「広告会社の最大の脅威は競合の広告会社ではなく、クライアントである」

 そのような論調が聞こえるようになってからもう随分と時間が経過しましたが、とうとう具体的な形になりつつあります。そのひとつの取り組みがリテールメディアです。

 リテールメディアとは言葉の通り、小売業がメディアを生み出し広告収益へとつなげていくモデルです。

 出店が飽和する日本市場において新たな収益を生み出すこの動きが活況を呈しています。

 次の図に示す通り、リテールDXの全体像の中でも新規収益を生み出す重要施策として優先的に取り組む企業が増加傾向にあります。

 毎日膨大な顧客とのコンタクトを保有する小売業にとってはその強みを発揮しやすいモデルであることが拡大要因のひとつです。それに加えて、米国のグーグルやアップルのCookie規制、GDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)、CCPA(米カリフォルニア州における個人情報保護法で今後米国各地へ拡大する影響がある)によってオンラインのアクセスデータを基にした広告の精度に懸念が示されています。そうした中、リテールメディアのようにCookieに依存しないオフラインデータの価値が飛躍的に向上する時代が到来すると予想されます。

●ファミマも参入

 日本では2021年9月にファミリーマートと伊藤忠商事が、店頭のサイネージを軸としたメディア事業を展開する合弁会社を立ち上げたことが話題になりました。

 今年2月には、サッポロドラッグストアー(札幌市)とサイバーエージェント、ソフトウェア開発を手掛けるAWL(東京都千代田区)の3社が小売事業者向けOMO(Online Merges with Offline)プラットフォーム「リテールコネクト」を共同開発し、提供を開始しました。

 同サービスは、デジタルサイネージやAIカメラの調達・導入から、ECサイトやアプリをはじめとした自社メディアの運用、広告枠の開発までを支援するサービスです。AWLは16年に創業し、約20カ国から集まる多国籍なメンバーが、リテール店舗の課題解決と価値向上を実現するためにAIカメラソリューションを提供している企業です。

 自社で広告収益を得るだけではなく、そのノウハウを他の小売事業者に販売するという、従来は広告会社やIT企業が担当していた領域に小売業が参入している構図です。

 このリテールメディアの動きは世界においてはさらに加速しています。その最たる例が、米国のアマゾンとウォルマートです。次の図にある通り、21年にアマゾンは約4.6兆円、ウォルマートは2400億円の広告収入を獲得しています。アマゾン1社の広告収入がとうとうYouTube全体の広告収入を追い抜く規模にまで拡大しています。

 ウォルマートの投資は16年にIT強化の構想が出されて以来、新規出店への投資が全体の20.1%から1.3%まで縮小。一方、それに代替されるかのようにECやITへの投資額が全体の52.5%から67.8%へと拡大するに至りました。そのひとつがリテールメディアであることはいうまでもありません。

 ウォルマートのリテールメディアは同社の店舗やECサイト、アプリでの消費者行動、購買履歴などのデータを活用して店頭に設置されたデジタルサイネージや決済端末のディスプレイ、ECサイトなど多様なメディアへ広告配信を提供します。「ウォルマートDSP(Demand-Side Platform)」という広告配信プラットフォームを立ち上げ、取引先のメーカーへ利用を推進しています。

 ウォルマートはITやメディア開発の投資のみならず、そのノウハウ・知財を特許として多数出願し、その独自性を保持しています。16年から飛躍的に増加しており、この5年で5158件にも及んでいます。その出願内容は売り場における商品ナビゲーションシステムやVRショッピング、AIのマーケティング活用、ドローンを使った店内商品運搬など、店舗における顧客接点のデータを高度化させることに積極的であることが見てとれます。

 これがリテールメディアに広告を出す企業に対して複数の広告の相乗効果を明確なデータのもとで提供する、品質の高い広告サービスにつながります。今後このウォルマートの動きにならい、小売企業が知財を守り、かつ攻めの一手にも講じていく流れは日本においても増えていくことでしょう。

●b8taの衝撃

 小売業にサービスを付加するRaaS(Retail as a Service)モデルの世界的代表企業である米国発のb8ta(ベータ)は、20年に日本に初出店しました。それ以降、東京の有楽町、新宿、渋谷、そして埼玉県の越谷レイクタウンの4店舗を展開。体験を提供する店舗として拡大を続けています。

 60センチ×40センチを1区画として1カ月30万円でメーカー・ブランドへスペースを提供。1商品ごとに設置されたタブレットにブランドの訴求動画やECへの動線を強化しています。店頭に設置されたAIカメラから取得したデータ分析結果を共有することで、ブランド側は商品に接触した人数や動画視聴数、ECへの流入などを検証し、マーケティングへと活用していきます。

 b8ta有楽町店の256平米のスペースに仮に100のブランドが展開した場合、1区画30万円×100ブランド=月間3000万円の売り上げを得ることになります。これを1日当たりに換算すると100万円であり、200平米ほどの面積の平均日販が約50万円であるコンビニエンスストアと比較しても、大変良好な数値であることがうかがえます。

 このスペースがどれほどの広告価値があるかを定量的に検証し、メーカーのマーケティングを支援するモデルが実現されている良例です。売り場は売るためだけの場所にあらず、体験やデータ取得という役割が付加されているのが今のリテールビジネスの潮流です。

●広告枠だけを用意して参入すると痛い目に

 しかし、リテールメディアを立ち上げれば成功するかというとそんなに簡単な話ではありません。実は店舗をメディア化するという動きはもう10年以上前からあったことです。店舗のショーウィンドウや柱スペース、チラシスペースなどを他社に販売しようというアプローチは失敗の歴史といっても過言ではありません。

 その最大の失敗要因は「広告の枠売り」をしたことです。

 小売業が広告で収益を得るということは、広告市場で戦うことを意味します。そうなると着目すべきは広告業界の勝ちパターンであり、この勝ち筋を知らずして広告枠だけを用意して参入すると痛い目に会います。

 次の図に、広告業界の潮流を整理しました。広告会社はこのような潮流の中、クライアントから依頼を得るべくせめぎ合っています。その中でもクライアントが求める要望が高度化しているのが顕著です。昔は広告といえば、メディアに出す、広告物を制作し納期通りに納品できることで価値がありました。

 しかし、その価値基準が広告がどれくらい見られているのか、心理にどう好影響があるかという広告効果を求める時代に入りました。その後、今では広告が見られているかだけではなく、お店にどれだけ来店したのか、そして最終的に購買したのかという売り上げ効果までを広告に求めるようになりました。これはクライアントであった小売企業であれば、今まで広告会社に要望をしてきたことを思い返せば容易に理解できるはずです。

 それが今、自社が広告メディアを立ち上げるということは、広告主から自社が売り上げ成果を求められる立場になるということになるのです。

 だから、「この広告スペースが月いくらです」という家賃を支払ってもらうだけで、数値検証はブラックボックスという古き広告モデルを展開しているようではうまくいかないのです。広告業界ではスペースブローカーの時代はとうに終焉を迎えており、ビジネス変革を支援するという高いレベルへチャレンジしています。そのためにデータを収集分析し、根拠の明確な提案を実行した上で検証していくというサイクルを基本としています。

●リテールメディアが成果を出すには?

 そのような広告マーケットで、リテールメディアが成果を上げていくために必須の事項を整理しました。

 基本とすべきは、小売業や広告会社の広告売り込み視点ではなく、顧客である広告主視点のサービス設計をすることです。

(1):店の売り上げと無関係な業種の広告を展開しない

 買い物中のユーザーに情報を押し付けることになり、ストアブランドにマイナスの影響を生じさせる可能性がある。あくまで買い物をサポートする情報提供の広告を基本とする

(2):店頭サイネージにはAIカメラを必ず内蔵させ、枠売りではなく視聴数に応じた広告課金とする

(3):店舗のポスターや横断幕など、効果が検証できず、月当たりの費用をもらうようなスペースブローカー的なメディアは商品化しない

 必ず広告セールスが苦戦し、広告代理店任せになる状態を生み出す

(4):店舗の単一媒体だけを売り込むことはしない

 必ずオンラインとオフラインを融合させるOMOモデルを重視し、店頭メディアとオンラインをつなげそれを購買データ・行動データにより検証する複合的なサービスを基本とする

(5):来店顧客に対するWebマーケティングと行動解析を高度化させるために店内にビーコン端末を設置する

 ビーコンによって来店した顧客のスマホを捕捉することが可能になり、そのスマホに対して店外に出た後も広告配信をし、行動経路を分析(競合店の利用状況、広告配信後の来店率など)することに貢献する

(6):メーカーのリベートの費用から広告費を捻出するのではなく、メーカーの宣伝費をリテールメディアへシフトする

 メーカーの商品担当ではなく宣伝担当と折衝することが必要

(7):広告主の業種、価格帯を加味した成果設計、提案書の整備

 同カテゴリー平均値との比較や商品単価、販売点数から広告効果目標を設定。どのラインを達成すると「Good」で、どの数値未満が「Bad」と判断するかの指標を設計する。結果のデータが出て把握するだけという状態は避ける

(8):広告主がタイムリーに管理できるデータダッシュボードの提供

 広告を展開したカテゴリーや売り場の来店客数、購買客数、各メディアの相関性を定量的に検証し、設計した基準をクリアしているか確認できるようにする

(9):共にマーケティングの精度を上げていくための広告主との定期的な改善会議の開催

 データを出すだけではなく、そのデータをもとに次にどのようなアクションをしていくのか、必ず実行につなげていくサイクルを徹底する

(10):取得したデータは広告主のマーケティング活用だけではなく自社の売場作り、商品の品ぞろえへと活用していく

(11):広告業界や広告業務に精通していないコンサル会社とは決して組まない

 以上が必須の事項です。

 成果があるかないか不明瞭な広告枠を押し売りされれば、通常ほとんどの企業は断るはずです。

 共に業績を上げていくパートナーとして、成果が検証できる仕組みをつくるために、冒頭で紹介したサッポロドラッグのように、広告会社やIT企業と連携をしてビジネスモデルとセールスの最大化を図ることが肝要です。

 広告会社にとっては、このように共に新たな広告モデルをつくる支援をし、それが構築されたらメディアのセールス担当を担います。そうしたならば、リテールメディアが自社の脅威ではなく新たな広告プロダクトになります。

 オンラインとオフラインを統合し、数値検証のできる広告モデルをつくる。そしてそのデータは従来の小売ビジネスにも活用し、メーカーとリテールが相互に業績を上げていく。この可能性を大きく秘めているのがリテールメディアです。だからこそ、前述した11のポイントをおさえた良好なリテールメディアが今後誕生することを願うばかりです。

 最後までお読み頂きありがとうございました。

(佐久間俊一)