DAZNの月額料金が昨年1月に比べて2倍近くになるなんて、こんな話あるか!? という、サッカーファンの嘆きが聞こえてきた。

 そりゃあもう。払うしかないだろう。彼らに逆らう力などない、他に選択肢がないからだ。

 仕方がない。DAZNが気前よく破格の配信権料を払ってくれたからこそ、Jリーグクラブの経営は安定し、有力な選手たちが数多く集まるようになったのだ。DAZNが昨春に次いで大幅値上げしたとしても、受け入れる他ないじゃないか。

 筆者は熱心なサッカーファンではないが、自らハンドルを握ってサーキットを走るモータースポーツのマニアではある。

 しかし幸いなことに、日本人レギュラードライバーの活躍を楽しむ手段として、われわれにはF1中継を楽しむ経路として、フジテレビと契約するという選択肢がある。──おや、待てよ? あったハズだが……。どうやら今年の計画はまだ発表されていないどころか、過去のアーカイブにもアクセスできない。

 アーカイブにアクセスできるDAZN独占になってしまうのか? これでは値上げに対するささやかな抵抗さえできないではないか!

 実は昨年までF1の配信権を持っていたのはFox Sports。しかし彼らは日本から撤退していたため、フジもDAZNもそのサブライセンスを買っていたのだ。今年は誰が日本で放映するのか、まだ決まっていない。いや、これは対岸の火事じゃない。

●見栄えは悪くとも、大幅改善の例

 表題と無関係の話題から始まって恐縮だが、地道に改善を続けているのだと感心したことがあった。面倒くさいと思う方は次のセクションへ。しかしコラムとしてはつながった話なので、お時間があるなら読んでいただきたい。

 年明け早々に米ラスベガスで始まっていたテクノロジー見本市「CES 2023」を視察して帰国した成田空港。普段とは異なるエアラインを使った関係で後部座席からの降機となったが、満席の機内から一気に降りてくるエコノミー客の持つスマホ画面を頼りに、こちらが反応する前から、担当者が黄色い「健康カード」を渡してくれた。

 このカードは検疫のFast Trackへと進める人に渡すもので、コロナの水際対策を徹底するようになってから用いられているものだ。

 カードの仕様や運用は時期によって異なる(以前は2色の紙で人流が分割されていた)が、大幅に日本人帰国者への規制が緩和された直後の9月初旬に比べると、ステータス確認の手間は大幅に削減された。実は12月初旬にもロンドンから羽田というルートで入国したが、その際には入国審査場すぐそばのゲートだったこともあり、出口でいきなりカードを渡されて入国審査に直行。まるで水際対策が行われていないかのようなスムーズさだった。

 紙のカードを人手で渡す無駄を指摘する声もあるが、端末操作が不得手な人や、Visit Japan Webのことをよく知らずに到着する人などもいる中「この人はどんな人?」と言うステータスを最もシンプルに表現する方法としては悪くない。

 かつてはステータスチェックで渋滞が頻発していたことを考えれば、最小限のコストで人流を妨げずに入国させる流れを上手に作り上げていた。というのが、正直な感想だ。

 ただし、せっかく電子申告が可能になった税関申告書類の方はといえば、自動識別端末の目の前に立ってからスマホを操作する人が相次ぐ手際の悪さで、紙の申告書類の方がはるかに早く進む。

 まだ改善の余地はありそうだが、旧態依然としているように見えて、実は地道に改善されている。紙を使うなんてダサい、無駄にバイトが多いとある瞬間のシーンだけを切り取って言うのは簡単だ。

 しかし昨年1年間、トータル6回ほど外遊した経験からすると、現場でのオペレーションは、ルールが繰り返し変更になる中で、改善が重ねられている。彼らの努力はもっと評価されていても良いのではないだろうか。

 と、そんなことを思いつつ、CESの話題を整理していると「えっ? また?」と驚く記者会見をオンラインで目撃することになったのが冒頭の話。

 スポーツ専門の映像配信サービス「DAZN」が、月額3000円だった料金を3780円に値上げするという話題だ。ちなみにそれ以前は1925円。アンフェアな書き方だが、1年前の22年1月を基準にすると、わずか1年余りで倍近くの料金になった計算だ。この取り組みは、視聴者やスポーツビジネスにとって、どのような意味を生むだろうか。

●要約すると「競争相手がいませんから」

 16年にDAZNがスポーツ中継サービスを始めた頃は、おおむね肯定的な反応が多かった。グローバルで人気の高いスポーツの放映権を獲得し、世界中で開催されているさまざまな試合を観戦できたからだ。

 特に日本ではサッカーJリーグとの結び付きが強い。

 DAZNが17年にJリーグの放映権を10年2100億円で契約獲得したことで、Jリーグはそれまでの4倍にのぼる放映権料を10年間確保した。

 この分配金でチームは有力選手を獲得できるようになり、アジア諸国での配信サービス充実で日本国外のファンも獲得した。海外有力選手が日本でプレーするようになり、これもDAZN効果と喜んだ人も少なくないだろう。

 その後、20年にコロナ禍に入ると試合が行えない状況に陥り、2年の契約延長と契約金額見直しが行われたが、年間予算という意味では大きな違いはない。リーグ全体でDAZNへの収益依存度が高い状況に変わらない。

 DAZNはグローバル企業であるため、必ずしも日本目線だけで語れるわけではない。

 しかし、サッカーファンにとってDAZNが必要不可欠な存在であることは間違いない。象徴的な出来事は、1925円だったDAZNの月額料金が22年2月以降、3000円へと大幅値上げされたにもかかわらず「契約者数はほとんど変化しなかった」(DAZN Japan Executive Vice Presidentの山田学氏)ことだ。

 提供するコンテンツの質は下がったにもかかわらず、契約者数が減っていないのだから、顧客獲得のために投資する時期は終わったと判断したのだろう。安定して良質のコンテンツを届け続けるには収益確保も重要であるため、これからは収益性を重視するとしても不思議ではない。

 要約するなら、「競争相手がいない状況にまでビジネス環境が進んだ」ため、これからは収益を重視した舵(かじ)取りを行うということだ。そしてDAZNが市場環境を精査した結果、適切と判断した価格が3780円ということだ。

 しかし、放映権(実際には配信権)が高騰しているとはいえ、少々、引っ掛かる思いがあるサッカーファンは少なくないと思う。ちなみにDAZNは円安による影響については、一切言及していない。

●ファンからは手出しできない、長期の独占配信契約

 サッカーファン、とりわけJリーグのファンからすれば、29年まで事実上、他に選択肢はない。DAZNが経営危機に陥ってJリーグに放映権料を支払えなくなったり、配信権の一部を他社に販売するなどしない限りは、他の方法では視聴できないことになる。

 問題なのはこうしたDAZNの手のひら返しに対抗する手段がないことだ。

 前述したF1中継にしても、23年はレギュラードライバー3年目となる角田裕毅選手の活躍を観たいファンも少なくはないだろう。しかしF1人気は世界中で爆発しており、長らくF1中継を行ってきたフジテレビが新契約に切り替わる23年放映権を獲得できるだけの予算を付けられるかは疑問だ。

 値上げされたDAZNにしても、F1中継については明確な計画は発表されていない。配信権を獲得できるなら、多少高価でもF1の映像を観るだけでも困難だった1970年代に比べればはるかにマシだが、どうなることやら。

 サッカーにしても、人気クラブだけではなく、あらゆるフランチャイズの配信が行われるのだから、真にJリーグファンにとってはかけがえのないものと言えるだろう。

 実際のところ、3780円を払いたくない、払えないというファンよりも、短期間にここまでの値上げが一方的にされた上、その理由がイマイチ見えにくいところに不満を持っている契約者が多いのではないだろうか。

 コアなスポーツファンを集め、安定して月額料金を支払ってくれる会員多数集めた大きな組織を作り、その安定した収入をもとにスポーツファンが理想とする、スポーツのライブ中継サービスを提供するのが、DAZNの基本的な理念でありビジネスモデルだろう。

●失いたくない、子どもたちとの接点と憧れ

 今回の値上げも、コアなスポーツファンが納得するのであれば、受け入れられると思う。結局のところ、好きなものは好き。本当に観たいのであれば、顧客は支払ってくれる。

 月額の大幅値上げに比べ、年契約が比較的安く設定されているのも、そうした値上げに逆らえないコアなファン層をしっかりとつなぎ止め、離脱を防ぐためなのだと思う。

 しかしビジネスモデルとして理解ができる一方で、今回のことでサッカーが大好きな子どもたちがJリーグの試合に触れる機会が減ってしまうのではないか? という不安を、ふと感じた。

 以前ほど放送が多くはないとはいえ、地上波テレビを通じて身近なところにプロ野球を感じていたからこそ、野球少年はプロへの道に憧れるのではないだろうか。やや傍にそれるが、キックボクシングの武尊選手は那須川天心選手との試合を訴える際、子どもたちに無料放送で届けられる地上波での放映を切望していた。

 Jリーグの各クラブは、どこも地元コミュニティーとの関係を重視した経営をしているが、試合を映像として観るチャンスが減ってしまうようならば、そんなコミュニティーの絆の強さにも影響が出ないものかと心配になる。

 DAZNというスポーツ中継専門のサブスクがあったからこそ、Jリーグは前進できた。しかしそんなサブスクのビジネスモデルが、コミュニティーを停滞させるとしたら、なんと皮肉なことだろう。

●著者紹介:本田雅一

ジャーナリスト、コラムニスト。

スマホ、PC、EVなどテック製品、情報セキュリテイと密接に絡む社会問題やネット社会のトレンドを分析、コラムを執筆するネット/デジタルトレンド分析家。ネットやテックデバイスの普及を背景にした、現代のさまざまな社会問題やトレンドについて、テクノロジー、ビジネス、コンシューマなど多様な視点から森羅万象さまざまなジャンルを分析・執筆。

50歳にして体脂肪率40%オーバーから15%まで落としたまま維持を続ける健康ダイエット成功者でもある。ワタナベエンターテインメント所属。