 そういう意味では今回、高橋社長の会見は「成功」だったのかもしれない。

 「KDDIの会見、やらなくてよかったんじゃね」という判断は、事態の収拾と原因究明に重きを置く通信業界的には「正しい」と言える。しかし、企業危機管理は、自分たちが「正しい」と思うことだけをやればいい、というものではない。

 特に事故や災害のときは、現場の対応をしっかりやっても、人々の不安や混乱を抑えなくては社会がパニックに陥って、風評被害などを拡大させる。福島第一原発事故などはその典型例だ。

 今回のケースを参考に、企業の危機管理にあたる人たちは、ぜひとも「社会のムード」というものにも着目していただきたい。

(窪田順生)