2005年に総務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省などが連携して立ち上げたテレワーク推進フォーラムの設立趣意書には、以下のように記されています。

 「テレワークは、就業者の仕事と生活の調和を図りつつ、業務効率の向上を実現する柔軟な就業形態であり、この普及を通じて、少子・高齢化や地球環境、災害時の危機管理等の社会問題の解決に向けた貢献ができるものと期待されている」

 かねてテレワークのメリットは認識されており、設立趣意書に書かれている内容は現在でもそのまま通用するものです。しかし、これまでテレワーク月間やテレワーク・デイズなどさまざまな活動を通じてテレワークの導入促進が図られてきたものの、ずっと思うようには広がってきませんでした。

 ところが一転、とても皮肉なことに今世紀最大の世界的災厄と言えるコロナ禍の発生が契機となり、テレワークの導入が一気に進みました。

 日本生産性本部の「働く人の意識調査」によると、コロナ禍による最初の緊急事態宣言が発出されたころのテレワーク実施率は31.5%。1001人以上の会社に限ればその比率は5割に及びます。職務的に難しいなどの理由で自分はテレワーク経験がなかったとしても、同僚や家族、友人・知人など周囲の経験者がケタ違いに増えたことで、現実味がなく夢の働き方のようだったテレワークが身近な存在となったのです。その点において、コロナ禍に苦しんだこの数年は歴史的転換点だったと言えます。

 しかしながら、テレワーク実施率31.5%は調査開始以来ずっと最高値のままです。7月に発表された「第10回働く人の意識調査」では16.2%に半減してしまいました。産経新聞は7月25日、「7月のテレワーク実施率16.2% 過去最低に 生産性本部調査」と題した記事で、「政府による緊急事態宣言などの行動規制はなく、企業によるテレワークの退潮が垣間見える結果となった」と報じています。

 最初の緊急事態宣言を受けて一気にテレワークが広がったころ、「思い切ってやってみると意外とできた」といった声が聞かれました。コロナ禍発生前からインターネット環境が整っていた職場は多く、ZoomやMicrosoft TeamsなどWeb会議システムの利用も広がり、このままテレワーク実施率はどんどん上がっていく可能性を感じました。

 それがなぜ伸び悩み、ピーク時から半減する状態になってしまっているのでしょうか? 現状を予兆させる出来事の一つだったと言えるのが、21年11月に経団連から出された「出勤者の7割削減見直し提言」です。一律にテレワークを実施すると、経済的な悪影響も大きいとして、政府の出勤者数の抑制について見直しを求める内容です。

 その際に筆者が書いた記事「テレワーク終了宣言? 経団連『出勤者7割減見直し』提言に潜む違和感の正体」では、「出勤者の7割削減見直し提言」について2つの違和感を指摘しました。

●“無理にテレワークする必要ない”経団連がお墨付き

 1つは、「科学的な知見を踏まえ、見直すべき」と提言するだけで代替案となる取り組みや目標が具体的に示されなかったこと。確かに、コロナ禍に行われたテレワークの多くには無理があり、緊急避難措置の意味合いが強かったと思います。そのため緊急事態宣言下でテレワークを初めて実施した会社の多くは、業務構造を再構築するといった中身の改革を行わず、うわべだけテレワークの形を繕ったテレワーク・コーティングに終始しました。

 業務構造が変わらないままテレワークを導入すれば、むしろ生産性が下がったり、業務自体が回らなくなったりします。そのような無理が長く続けられるはずはなく、緊急避難措置の必要性が薄まるにしたがって元の働き方に戻そうという揺り返しの流れが生まれるのは当然のことです。

 「出勤者の7割削減見直し提言」は、うわべだけのテレワーク・コーティングを続けてお茶を濁していた会社にとっての救いになりました。しかし、経済界が新たに自主目標を立てるなど積極的な姿勢を示さなかったことでテレワーク導入はコロナ禍限定の人流抑制策に留まってしまい、テレワーク推進フォーラムの設立趣意書にあるような本来の目的に沿った恒常的施策へと発展させることができないままになっています。

 もう1つの違和感は、「出勤者の7割削減見直し提言」が、間接的に“無理にテレワークを推進する必要はない”という世の中へのメッセージになってしまったことです。その後、政府は提言を飲む形で出勤者の7割削減という目標数値を撤廃し、これまでにないほど高まっていたテレワーク推進機運は水を差され、会社が出社ありきの働き方に戻すお墨付きを与えることになってしまいました。

 もちろん、誰もがテレワークしたいと考えている訳ではなく、職務内容や業務構造上、テレワークが不可能な仕事も多数存在しています。また、在宅勤務が孤独感を高めることになってしまったり、過集中を引き起こしてしまうといった懸念などもあります。一方、出社して空間を共有することで得られる情報量の多さや、社員同士が直接触れ合うことで得られる刺激など、出社が仕事のクオリティや生産性を高める場合もあるはずです。闇雲に、ただテレワークを推進すればよいということでは決してありません。

 しかし、「テレワーク環境が整っていない」のと「テレワーク環境は整っているがあえてしない」のとでは全く意味が異なります。ただ「テレワーク環境が整っていない」だけの職場には、少なくとも3つのデメリットがあります。

●テレワーク環境を整えていない職場の3つのデメリット

 1つは、新たなウイルス発生などの非常事態において事業停止リスクが払拭できないことです。何らかの事情で出勤がままならなくなった際に、テレワークできなければなす術がなくなることはコロナ禍で学んだ大きな教訓の一つです。それでも無理して出社させれば、社員をウイルス感染などの危険に晒してしまうことになります。

 2つ目は、生産性が上がらないことです。書類への捺印や電話応対など、出社しなければ対処できない業務が多数あったり、業務の進捗管理をホワイトボードに書いて行っているような環境の職場では、テレワークは上手く機能しません。そのため、また緊急事態宣言が発出されるような事態が起きた際には、業務が止まってしまったり、無理にテレワーク・コーティング状態を続けざるを得なくなって疲弊していくことになります。

 一方、情報をデジタル化して書類を無くし、捺印も電話応対も業務進捗の管理もすべてパソコン上で対処できるように業務構造を変えれば、テレワークが上手く機能するようになります。業務構造がテレワーク向きに変わることで、出社した場合も書類棚を行ったり来たりするなどの物理的な移動時間を削減でき、情報共有やデータ分析などの効率も格段に上がります。

 さらには、常に目の前にいる訳ではないテレワーク社員が自律的に仕事をこなせるように役割やタスクを明確化する体制整備を進めれば、いちいち上司に指示を仰がないと業務を進められない他律的マネジメント状態から脱却することも期待できます。

 3つ目は、ワークライフバランス環境の見劣りです。これまで会社と働き手の関係性は、会社の都合に働き手が合わせなければならないという強圧的な力関係で成り立ってきた面があります。しかし、働き方改革の一環で長時間労働是正や有給休暇取得が促進されたり、男性の育休取得が推進されたりと、世の中の流れは会社が働き手の都合に歩み寄る方向へ徐々にシフトしつつあります。今やワークライフバランス環境の整備は、あらゆる会社が取り組まなければならない施策です。

 多くの働き手が身近に感じるようになったテレワークは、ワークライフバランスをとるための現実的な手段として既に市民権を得ました。つまりテレワークの可否は、働き手が職場環境の良し悪しを判断する要素の一つとして認識されるようになったということです。「テレワーク環境が整っていない」会社は、ワークライフバランス環境で見劣りする分、職場としての魅力において他社の後塵(こうじん)を拝することになります。

●“とりあえず出社”求める会社に未来はない

 通勤時間を有効に活用したい、家事・育児・介護と仕事とのバランスを取りたいなど、テレワークを望む人は決して少なくありません。国土交通省の「令和元年度テレワーク人口実態調査」によると、テレワークしていない働き手のうち、今後テレワークをしてみたいと思う人の比率は43.3%に及んでいます。テレワークできない環境に、4割の働き手が不満を感じるかもしれないということです。

 オランダやフィンランドなどでは、在宅で勤務する権利を法律で認めています。テレワークに対する働き手の期待を無視していては、採用時はもちろん、多くの既存社員のストレスも蓄積させてしまう可能性があるのです。

 「テレワーク環境が整っていない」からと、コロナ禍の脅威が去ると同時に出社型へ戻そうとするだけの“とりあえず出社”など退化でしかありません。一方、テレワーク環境が整った状態へと移行させた上で、意志と根拠を持って「テレワーク環境は整っているがあえてしない」と判断して戦略的に出社を選択する場合であれば進歩だと言えます。

 「テレワーク環境が整っていない」ままでは、週3日出社と週2日のテレワークを織り交ぜるといったハイブリッドワークも取り入れることができません。コロナ禍のような招かれざる黒船から再び大砲を突きつけられるまで、なんとか過去の体制にしがみ続けようとする会社は、先に挙げた3つのデメリットを含むさまざまなハンデを背負うことになります。

 すぐ職場全体がテレワークできる環境へと移行できなくとも、会議や出張はオンラインに切り替えるとか、日報提出はクラウドツールを使うなど、タスク単位で徐々に導入していくといったことはできるはずです。テレワーク環境を整えようともしないまま、取ってつけたような根拠をかざして社員に“とりあえず出社”を求め続ける会社の末路が明るいはずはないのです。

著者:川上敬太郎(ワークスタイル研究家)