前回「プロ野球で断トツ320億円! なぜ、福岡ソフトバンクホークスは儲かっているのか」では、アジアスポーツビジネス史上において最高の売り上げを誇るプロ野球ソフトバンクホークス(以下SBホークス)の秘密を解き、3つの要因の1つ、球団の経営陣が「一流のタレント集団」であることをお話しました。

 そして、全てのビジネスの肝である「ヒト・モノ・カネ・情報」のうち、ヒトの重要性を人一倍理解している一流の経営陣だからこそ、世界のスポーツビジネスを見てもまれな「営業チーム50人態勢」を敷いているともお話しました。量だけでなく質を確保するために、待遇も日本スポーツ界で屈指のレベルなのです。親会社の本流を外れた人が定年前の閑職的な意味合いで社長として送られることの多いJリーグなどのクラブとは、一線を画しています。

 今回は、SBホークスのビジネス成功の残りの2つの要因である「スタジアム経営」と「マーケティング戦略」を見てみましょう。

●自前スタジアム経営で収益性が格段に改善

 欧州サッカーや米国のプロスポーツと異なり、日本のプロスポーツのスタジアムは、通常、地方自治体の所有物であることが大半です。もともと、スポーツビジネスなどというものが存在せず、体育から来ている日本のスポーツですし、数百億円(欧米だと数千億円とも)もの費用がかかるスタジアムを自前で建てられるスポーツチームもほとんどなかったからです。

 パナソニックからの資金に加え、サッカーくじ「toto」の助成金やサポーターからの募金で新設されたガンバ大阪の本拠地「パナソニックスタジアム」(市立吹田サッカースタジアム)のように、近年はJリーグのクラブでも欧州主要クラブに倣い、クラブ主導で本格的なサッカー専用スタジアムを建設する動きが出てきましたが、今でも多くのJクラブの本拠地が陸上トラック付きとなっています。

 その背景の1つが、日本が国民体育大会(いわゆる国体)の開催を前提に、行政主導で施設整備を進めてきたためだとも言われています。実際、地方のJクラブに行くほど、陸上トラック付きの傾向は顕著となります。

 SBホークスの場合、2000年に元のチーム&スタジアムオーナーだった旧ダイエーの経営悪化により、福岡ドーム(現在の福岡PayPayドーム)が、米国投資会社コロニー・キャピタル(コロニー)に売却されました。

 翌01年、球団自体も、ダイエーからソフトバンクへ売却され、同時に年間48億円の20年長期リース契約が、コロニーとSBホークスの間で締結されました。数年後、コロニーは、福岡ドームを、シンガポール政府系の投資会社「シンガポール政府投資公社リアルエステート」(GIC)に売却しました。

 そして10年前の12年、ソフトバンクは、ついにGICより福岡ドームを約860億円で、買収したのです。これにより、年間約50億円の賃借費用の負担がなくなり、収益性は飛躍的に上がりました。

 コスト削減による数字上のメリットに加えて、球場の経営・運営が、迅速に自由に思い通りに(賃貸している時の各種ルールから解放されて)できるようになったのです。それが、次に触れるSBホークス成功の秘訣「3つの要因」の一つ「マーケティング戦略」の実行にもつながっていきます。

●マッチデー収入は150億円

 前回見たように、SBホークスの売上構成は、下記の通りです。

マッチデー収入(チケットやグッズ、飲食など):47%

コマーシャル(スポンサーシップやライセンシングなど):44%

放映権:9%

 上記のようにマッチデー収入が、約150億円もあります。前回も説明した通り、Jリーグ史上最高売上がコロナ前のヴィッセル神戸の約114億円ですから、SBホークスが、マッチデー収入に含まれる「グッズや飲食(VIPホスピタリティー込)」だけで、約60億円も稼いでいるのは、驚異的といえます。

 パ・リーグで断トツの観客動員数を誇るため、チケット収入も約90億円と破格で、上記ヴィッセル神戸を除くと、どのJリーグチームの総売上をも凌ぐのです。

●巨額売り上げの裏に「鷹の祭典」 

 では、なぜパ・リーグ観客動員数2位ロッテより、1試合あたり約1万人も多くお客さんが来るのでしょうか。その主な理由は、「鷹の祭典」「ジャンボジェット機3機分の長さがある世界最大5面ビジョンのホークスビジョン」「全モニター数587面のコンコースサイネージ」「女性限定の特別シート・タカガールシート」「スタジアムグルメ」といった、SBホークスの秀逸な「マーケティング戦略」にあります。

 さすがにここで全部の説明はできませんが、私が欧州から日本を訪れて、実際にスタジアムで見て感心したのが、「鷹の祭典」です。鷹の祭典とは、選手が限定デザインのユニホームでプレーする公式戦のことです。

 同イベントでは試合観戦に訪れたファンにも同じデザインのレプリカユニホームや応援旗、うちわなどを無料配布します。球団としては、ファンとの絆を深める、ファン同士の仲間意識を向上させる、球場のワクワク感や一体感を醸成するなどの狙いがあり、昨年で17年目を迎えました。ユニホーム配布は、現在は他球団でも行われていますが、ホークスはその手法におけるパイオニアといわれています。

 そんな鷹の祭典は、毎年テーマに沿って色を設定しています。球場全体がその年の色に染まり、一体感抜群です。ジャンボジェット機3機分の長さ約190メートルもある世界最大の5面ビジョン「ホークスビジョン」までもその色で染まるスタジアムは、日本の球場とは思えないほど圧巻といえます。

●地域全体で球団イベントをPR

 イベント期間中は、空港や駅、銀行などで「鷹の祭典」のユニホームを着て仕事をする社員の姿や、関連広告も街中にあふれるほか、うちわなどの関連グッズを街中で配布し、地域を上げて、機運醸成を図る様子がうかがえます。

 私自身も鷹の祭典の視察に、夏休みで日本に遊びに来ていた子供たちを連れて行きました。父親の仕事の関係で、UEFAチャンピオンズリーグを始め世界最高峰サッカーをいつでも見られる環境で育って来た彼らの反応が、全てを物語っていました。

 「パパ、野球って面白いね!サッカーより面白い!」

 スイスで生まれ育ち、野球を見たこともプレイしたこともない彼らは、当然、野球のルールもチームも選手も一切知らないはずなのに、何が面白かったのか? 一言で言うと、「場内と場外で繰り広げられるエンタメ」ではないでしょうか。

 場外での試合前や場内での各イニングの、ホークスのマスコットキャラクター、チアリーダー、スタジアムDJ、芸能人ゲストなどなどが繰り広げるエンタメ演出。球場全体が「鷹の祭典」の色で染まっているため、一体感が“ハンパない”のです。

 このように、鷹の祭典では、球場や地域が、私の子どものような野球素人でも楽しめる「総合エンタメ劇場」になっているのです。人口が減り市場が縮小する日本で「スポーツビジネスをしよう」とするならば、いかにライト層をファンにするかが生命線ですが、まさにそのお手本という感じとなっています。

 「鷹の祭典なら、ちょっと行ってみようかな?」「鷹の祭典は面白いから行こうよ!」。そうしたファンの呼び掛けで、評判が評判を呼び、連鎖的に新規のファン獲得にもつながっていくのです。

●「鷹の祭典」がもたらす好循環

 鷹の祭典のようなイベントによって、ファンが感動すれば、人気が高まり、球場は満員になり、満員になれば、マッチデー収入の売り上げがアップ。これによって球団側は「次回はさらに大々的に派手にやろう」という思考となります。まさにマーケティングと売上増による好循環といえるでしょう。

 鷹の祭典は、SBホークスを象徴するイベントです。最近は、他の球団もユニフォーム配布くらいは模倣し始めたようですが、鷹の祭典ほど効果抜群のイベントを「マーケティング戦略」の下に、私が確認した限りでは徹底的に実行するチームはまだいないように思えます。他のプロ野球チームやプロスポーツチームも、SBホークスを積極的に真似て、派手に花火を打ち上げて欲しいものです。

●書き手:岡部 恭英(おかべ・やすひで)

UEFA(欧州サッカー連盟)専属マーケティング代理店「TEAMマーケティング」シニアバイスプレジデントAPAC(アジア・パシフィック)代表。

1972年大阪府生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後の96年太知に入社。東南アジアや米国シリコンバレー勤務でエレクトロニクスやIT関連ビジネスに関わった。2006年英ケンブリッジ大学院でMBA取得後、TEAMマーケティング入社。欧州CLに関わる初のアジア人として、ヨーロッパ、中東北アフリカ、アジア地域での放映権やスポンサーシップビジネスに従事。21年から現職。スイス在住。

他にもJリーグアドバイザー、NewsPicksプロピッカー、日本スポーツビジネス大賞審査委員、Boardwalk顧問、Halftimeアドバイザーなど。慶大体育会ソッカー部出身。